第12話 しかしまわりこまれてしまった
そして夜が明けた。
「ギーロ、来たみたいだ。俺たちも出迎えるぞ」
「わかった……」
外が騒がしくなった。ディテレバ率いる群れが到着したのだろう。
バンパ兄貴に促される形でしぶしぶ立ち上がるが、昨夜泊まっていた男たちはもちろん、サテラ義姉さんもわくわくしている様子だ。
みんないいよな、他人事で。実際、問題なのは俺だけで他はただの観客だしな……。
「ギーロ、何してるの。お嫁さんが来るんでしょう、しっかりしなさい!」
「いてっ。義姉さん、勘弁してくれよ……」
とはいえ、確かにこれから奥さんになる人を出迎えるにあたって、死んだ魚のような目をしているのは誰に対しても失礼だ。
第一印象が大事だということは、社会人になってから嫌というほど学んでいる。
「一応気合入れていくとするかな……」
だから頬を叩いて、気を引き締める。
うむ。何事もなく顔合わせが終わりますように。
「やっと出てきたな、ギーロ。ほら」
「おー、来てる来てる」
家から出てみれば、群れに合流したばかりらしいディテレバたちが見えた。
先頭はディテレバ。もしかしなくてもあの爺さん、群れの長だな? 族長と長老を兼任していてもおかしくなさそうな雰囲気すらあるぞ。
彼に続いて、数珠つなぎに他の人間が連なっていた。そんな一行が、俺たちの前に差し掛かる。
が、そこでディテレバが足を止めた。それに伴って、一行も一旦停止する。
「おう、バンパにギーロではないか」
「ああ。無事に合流できたようで何よりだ」
「お疲れさん。まずは歓迎するよ」
「うむ、すまんがこれから世話になるぞ。……が、その前に改めて挨拶をしておかんとな」
「そうだな。うちの長老たちは既に待っているはずだ。案内しよう」
「おお、任せるとしようかの」
兄貴はディテレバ爺さんの言葉に頷くと、彼の前に立って長老たちの家へ歩き始めた。それに続いて、一行が再び進みだす。
俺は特にこの後の予定はないので、そのまま一行を観察することにする。俺たちとは違うところにいた群れそのものが気になると言うこともあるが、この中に俺の嫁になる人間がいるのだと思うと、やはり一通り見ておきたい。
ふーむ……。
子供も込みで、男十五人の女二十二人か。総勢三十七人……群れとしては普通の規模と言ったところか?
ディテレバ爺さんが全裸だったからどうかとは思っていたが、予想通り服の概念はまだ開発されていないらしい。女子供も全員全裸だ。目に悪い。色んな意味で。
だがそれよりも、群れ全体の平均年齢が気になる。
パッと見た感じ、男の平均年齢が高めな気がするのだ。丸耳の人間から追われた際に、若い連中から死んでいったのだろうか?
逆に女たちは、平均年齢が低いように見える。アルブスの女は外見での経年変化がわかりづらいから、断言はできないが……。
「へへへ~、ギーロ、誰がお嫁さんなんだろうね。神様の力を持ってるんでしょ、その子?」
「らしいけど……見ただけじゃわからないなぁ」
義姉さんに答えながら、俺は首を傾げた。群れを見ながら、嫁が誰なのか気にして探していたのだが、結局誰なのかわからなかったのだ。
神の力を授かっているということだったから、入れ墨とか化粧、あるいは特殊な飾りとかを身に着けているかと思ったのだが、別にそんなことはなかったぜ。
「誰かはわからなかったけど、でもかわいい子ばかりだったね。よかったね、ギーロ」
「んー……まあ……うん……」
普通のアルブス的には、あの中から一人なら誰が出てきてもオーケーと言えると思う。
しかし俺の中身はサピエンスなのだ。申し訳ないが、よかったねと言われても正直返答に困る。
いや、かわいくないとは言わないぞ? 確かにかわいい。それは認める。シャンプーだの石鹸だの、美容道具だののない原始時代なのに、サピエンスの美的感覚から見てもかわいいと言えるくらいには、アルブスは男女ともにやたら美形揃いだ。そんな中で女たちがかわいくないはずがない。
だが、そのかわいいは子供に対するかわいいであって、俺の求めるかわいいとはベクトルが違うのだ……。
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新しい群れが俺たちに合流した。その後いつもより大勢で狩りに出て、大きな獲物をゲット。そのままささやかだが宴となる。
宴と言っても、酒もなければろくに飲み物もないので、広いところで全員が集まって飯を食うだけだ。
そこで「こいつら結婚しまーす」みたいなノリでやり玉にあがると思っていたがそんなことはなく、それどころか特に何も起きないまま宴はあっさりと終わった。
あれれぇーおかしいぞー、と眼鏡の小学生探偵みたいな感想を思わず抱いてしまったが……。
「おお、お前さんここにおったか」
宴の終わりが告げられた直後、ディテレバ爺さんに捕まった。
「これからお前さんを嫁のところへ連れて行く。ええな?」
「嫌と言っても拒否なんてできないだろうに」
「はっはっは、そらそうじゃな! さあ来い、こっちじゃ」
「あいよ」
できれば土器作りの続きがしたかったが……まあ、残念ながらこうなるわな。
ということで爺さんに連れて行かれたのは、長老たちの家だった。
「お前さんと顔合わせするために、今はちと長老たちには出てもらっておっての」
「気が利くじゃないか。族長とか長老たちと一緒にというのはちょっとな……」
「じゃろう? さ、入るがよいぞ」
「あいよ……」
促されるままに中に入る。
と、そこには、一人の女が背中を向けて真ん中に座っていた。
うん……当たり前の話だけど、小さいな! と言うより、平均的なアルブスの女よりさらに小さい気がするが、俺の気のせいであってほしい!
