第11話 年貢の納め時
ということで、連れてこられた長老たちの家。これも俺の主導で作ったわけだが、改めて見るとやはり二つ目だけあって、こちらのほうができがいい気がする。
……などと現実逃避しても仕方がない。向かい合うしかあるまい。
俺の前にいるのは、一人の爺さんと三人の男。さらにその後ろに控える若い男が二人。
爺さんがいわゆる長老で、俺たちの群れでの最年長者(と目されている。実年齢は誰も知らない)。群れの方針を決める時などに、司会や助言を行う立場だ。ただし決定権は一切ない。
一方で男のほうは、族長とでも言うべきか。その後ろに控える若い男は、若手代表……次期族長候補といったところだな。
っと、族長と聞いて首を傾げた人もいるかもしれないので、説明しておこう。
我がアルブスの群れは、実は三つの氏族の集合体だ。この場合の氏族というのは、一種の血縁集団のことを指す。日本人にわかりやすく言うなら、鈴木さんと佐藤さんと高橋さんの一族が一緒に集まっているグループ、と言ったところか。
族長は、その一族の代表者だ。彼らの合議によって群れは運営されている。
万が一の時は族長候補が代行するので、重要な話し合いになると彼らも参加することが多い。そして言うまでもないかもしれないが、うちの氏族の若手代表はバンパ兄貴だ。
三つの氏族が合流した詳しい経緯は俺も知らない。
ちなみに、俺や兄貴の族長は向かって一番右側……どう見ても兄貴より貧相な身体つきの男だ。俺といい勝負の体格なのだが、だからなのか実はこの人の名前もギーロだったりする。雰囲気で命名するのは本当にやめてもらいたい。紛らわしくて困るのだ。俺が改名を目論んでいるのはここだけの話である。
血縁的には俺たち兄弟の叔父に当たるのだが、弱そうに見えてこの人は石器作りの達人である。おまけに投槍も抜群にうまい。いわゆる名サポーターで、そうした実績が高く評価されているからこそ長を務めていられるというわけだ。
ついでに付け加えておくと、この群れで投石器の扱いが一番うまいのは何を隠そうこのギーロ叔父貴である。先日投石器のデビュー戦ででかい鹿を仕留めたと言ったかと思うが、あの時顔面に命中させ、あまつさえ陥没せしめたのは他ならぬ叔父貴だ。まだできていないが、もし弓を使わせたら、それこそ源為朝みたいな活躍をしてくれるのではあるまいか。
「叔父貴、みんな。ギーロを連れてきた」
「ご苦労」
自分と同じ名前のやつを連れてきたと報告されて、そう頷く叔父貴。この人は紛らわしいと思ってないのだろうか……。
とりあえず兄貴の後ろに控えつつ一礼しておくが、俺に一体何の話があるというんだ。正直、何か言われるようなことは思いつかないぞ。
ただまあ、まったく心当たりがないとは言わない。ディテレバ爺さんが言っていた「丸耳の人間」対策に何かないかとか、そういうことだと思うけれども……。
「ギーロよ、よく来たな」
「いえ。俺にどういう用件でしょう?」
長老の言葉に小さく頷きながら、様子を窺う形で顔を覗き込んでみる。
ディテレバ爺さんよりもなお長生きしていると思われる長老は、それでも二十一世紀的にはそこまで老けているとは言い難い顔を変えることなく、静かに言い放った。
「お前、ディテレバの群れから嫁を取れ」
「…………。……はっ?」
イマ、ナニヲ、オッシャイマシタカ、コノヒトハ?
「聞こえなかったか? もう一度言うぞ。ギーロ、お前はディテレバの群れから嫁を取るのだ」
「……いや、え、あー? っと? その、聞こえていなかったわけではなくて……え? どうしてそんな決定になったんです!? 俺はてっきり丸耳人間の対策だと思っていたんですが!?」
「なんだ、お前ほど頭がよくてもわからないか?」
「いや俺のあれはそういうものではなく……」
「長老、ギーロはつい最近まで女とは縁がなかったのだ。わからなくとも仕方あるまい」
「それもそうか。うむ、ではギーロ、長として教えてやれ」
長老に頷いて、叔父貴が俺に目を向ける。だからややこしいんだって……。
「いいかギーロ、話は簡単だ」
「はあ……」
ギーロがギーロに名前で呼びかけるとか、本当にわけがわからなくなってくる。
「お前を俺の一族から出して、ディテレバの群れに入れたいのだ。そのための嫁取りだ。だから婿入りのほうが正しいな」
「はあ……?」
どのあたりが簡単なのだろう。ますますわからなくなってきたぞ。
「聞いた話によると、お前ディテレバの群れの言葉が全部わかるそうだな?」
「え、ああ、まあ、全部かどうかはわかりませんが、たぶん……」
「ディテレバとの話し合いはちょくちょく言葉が違うおかげで長引いてな。お互いにこれは困ったと頭を抱えたのだ。だが、言葉がわかるやつがいるなら都合がいいだろう?」
「そりゃあ、そうだろうけれど……それがどうして俺があっちに行くことに? 通訳するだけなら別に、今のままでも……」
「ツーヤク?」
「あ、違う言葉を使う人間を仲立ちすることです」
「なるほど。うむ、確かにツーヤクだけなら今のままでも構わない。だが……うむ……あれだ。ディテレバがお前を気に入ったようでな」
「あ、なるほど……」
察し。
個人的な感情は、理屈どうこうじゃないものな。なるほど単純な話だった。
