第13話 肩車で行こう
ディテレバの群れが合流して……つまり俺が望まぬ結婚をさせられてから一ヶ月が経った六月初旬。この間に、群れ全体の方針として丸耳の人間たちへの対策が決まった。
まず前提として、件の丸耳の人間たちがいずれはここに到達するだろうという予測がある。丸耳の人間たちが、かつてディテレバたちがいた場所周辺の資源を取り尽くして移動する可能性はもちろん、他の存在に追い立てられて移動する可能性などが話し合われたらしい。
長老からは「移動したとしても、必ずしもこちら(つまり南)に来るとは限らない」という楽観論も出たようだが、新参のディテレバも含め、族長たちは全員が備えあれば憂いなしと言わんばかりに慎重論を選んだ。
全会一致となれば長老も異論はなく、そのために北を警戒をしよう、ということになった。その役目を与えられたのが、ディテレバの群れ……俺も含められた新入りの氏族である。
っと、ここで一旦話の腰を折って申し訳ないのだが……いい加減ややこしいので、群れに属する各氏族に名前を着けさせてもらったことを報告したい。
ややこしいから、というだけで出した俺の提案は盛大な歓迎を受け、各氏族はそれぞれの名前を用いるようになった。氏族を区別するという発想がなかったらしく、それはもうちやほやされた。
こんなことでもてはやされても、さすがに嬉しくない。だがもっと嬉しくないことに、氏族名の名づけは俺が担当することになってしまい、なおかつつけた名前に大歓喜された。
いくらなんでも原始人どもちょろすぎだろう、と思った読者諸氏に種明かしをすると、日本語で名づけたのがいけなかったらしい。
何せ群れにおける今の俺の扱いは、神の知識を教えられた
そんな俺が時折使う日本語は、俺にしかわからない謎の言語。これがここ一ヶ月の間に、神々の言葉だという認識が少しずつ広がっていてな……。
ここまで言えばお分かり頂けると思う。そんな状況下に日本語で命名をしたのだから、やたらめったら盛り上がり、まるで任命式のような雰囲気の中で大歓声に見舞われてしまったのだ。この時、終始死んだ魚のような目をしていた俺は悪くないと思う。
ということで、元々俺がいた……つまりバンパ兄貴の所属する群れは、全体的に優秀な狩人が多かったので、カリヤ(狩屋)と名付けた。以降、兄貴はカリヤ・バンパという風に名乗ることになる。
それからディテレバが率いている氏族には、モリヤ(守屋)と名付けた。名前の由来はお察しの通り、いずれ来るであろう丸耳の人間を警戒する役目を与えられたからだ。俺は婿入りしたことでこちらに移ったので、モリヤ・ギーロということになる。これでやっとギーロ叔父貴との区別がつけられるぞ……。
あ、他の氏族は今のところあまりかかわりがないので、ひとまず割愛させてもらいたい。必要に応じて紹介して行こうと思う。必要性が出てくるかどうかは知らない。
では話を戻して。
警戒の役目を与えられたモリヤ一族は、北にある川(俺がディテレバと遭遇した川)を防衛ラインとして、さらに北を監視している。だが、ここ一ヶ月の間にそれらしい存在が現れたという話はない。
それも無理からぬ話で、道などまったく開発されていないこの時代に、長距離を移動するということは相当にしんどいし、時間がかかることなのだ。ディテレバたちもここまで来るのにかなりの時間を要したらしいから、仮に丸耳の人間がこちらに向かっているとしても、現れるのはもう少し先だろうという見方が大半だ。
なので、モリヤ一族も普段は狩りに参加している。というか、警戒するために北に向かったら、帰りにできるだけ何か狩ってくるようにさせている。まったく目標が見えない仕事はダレるし、それを見る他の氏族から悪く思われたくなかったからな。
まあ、俺はそのどちらにも参加しておらず、ここ一ヶ月は土器と家を作ることに集中していたのだが。
おかげで家は三軒目が無事に建ち、四軒目の建設に入った。土器もそこそこの量が成形できたぞ。あとは乾燥が終わり次第、焼くだけだ。
家づくりは特に順調で、もう大体俺がいなくてもなんとかなりそうな域にまで達した。四軒目は俺は一切手伝わず、最終確認だけをする予定でいる。いい加減、これにばかりかまけていられないからな。
土器を人に任せられるようになるのは、まだ先のことになりそうだが……とりあえず、家が俺の手からほぼ離れたから、そろそろ新しいことにも挑戦したい。