葛藤と共にどう声をかけるべきか考えていると、その子がくるりとこちらを向いた。彼女の顔が露わになる。
と思ったのだが……完全には露わにならなかった。彼女の顔の上半分は、髪の毛で隠れていたのだ。まさかのメカクレっ娘である。
「あの、ええと……」
どう反応すべきか考えていると、彼女が迷ったような様子で口ごもる。
あちらもどう反応すべきか、迷っているのかもしれない。そりゃあ勝手に結婚させられるわけだから、当たり前か。
「これギーロ、何を黙り込んどるんじゃ。もう少し気を利かさんか」
と思っていたら、後ろからぺしんとはたかれた。爺さんめ、いきなり何をしてくれるのか。
だが、俺が何かを言うより早く、小さな影が俺の横を通過していった。
「おっ父ぉぉ!」
「!?」
嫁(仮)が声を上げながらディテレバの懐に飛び込んだのである。これには絶句するしかなかった。
「おうおう、どうしたんじゃ。ちゃんとあいさつせいと言っとったじゃろう?」
「ヤじゃ!」
「ヤじゃなかろう。これからお前さんの旦那になる男じゃぞ?」
「ヤー!!」
えええぇぇぇー……。
俺、これ、どうすればいいんだよ……。
「まったくもう……。やれやれ、すまんなギーロ。どうもうちの娘は人見知りでの」
「人見知りってレベルじゃない気がするぞ……」
「れべる?」
「度合いって意味だよ!」
ああもう七面倒くさいな!
というかこの爺さん、まさかとは思うが、人見知り時期の終わっていない子供をあてがったとか、そんなではないだろうな!?
……って、ん!? 待てよ、さっき聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするぞ!?
「待て、待てよ爺さん。あんたさっきなんて言った? 確か、娘とか……」
「ん? 言うておらんかったかの? そうじゃ、この子はわしの娘じゃ。末のじゃがな」
「嘘だろおい!?」
「本当じゃ」
何笑っていやがるこの爺さんは! そういう大切なことは先に言え!
「まあそういきりたつでない。この子がおびえてしまうじゃろ」
「もう手遅れな気がする!」
爺さんの首元にひっしとしがみついている!
ファーストコンタクトはどう見ても失敗だこれ!!
「ふう……やれやれ。じゃがこれも事情があるんじゃ。ギーロよ、すまぬが少し話を聞いてくれんかの」
「入口で陣取っておいて何を言うんだ、あんたは」
「はっはっは、そうとも言うな。まあ座っとくれ」
爺さんはそう言うと、首元の娘をそのままにしてどっかと腰を下ろした。
俺も仕方なく、その場に座り込む。
「実はの、わしの家は昔から時折神に愛された子が生まれてくる家での」
「いきなり何を言い出すかと思えば……」
「本当じゃぞ? わしのお父なんぞは、軽く握るだけで石にヒビを入れられるほどの力の持ち主じゃった」
「まるで信じられない!」
いくら人間重機のアルブス男子とはいえ、そんなやつがいてたまるか! ここはファンタジーの世界じゃないんだぞ! 多分!
「いや、それが本当での。他にはこれは聞いた話じゃがの、そのお父のお婆は動物よりもずっとずっと鼻が利いたとか」
「……犬かよ……」
「イッヌとやらが何かはわからんが、ともあれそれで随分と群れは助かったと聞いておる。わしらの群れは、そうした人離れした力の持ち主を『ス・フーリ』と呼んで特別視してきたんじゃ。その力を使ってもらうことで、生き延びてきたんじゃよ」
「『神に愛された子』、ね……」
本当かどうかは一旦置いといて。
ス・フーリとやらは要するに、大自然が持つ霊的な力を一部使うことができる存在、ということか。
そしてそんな力を貸し与えるものを「神」と呼んでいるというわけだな。自然そのものに力なり意思なり……魂なりが宿っているという考えを持っていると。まさに原始アニミズムそのものだ。
しかも実際にそういう超能力的な力を使えるのであれば、この時代そりゃあ大層もてはやされるだろう。俺たちの群れよりも先に、爺さんたちの群れで神という概念が普及していたのも頷ける。
本当かどうかは、一旦置いといて!
