少数精鋭
カイルは私の体に手を伸ばし抱きしめてこようとしたが、その途中でピタリと動きが止まり顔を顰めた。
「ちっ」
小さく舌打ちするとすぐにその手が別の方向に向き素早く動いたのだ。
「サクラ、少し痛いかもしれんがすまん」
そう言うなり私の首に掛かっているネックレスを鷲掴みにすると力一杯引っ張ったのである。
そしてプチっと言う音が耳に響くと同時に、カイルはネックレスを引きちぎりそのまま遠くの床に投げ捨てたのだ。
その瞬間ずっと体に纏わり付いていたあの濃厚な甘い香りが無くなり、僅かだが自分の意思で唇を動かす事が出来るようになった。
「・・・・カ・・・・イ・・・ル・・・・」
「っ、サクラ!」
カイルは私の名前を呼び今度こそしっかりと私を抱きしめてくれたのである。
私はそんなカイルの温もりを感じ嬉し涙が出そうになっているのだが一向に目に涙が浮かばず、そして私からもカイルを抱き返したいのに上手く体が動いてくれないのだ。
どうして!?もうあの邪香のネックレスは無いのに!思うように体が動いてくれない!!
まるで自分の体じゃないような状態に私は激しく動揺し、ただ唇の開閉を繰り返し声なき声を上げていたのである。
するとそんな私の様子にカイルが気が付いたのか、体を離しじっと私の顔を見つめてきた。
そしておもむろに懐に手を入れるとそこから小さなガラスの小瓶を取り出したのだ。
それをよく見るとそこには黄色く丸い物が一つ入っていた。
私はそれを不思議な思いで見ているとカイルはその小瓶の蓋を取りその丸い物を取り出したのである。
そしてカイルはそれを何故か自分の口に含んだのだ。
「・・・な・・に・・・・・んん!?」
そのカイルの行動に困惑していると突然カイルは私にキスをしてきたのである。
しかもガッツリと舌を入れてくる深いキスだった。
な、な、何でこんな時にキス!?
その予想外の行動に私はただただ混乱していると何か口の中に異物感を感じたのだ。
さらにカイルはその異物を舌で私の喉の方に押し込んできたのである。
さすがに苦しくなった私はそのままその異物をゴクリと飲み込んでしまった。
それと同時にカイルは顔を離しじっと私の様子を伺い見てきたのだ。
そんなカイルに戸惑っていると、突然胃の方から柑橘系の香りがふわりと上がり身体中に広がっていったのだ。
「っ!な、何これ!?・・・え?普通に喋れる・・・」
思わず驚きの声を上げた私は詰まる事なく話せている事に困惑し、自分の体を見下ろしながら何かおかしな所がないか確認して固まる。
「あれ?体も普通に動く?」
するとカイルが再び私を強く抱きしめてきたのだ。
「カ、カイル!?」
「サクラ良かった!」
カイルはそう言いながらさらに私を抱きしめてくる力を強めてきたのである。
そんなカイルの様子に最初は戸惑っていたが段々と嬉しさが込み上がってきて、さっきは出来なかったカイルの背に腕を回し私からも抱きしめ返したのだ。
「カイル!カイル!!会いたかった!!」
「俺も会いたかった!!」
私は涙をボロボロと溢しながらカイルの胸にすがり付くとカイルも私の頭を掻き抱き強く抱きしめてくれた。
そうして私達はお互いの存在を確かめるかのように抱き合っていたのである。
「ぐっ!!」
何かが壁に激しくぶつかる音と苦痛の声が聞こえ、私とカイルはハッとしながら体を離しその音が聞こえた方を同時に見た。
するとそこには壁際で倒れて呻いている密偵の兵士がいたのだ。
そしてその近くにはこちらを憎々しげに見ているダグラスが立っていたのである。
そのダグラスの恐ろしい表情に私はゾクリと体が震えたのだ。
「カイル・・・お前は絶対私が殺してやる」
「ふん、さっきの俺の気持ちが分かっただろう。まあ殺されてやるつもりはないけどな」
「カイル・・・」
「サクラ、お前はここで待っていろ。すぐに決着をつけてくる。そしたら一緒に国に帰ろう」
カイルは微笑み安心させるように私の額にキスをしてくれた。
「カイル!!貴様!!」
「ちっ、せっかくの夫婦の時間を邪魔するなよ。仕方がない今行ってやる」
怒りの表情で声を張り上げてきたダグラスに舌打ちし、カイルは私を離して床に置いてあった剣を拾うとそのままダグラスの下に向かおうとしたのだ。
「駄目!カイル危ないよ!!」
「大丈夫だ。俺は絶対負けない」
「でも・・・」
「俺を信じて待ってろ」
そう言ってカイルは壇上から一気に駆け下りダグラスの前に到着すると剣を構えて対峙したのである。
「待たせたな」
「殺す!お前は絶対殺す!アレは・・・サクラは私のモノだ!!」
「誰がお前なんかに渡すか!!」
二人はそう言い合うと同時に一気に駆け出し剣をぶつけ合ったのだ。
そして鍔迫り合いになった二人はお互いを睨み付けながら一歩も引かなかったのである。