「……お、この辺りは焼成に入っても問題なさそうだな」
兄貴の家に置かせてもらっている、乾燥中の土器をチェックしてひとりごちる。最初のほうに成形したやつで、作ってから一カ月近くが経っているものたちだ。別名、実験台。
「よし、いよいよ焼きに入るか!」
うむと一人頷いて、俺は立ち上がり……。
「……まずは薪集めだな」
火はいつでもすぐそこにある俺たちの群れだが、常に燃えているからこそ、そこで土器は焼けない。細かい調整がまったく利かないのだ。なので、少し離れたところで薪の状態から焼く。
薪は南の森に入ればいい。原生林なうえ、かなり広いから注意は必要だが……。
「……今日もやっているな」
籠を背負って家から出ると、群れから少し離れたところでス・フーリを肩車しているディテレバ爺さんがいた。
あれはただの娘かわいがりではない。警戒と、それから狩りの獲物を探しているのだ。
以前に爺さんが言っていた通り、ス・フーリは目の力を持つ。遠くのものを見ることができるため、監視役にはもってこいなのだ。ついでに、獲物も見つけられるというわけだな。
それがなぜ肩車に繋がるのかと言えば、視点が高ければ高いほど、より遠くを見通せるからだ。
地球は球だからな。地面はまっすぐ永遠には続いておらず、ある程度のところで人の視界から消える。地平線、水平線と言われるやつだ。
大雑把な計算で恐縮だが、この距離は身長が百五十センチくらいの人間で大体四.二キロくらいになる。しかし百七十センチくらいの人間だと、およそ四キロ半まで伸びる。このため、俺は索敵をするなら肩車でしたほうがいいと助言したのだ。
ホモ・アルブスの女は小さいからな、ただ眺めるだけだとそこまで遠くまで見えないのだ。だが、軒並み巨漢の男が担ぎ上げたとなれば話は別だ。双方の体格、力の差も、肩車をするとうまくかみ合う。
結果として警戒可能範囲は広がり、ついでに俺はモリヤ一族からめちゃくちゃちやほやされた。
特にス・フーリは肩車そのものがかなりお気に召したようで、ああしてディテレバが肩車をしている姿が最近のお馴染みだ。
ただ、目の力を使うとス・フーリは相応に疲労する。なので、索敵は常時やっているわけではない。一日に数回程度で、あとはそこらへんでのんびり過ごしている。この穴を埋めるためにも、また念のためも含めて、モリヤ一族の男たちは北にある川の辺りまで警戒網を敷いているというわけだ。
そんなス・フーリが、俺の接近に気づいてこちらを向いた。まだかなり距離があるのだが、彼女はそれでも気づく。ものすごく察しがいいのだ。
彼女にぺしぺしと叩かれた爺さんが、俺に気づいて身体ごと俺に向き直った。
「爺さん」
「おう、お前さんか。また籠を背負って、土でも作りに行くんかの?」
「いや、今日は薪を集めに森に入る」
「薪を? 飯に使う分はあるじゃろ?」
「それじゃ足りないと思うんだ」
今回焼成する土器は数個だが、一定以上の温度を一定時間保つ必要がある。そのためには、ある程度以上の量を集めておきたいのだ。
「そうか……相変わらずお前さんのやることはよくわからんが、気を付けるんじゃぞ。わしもついていきたいが、今日は北に行く番じゃからの」
「ああ、わかっているよ。爺さんこそ気をつけろよ」
そこまで言って、目をス・フーリに向ける。彼女は既に目を閉じていたが、気恥ずかしそうに身体を小さくした。
……見ての通り、一ヶ月が経ってもなお、彼女との距離はさほど縮まっていない。
いや、進展ゼロというわけではないのだ。カギはさっきも言った肩車だ。これがお気に召してもらえたことは言ったが、実は提案して以降、頭をなでるところまでは行けるようになったのだ。一応の会話もできる。
たぶん、「面白いことを知っている親戚のおじさん」程度の認識なのだと思う。まあ、そこで止まっているわけだが。
「じゃからな、婿殿。わしの代わりにこの子を連れていくとええ」
「!?」
「いきなり何を言い出すんだよ!?」
爺さんの爆弾発言に、ス・フーリが血相を変えて爺さんの顔を凝視した。俺もした。
「いやなに、この子は目だけでなく、あらゆるものの気配に敏い子での。薪や木の実集めでも活躍できるはずじゃ。危ない動物が近づくのにも気づいてくれるしの」
「いやいやいや、危険だから。子供を連れて入るには森は危なすぎるから!」
「大丈夫、お前さんがおる」
「俺の名前知ってるよな!?