いつの間にそんなに気に入られたのか、まるで見当もつかないが……。
「もちろん他にもあるのだが……」
「え、そうなので?」
「うむ。実はな、ディテレバの一族には神から力を授けられた者がいるらしいのだ。これが女なのだという」
「……はあ?」
なんだか急にオカルトめいてきたぞ。
つい最近広がったばかりの神という概念を使いたい……だけではなさそうだな。俺の素っ頓狂な声とは裏腹に、この場にいる全員の顔は真剣だ。
「そして俺たちの群れにも、先日神から力を授けられた者がいる。こちらは男だ。この二人を結べば、これからの群れのためになるだろうと話し合ってな……」
「……ちょ、まさかそれ」
「うむ、お前だ、ギーロ」
「ええぇぇ……」
だとは思ったけど、面と向かって言われると嫌になるな……。
いや、確かに俺は神らしき存在に言われてこの時代に飛ばされたから、そう言う意味ではあながち間違いではない。言語的な能力ももらっているみたいだし、間違いではないのだろうが……。
「ギーロ、俺たちは全員そう思っているぞ?」
「兄貴まで……」
「本当だ。お前が作ってくれた服と、家。これのおかげで俺たちはいつもより安全に冬を越せた。今女たちに作らせている木の板も、土で作っているあれも、俺にはまだよくわからないが、それでも何かすごいものなんだろう?」
「バンパの言う通りだ。だが、それだけのことをしたお前は、つい最近まで何もしていなかった。狩りにはろくにいかず、ただぶらぶらしていただけだったではないか」
「あー……」
ギーロ君、ガチな昼行燈だったなそういえば……。
「なのに、ある日を境にお前は変わった。そしてその時、お前は群れから少し離れていただろう。俺たちはその時に、何かあったと見ているのだ」
うわー、完全に筒抜けじゃないか。名推理だぜ叔父貴……。
「……そうだよ、叔父貴の言う通りだ。あの時俺は、神から力をもらった。生き抜くために使える知恵を教わったんだ」
ここまでバレていたら、隠す意味もないだろう。仕方がないので、俺は素直に吐くことにした。いっそ全部ばらしてしまったほうが、後々やりやすくなるかと思ったのだ。
正確に言えば、前世で俺自身が勉強して身に着けた知識だから、もらったというのは少し違うと思うが……まあ、訂正するほど間違ってはいないだろう。言葉のアレはまさしくもらった力だし。
すると全員が、やはりと言いたげに頷いた。本当に長たち全員で共有された認識だったのか……。
まあ、俺も死にたくなくて派手にやったものな。現在進行形だし。原始人とはいえ、みんな人間だ。あれだけの材料があれば普通にわかるということか……。
「やはりそうか……! ギーロはいつか何かしてくれると、俺はずっと信じていたぞ!」
うぎっ、痛いよ兄貴! ろくに働かない昼行燈をずっと養ってくれていた兄貴には悪いけど、兄貴の「べしん」は軽く身体が浮きかねないレベルなんだからな!
「そういうわけだ。神の力を受け継ぐ男と女が交われば、より優れた子が生まれてくるかもしれないという期待もある。だからお前には、ディテレバの群れに移ってもらいたい」
「はあ……まあ、移ったところで狭い群れの中じゃ大きく引っ越すこともないだろうし、別にいいですけれど……」
けれど……そうは言っても、相手はアルブスの女なんだろう? つまりあれだろう、合法ロリということだろう? この間のあの独白は、フラグだったということか……。
うううう、巨乳……巨乳の女はいないのか! いないんだろうな! ちくしょう!
ええいこの際贅沢は言わない、ロリ巨乳でいいからなんとかならないか! 理由は不明だが、アルブスは二十一世紀でも通じる美形が男女問わず多いから、せめて胸さえ大きければなんとかいけると思うんだ!
「それから、お前はこれからも神から授かったという知恵を生かすために、無理に狩りには行く必要はない。今まで通り、群れの中で知恵を振るってくれ」
「え、あ、はい。やります」
嫁を勝手に決められた以外は、今までと変わらないわけか……。ここの水準を下げられなかったのは妥当だが、うーん……。
神に選ばれたとかいう女は、一体どんな女なのだろう? すごい能力があるせいで傲慢でわがままなやつだったとしたら、困るなあ。
……いや、困るというレベルではないな。俺を含めて、群れの存続にかかわる。何せ俺がやっていることは、未来知識による生活水準の向上だ。これを邪魔されることだけは避けねば。
……夫の威厳って、どう保つのだろう? 前世では結婚など縁がなく、女性との付き合いもほとんどなかったからよくわからない。
「相手の女は、明日の朝一番にディテレバが群れを引き連れてくるから、そこで会わせてもらうように」
「わかりました……」
はあ……気が重いなあ。
「あ、そうそう。丸耳の人間たちに備えて、これからは少し周りを警戒することにした。ディテレバたちが合流した後に、改めてそれについて話し合うのでその時はお前も来るように」
「はあ!?」
そっちのほうが大事なことじゃねーか! もののついでみたいにさらっと言うんじゃねーよ!
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