第10話 土器作りは譲れない

 とか言っておきながら、俺の群れにディテレバ爺さんを連れて行くのは少しだけ待ってもらった。

 粘土ができるまでな!


 その間、爺さんには退屈させてしまったかもしれないが……そこは勘弁してもらおう。

 群れに一旦戻って報連相しろよと思わなくはなかったが、できるだけ早く粘土を完成させたかったんだ。爺さんが害をなすような人には思えなかったということもあるし。


 ……と、いうことで粘土が完成し、爺さんを群れに案内する。


「その背負っとるものはなんじゃ?」

「これか? こいつは籠って言ってな。木の皮をはいで編んだものさ」

「ほほー……お前さんの群れには便利なものがあるんじゃな。こりゃあ色々と使えそうじゃの」


 道中そんなことを話しながら。


 まあ、群れが視界に入ったあたりで爺さん、腰を抜かさんばかりに驚いていて、ほとんどろくに会話にはならなかったわけだが。


「おい、おい! お前さん、ありゃあ一体何事じゃ!? 薪も何もないのに、なんであんなにたくさんの火が出とるんじゃ!?」


 途中からは終始そんな感じだった。

 この時代でも、人間は火を使っていた。それがなければ生き残れなっただろうから、極めて重要な技術だったわけだが……かといって、これほど好き放題に火を使えた原始人はほぼいなかっただろう。だから爺さんの驚きは、至極まっとうなものだと思う。何せ服すらないし。


「驚くのはまだ早いぞ」

「なぬっ!?」


 うちにはまだ投石機とか竪穴式住居とかあるんだからな。


 ……と、ハードルを上げて群れに連れて行ったら、爺さんは見事にハードルにコケまくった。普通、こうやって立てたフラグは回収されるのがお約束のはずだが……。

 おかげで群れの仲間に紹介する時間は確保できたが、長のところに連れて行く話は危うくこじれかけるところだったのはご愛嬌だろう。


 とはいえ、俺は群れの中では若造だ。様々なものを作って群れに貢献してはいるが、指導力を発揮しているわけではないので、群れの行く末を決める話し合いには基本入らない。ということで、爺さんを長たちに紹介したところで俺のやれることはなくなった。


 ……というのは建前で、実際のところは面倒な話し合いには参加したくないというのが本音だ。それよりも今は、土器作りに注力したい。時間は有限なのだ。

 言葉が違うけども……まったく違うというわけでもないし、俺がいなくともなんとなかるだろう。たぶん。きっと。


 ということで家(居候だけど)に向かっていると、狩りから帰ってきたバンパ兄貴とばったり出くわした。兄貴は仲間たちの先頭で、みんなと一緒に獲物を担いでいた。

 うむ、今日の飯は牛さん(だと思う)か。マンモスとまでは言わないが、かなりの大物じゃないか。さすがは兄貴だ。


 ただ、よくそれを一人で持てるな? いくら死んでいて暴れないとはいえ、俺の目には兄貴よりも大きく見えるのだが。具体的には三メートル近くはあるように見えるのだが、俺の目は節穴だったのだろうか。