「で、その子もス・フーリということか」
「うむ。お父以降一人も生まれなんだ久しぶりのス・フーリなんじゃが……実は、そのお父が言うには、ス・フーリが生まれる数が減っておるようでな……」
「うーん?」
「昔は、育ちきらずに死んでしまったス・フーリも結構おったらしいんじゃがの。少なくともわしやわしの兄弟からは、それらしい子は生まれなんだ。この子は本当に、久しぶりのス・フーリなんじゃ」
「……なるほど、大体わかったぞ。爺さんたちの感覚で言えば、俺もス・フーリなわけだ。そのス・フーリ同士をくっつければ、昔みたいにス・フーリの出生率を上げられるかもしれないと考えたんだな?」
「その通りじゃ。さすが知恵の力を持つス・フーリ、察しが良いの」
簡単な推理だろ、ワトソン君……と言うつもりはないが。実際そこまで難しい話ではないと思う。
群れに新しい氏族を迎える上で、今後のことを考えて姻戚関係を結ばせておくのは妥当だと思っていたが、そういう事情もあったわけか。
「で、最初に戻るんじゃがの。この子は目の力を持ったス・フーリでの」
「ほう」
「遠いところを見ることができる力を持っておっての。わしたちにはとても見えない、ずっとずっと遠くまで見通すことができるのじゃ」
「めっちゃ便利じゃねーか」
それが本当なら、ぜひともこの辺りの探索に連れて行きたい。探したいものがたくさんあるのだ。
しかしなるほど。要するに爺さんたちの血統にたまに出現するス・フーリは、超感覚的知覚の保有者なのだろう。
超感覚的知覚とは、普通の感覚器官による知覚を越えた知覚能力のことだ。一番わかりやすいものと言うとテレパシーや透視だが、そのようなオカルトめいたものに限らず、単に普通の人より強力な嗅覚や視覚もこの範疇に入れても良いと俺は思っている。テレパシーだの透視だのは実際には大嘘であることがほとんどだが、単なる超視力や超聴力などはそこそこいたりするからな。
二十一世紀ですらその原理はほぼ解明されていなかったわけだから、この時代にそんなものが発現したら、そりゃあ神に愛されたとみんな思うだろう。
「じゃがの、この子の力は加減が難しいようで……この子は普段、目を閉じておるんじゃ」
「……つまり?」
「つまり、普段は耳に頼って生活しておっての。そのせいかどうしても他よりも臆病な性格なのじゃ。群れの連中が色々と騒いだのもいかんかったかもしれん。じゃから実は、宴の場にも出しておらん」
「あー……」
察し。
確かに、元々は見えている人間が目を閉じて生活せざるを得ないとなれば、常に相当の恐怖を強いられるだろう。ましてやそこに見知らぬ男がいるとなれば、怯えるのも仕方がない、か……。
髪の毛で目を隠しているのもそういうことだろうか? 力を持つと言うことも大変なのかもしれない。
「そういうわけじゃから、気長に見てくれんかの。どのみちこの子はまだ子供を産めんしの」
「……やっぱり子供だったんじゃねーか。人見知りはそれもあるだろ」
「かもしれんの」
笑っている場合か。一体何歳なんだよこの子。完全に脱法ロリじゃねーか。
ただでさえロリ趣味のない俺に、初潮すら来ていない子供と結婚しろって一体どういう拷問だよ。俺に光源氏になれと言うのか。
光源氏はまだいい。ヒロインともどもサピエンスなのだから。紫の上が巨乳に育つ可能性は十分あったはずだ。
だが俺にそんなチャンスはない! 可能性すらない! 神は死んだのか!
「……はあー」
思わずため息が出た。めちゃくちゃ断りたいぞ、この縁談。
しかし……。
「わしからは以上じゃ。というわけで、ギーロ。わしたちのス・フーリのこと、頼んだぞ。婿殿」
「…………」
「む・こ・ど・の?」
「あーもう、わかった、わかりましたよもう! 任されました!」
俺に逃げ場はないようだ。
ぐい、と眼前に差し出されたら無視するわけにもいかない。くそう、この舅め。
「えーっと、ス・フーリ? と呼べばいいのか? 俺はギーロだ。これからよろしくな?」
「……チッ」
舌打ち!? 俺、そんなに嫌われるようなことしたか!?
……こうして、俺の結婚生活は波乱万丈に幕を開けた。
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