「そこはほれ、お前さんもス・フーリじゃろ。なんとかなると信じておるぞ」
「いやいやいやいや……!」
「(いい加減ここらで覚悟を決めんかい。いつまでこの子を放っておくつもりじゃ)」
「「!?」」
なおも俺が言い募ろうとしたら、ぼそりと耳打ちされた。
つまりこの強引なやり方は、爺さんなりの助け舟というわけか。一ヶ月経ってもろくに距離が縮まらない俺に対する発破と。
……いや、ぜんぜん上手くないからな!? いくらこの時代の命がジンバブエドルより安いとはいえ、実の娘に命を賭けさせる場面か!?
あと、俺に対する信頼が重いよ! 俺にできるのは考えることだけだぞ!? 腕っ節はからっきしなんだ、俺は!
……というかさっきのささやき、たぶんス・フーリも聞こえていたよな!? 彼女、反応していたぞ!?
「というわけで……ほれ」
「ひゃあっ!?」
「ほれじゃねーだろおい!」
さながらものを渡すかのようにス・フーリを押し付けてきた。
押し返そうにも女で、しかも子供を無理に押し返すわけにもいかず、受け取るしかない俺。
そんな俺に、ディテレバはさらに距離を詰めると。
「……一応言っておくが、その子にもしものことがあったら、お前さんただじゃおかんからの?」
ゴルゴもびっくりの劇画な真顔で、腹に響くほどの重低音ですごみやがった。
「脅迫じゃねーか! 性質悪いなあんた!」
「お、みなが呼びに来たようじゃ! わしはここで失礼するぞ!」
「こらァこのクソ爺ーッ!」
ころりと態度と身体を翻した爺さんは、そのまますたこらさっさとこの場から離れていく。
結果、取り残された俺とス・フーリが二人。彼女を抱っこした状態のままで、俺は海よりも深いため息をついた。
しかしこのままこうしていても埒が明かない。俺は意を決して、抱っこしていたス・フーリに声をかけた。
「……どうする? 一緒に来るか?」
「えっ!? あ、えっと」
俺の言葉に、ス・フーリは顔いっぱいに驚きを浮かべた。そうして、目を閉じているにもかかわらず右左に視線(?)を泳がしたが……。
「……行く」
「マジか」
「? まじ? じゃ!」
さほど悩む様子も見せず、こくりと頷いた。
覚悟決まりすぎだろう、原始人。それとも子供ゆえの思い切りの良さなんだろうか。
この答えは正直考えていなかったのだが、そもそも誘ったのは俺だ。反故にするわけにもいくまい。俺も覚悟を決めるしかないようだ……。
「……わかった。けれど、無理はしないでほどほどにやるからな」
「うん」
再度こくりと頷くス・フーリ。
それを見て、俺は気づかれないようこっそりとため息をついて、彼女を降ろした。
が。
「あっ、待って」
「ん?」
「かたぐるま」
「え」
「かたぐるま、してくれんかの?」
「……はいはい、わかりましたよお姫様」
結果、俺は半裸、しかも子供を肩車という、森を舐めているとしか思えない恰好で森に挑むことになったのだった。
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