「ギーロ、なんだか群れが騒がしいみたいだが、何かあったのか?」

「ああ、お帰り兄貴。実はかくかくしかじかで」

「何だって!? 俺たち以外にも近くに来ているやつらがいるのか!」

「そのことで、帰ってきたら顔出してくれって長から伝言預かってるよ」

「む、そうか。わかった。まだ獲物の解体は終わってないんだが……仕方ないな」


 それだけ交わすと、兄貴は狩りの仲間たちにいくつか指示を出してからその場を離れていった。決まったことは、あとで兄貴に教えてもらえばいいだろう。

 そして俺が解体で役に立てることはほぼないので、当初の予定通り帰宅してしまおう。


「あれ、ギーロだけ? バンパの声が聞こえたと思ったけど」

「ただいまサテラ義姉さん。兄貴ならちょっと大きめの話し合いで長たちに呼ばれたよ」

「そうなのかぁ。じゃあ帰ってくるのも遅くなるかな?」

「かもしれない。何せ他の群れが合流したいって言ってきてるから」

「えーっ!? それは本当に大ごとだね!」


 いやホント、俺もそう思うよ。


「でも獲物はしっかり取って戻ってきてて、解体も指示してから行ったから、食料については問題ないはずだよ。後で誰かが持ってきてくれるんじゃないかな」

「あ、本当? さすがバンパだね!」

「本当に」


 兄貴のことを誇らしげに話す義姉さんは、たぶん一番輝いている。兄貴、愛されているよなあ。兄貴も大概ではあるが。


 ひとしきり兄貴自慢を終えた義姉さんは、そのまま家に戻っていった。中では、窓から入り込む明かりで日向ぼっこをしながら、毛皮を服に加工しているようだ。

 ああいう細かい仕事は、結局女の仕事に落ち着いた。加工とは言っても針も糸もろくにないから、樹皮で作った縄を、開けた穴に通して結ぶくらいが関の山ではあるが。


「……俺も自分の仕事に取り掛かるかね」


 ぼそりとつぶやいて、俺は家の入口付近に腰を下ろした。まだまだ日は高い。今からやれば、日没までに一つくらいは土器の成形ができるだろう。


 籠の中から、作った粘土を取り出す。記憶にある現代の粘土とは比べるべくもないが、それでもしっかり粘土としてできている……と思う。


 これでどんな土器を作るかだが……ここはやはり、無難に縄文土器辺りにしておくべきだろう。

 一応知識はあるので、弥生土器も行けるとは思うが……土器作りの経験などあるはずがない。その特徴である薄さを実現するための成形、焼成の技術は縄文土器などを土台にして発展していったものだ。知識のみでいきなりそういう進化の段階を飛ばしていくのは無謀だと思う。だからまずは、ノウハウ作りの意味でも縄文土器を選んだ。

 ……まあ、縄がないので縄文土器特有の縄目模様はつけられないのだけれども。


「えーっと、まずは底の部分を作って……と」


 地面をできるだけ平らにならしたところに、できるだけ平らに切っておいた木材を敷いて粘土を置く。……ろくろがほしいな。これもないものねだりだけども。


 ともあれ、底はできる限り真円に近づけたかったから、木の枝に紐をくくりつけて、それをぐるりと回転させる形で切り出す。

 この粘土の縁に、紐状に成形した細長い粘土を円形に配置する。あとはサイズを勘案しながらこれを上へ上へと繰り返す。

 下の紐状粘土と上の紐状粘土はできるだけ隙間なく同化させる形でくっつけて、と。えーっと、このときは出来る限り空気を抜くことを意識する、んだったかな?


 今回はひとまず、水を汲んだりためたりするバケツ的なものと、煮炊きをするための鍋的なものを作ろうと思っている。なので、ひとまずは大き目に作るつもりだ。大は小を兼ねると言うやつだな。なーに、丸太を振り回せるアルブスの男なら、よほどのものでない限り持てるはずだ。

 ただ、取っ手は欠かせないだろうな。男ならなくても普通に抱えられるとは思うが、あったほうが取扱いが楽になることは間違いないはず。それに、後々のことを考えたら誰でも使えるデザインにしておいたほうがいいだろう。ユニバーサルデザインと言うやつだな!


 ただそれがあったとしても、アルブスの女がでかくて重い土器を抱えて川まで行けるかと聞かれたら、正直答えに詰まる。なので、女用のサイズもいずれは作るべきかなぁ。最終的には女子供兼用という感じにまとめられれば……。


「ようギーロ。またわけのわからないことをしているな」


 あれこれとやっていると、いつの間にか目の前に肉を大量に抱えた男が立っていた。その後ろには、彼ほどではないが肉を抱えた女が三人。

 兄貴の狩り仲間の一人だ。確か、兄貴に次ぐ実力の持ち主だったか。兄貴の分の肉を持ってきてくれたようだ。


「やあ、わざわざ肉ありがとさん。だが……ふっふっふ、そう言っていられるのも今の内だぜ」

「ふーん……とてもそうは見えないがなあ」


 俺の言葉にも動じず、男は気のない反応だ。

 だが俺は予言するぜ! この群れの誰もが、土器の前にはひれ伏すことになるだろう! これは定まった未来だ!


「まあ、狩りはともかくギーロの頭は俺たちも認めている。服作ったり家作ったりしたギーロが言うんだ、本当にそうなるのかもな」

「もちろんするさ。……まあ、出来上がるのはまだかなり先だけどな」

「そうか……それは残念だ」

「それだけの時間をかける意味のあるものだと自負しているよ」

「期待しているよ。……ということで、今日は世話になるぞ」

「ああ、今回の番はお前たちだったか」


 なるほど、それで嫁さんも連れてきているのか。肉の量も明らかに多かったのも、そういうことか。


「それは兄貴たちに言ってくれ。俺だって、作った人間の特権で世話になっている身だからな」

「それもそうだったな」


 彼に続いて、女たちも一言二言挨拶。そうして彼らは家の中へと入っていった。


 別に珍しい光景でもない。というか、いつもの光景だ。

 まだ家は三軒目が建設中というだけで、全然足りていない。だから、家は持ち回りで順に使用しているのだ。兄貴の家を若手が、長老の家を年長者が使う形になっている。

 俺は特定の個人とその家族が使うことを前提で建てたのだが、この時代はまだ個人資産という概念が希薄なので、こんな形になった。群れの共同財産という感じだな。


 それに加えて、いつぞやのように兄貴が「俺たちだけが使うのは忍びない。女子供に優先すべきだ」と言ったので、身体の弱い女子供は優先的に家に入れるようになっている。

 なので、俺も居候させてもらっているとは言ったが、常に家で寝泊まりしているわけではない。


 そう言う意味でも家の増築は急務だが、俺は俺でやりたいことがたくさんある。なので、三軒目以降は監督として携わるに留めている。

 その監督業も、少しずつ回数や時間を減らしていく予定だ。俺自身、統率などについては自信がないので、こういうことは早めにできるやつを見つけて丸投げするに限る。


 ちなみに、今日うちに泊まるさっきの男と女たちは、夫婦である。いわゆるハーレムというやつだな。

 俺たちアルブスは、オスが大きくメスが小さいタイプの性的二形を持つ哺乳類の例に漏れず、一夫多妻制が基本だ。なので強いやつはイコールモテるやつであり、それに見合った収入を維持できる限りは、大体のやつが何事もなくハーレムを形成する。女は基本、早い者勝ちなのだ。


 ただ、俺たちは曲がりなりにも知性を得た人間だ。だから、ハーレムを増やして養いきれなくなる可能性を事前に考慮する頭脳もあるし、自分はもちろん相手の恋愛感情を考慮する情緒もある。それらが合わさった時は、一夫一妻の状態に落ち着く。


「ギーロはまだそれやるの?」


 たとえば再び顔を出した、このサテラ義姉さんとバンパ兄貴のように、な。


 兄貴は群れの中でもトップと言っていい優秀な狩人。おまけに優しい、統率力もあるというイケメンの鑑のような人だ。当然モテモテなのだが、本人が義姉さん一筋なのでハーレムを作る気はないらしい。

 ところが、先に挙げた習性があるので、周りの独身男からは「もったいない」と思われているようだ。お前ら一生独り身でいいのかと日本出身の俺などは思うのだが……彼らは「バンパの優秀な能力こそ残すべき、俺らはそんな資格はない」と言う考えらしい。時代、場所が変われば恋愛観、結婚観も変わるものだな。


「ああ、もうちょっとかかりそうなんだ。俺のことは気にしないでくれていいよ」

「そう? じゃあご飯の準備ができたらまた呼ぶね」

「そうしてくれると助かる」

「わかったよ。がんばってね」


 それだけ告げると、義姉さんは家の中に戻っていった。


 その後は俺に声をかける者はおらず、作業に没頭する。やがて遂に土器第一号の成形が終わった頃には、既に日が暮れ始めていた。


「ふぃー、こりゃ思ったより大変だぞ。一人でやるものじゃないな」


 とりあえず出来上がった土器を眺めながら、一息つく。

 形は少し不格好だが、初めての作品なので見逃してほしい。せめてろくろがあればな……そうすればだいぶ楽になると思うのだが……。


 ちなみにモデルは縄文土器だが、そういう文様の類は一切ない。余計なオプションで焼成に悪影響が出ても困るからな。

 一応、加減を知るためにもある程度の失敗は織り込み済みだから、壊れたとしても問題ではないが、かといって全部失敗するのはあとに響くから勘弁願いたい。そういう意味で、オプションをつけるのはやめておいた。


「あとはこれを冷暗所でおよそ一ヶ月、乾燥だな……」


 改めて口にすると、気の長い話だよなあ……。その間にやれることをやればいいという話でもあるが……。


「ギーロ」

「ぅお? おう、兄貴。おかえり。話し合い、随分かかったんだな」


 気づいたら、そこにはいつの間にか兄貴がいた。


「ああ、色々とあってな。俺もこんなにかかるとは思わなかった」

「だろうね」

「それでな、ギーロ。お前にも話があるらしいんだ。来てくれるか?」

「……へ?」


 まったく思ってもみなかった兄貴の発言に、俺は間抜けな顔で応じるしかなかった。

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