「カイル・・・お前は私を倒すつもりでいるようだが、そもそもここは敵国のさらに中心にある王城の中だぞ?もし万が一にも私を倒す事が出来ても、ここからサクラを連れて逃げられると思っているのか?」
「・・・ああ、思っているね」
「何?」
「俺が何も考えずに仲間を密偵一人だけで来ると思うか?」
「っ!まさか貴様!!」
鍔迫り合いを続けながらカイルはニヤリと笑った。
するとその時、突然玉座の間の扉が大きく開きそこから少数の兵士達がどっと雪崩れ込んできたのである。
それもその先頭には見知った顔が。
「カイル王!!ご無事ですか!!」
「おお、丁度良いタイミングだったな。シルバ」
シルバが剣を鞘から引き抜きダグラスに向かって駆け出してきたので、ダグラスはカイルとの鍔迫り合いを止めその場から飛び退き距離を取ると、苦々しい面持ちでカイルの隣に立ったシルバを睨んだ。
「何故ここにシルバがいる!お前は戦場にいるのではなかったのか!!」
「戦場は他の隊長達に任せてある。そもそもバライドル将軍のいなくなった烏合の衆であれば私がいなくとも余裕で勝てるからな」
「何だと!だがあそこには強化兵が・・・」
「ああ、あの斬っても斬っても向かってくるおかしな兵士達の事か。アレだったらもう対策は取ってあるから問題ない」
「なっ!?」
ダグラスはシルバの言葉に驚きの声を上げる。
するとそんなダグラスを見てカイルがニヤリと笑ったのだ。
「そして俺はわざと捕まってお前達の目を欺き、その間にシルバには少数精鋭で別ルートからシュバイン帝国に侵入させ内部を攻撃させたんだ」
「この城は我々がほぼ掌握した。後は王であるダグラス王、貴方を討ち取るだけだ!」
そうシルバが言うと一緒に入ってきた兵士達も一斉にダグラスに向かって剣を構えた。
おお!!これは完全にカイル達の勝ちだ!!
私は明らかに勝敗が決した様子に心底ホッとして喜んだのだ。
しかしその時、開け放たれた扉から再び大勢の兵士が駆け込んできたのである。
「ダグラス様!!」
「アインゲイル!今すぐそいつらを殺れ!!」
「はっ!仰せのままに!・・・いけ!私の実験体共!!」
アインゲイルは後ろに引き連れていた目の虚ろな大勢の兵士達に何か香を撒き散らしそして命令すると、その兵士達は一斉に咆哮を上げ剣を手に取ってカイル達に襲い掛かっていったのだ。
すると一気に玉座の間は大混戦が巻き起こったのである。
「くっ、何だこいつらは!?あの戦場にいた強化兵とは何か違う!!」
「ええ、ええ、あの強化兵をさらに強力にさせた者達ですよ。もうこの者達には完全に理性はありません。ただ私の命令を忠実に聞くだけの獣です」
アインゲイルは動揺しているシルバに説明しながらニヤニヤと楽しそうに笑っていた。
そんなアインゲイルを鋭く睨み付けながらシルバは襲い掛かってくる狂った兵士達と戦っていたのである。
そしてカイルはと言うと、そんな混乱状況の中でダグラスと剣を交えて戦っていたのだ。
「くく、せっかくシルバが助けにきてくれたのにこれでは役に立たんな」
「くっ!」
「どうした?私を倒すのでは無かったか?だが明らかに私より剣技は劣っているな」
「う、うるさい!!」
「そんなお前にサクラを救えるとは到底思えんな。まあ観念してここで死ね。そうすればサクラもミネルバ国も全て私が頂く」
「そんな事させるかよ!!」
「ふん、威勢だけでは私には勝てんぞ」
状況が有利になった事でダグラスは余裕の表情でどんどんカイルを追い込んでいったのだ。
私はそんな二人をハラハラした面持ちで見つめ両手を祈るように握りしめていたのである。
ああ!!このままではカイルがダグラスに殺されてしまう!!!シルバお願いカイルを・・・ああ駄目だ!!アインゲイルの兵士達が強すぎてシルバも他の兵士達もカイルを助けにいけない!!
アインゲイルの兵士達に苦戦しているシルバ達を見て私は激しく動揺したのだ。
「ぐっ!!」
「っ!カイル!!」
カイルの呻き声が聞こえ私は慌ててカイルの方に視線を向けると、カイルはお腹を押さえて苦しそうにしていた。
そしてその前には蹴り上げた足をゆっくりと下ろしているダグラスがいたのである。
どうやらカイルはダグラスに強い蹴りを腹に入れられてしまったようだ。
するとダグラスはチラリと私に視線を向けニヤリと口角を上げると、その苦しんでいるカイルに向かって剣を高々と振り上げたのである。
「い、嫌!!!止めてダグラス!カイルを殺さないで!!!」
私はダグラスに向かってそう叫ぶがダグラスはその手を止めてくれる様子はなかったのだ。
お願い!!誰かカイルを助けて!!!
そんな切実な願いを心の中で叫び握っていた手を強く握りしめ思わず目を閉じた。
その瞬間、何かとても暖かい物が手の中に宿ったのである。
「・・・・・え?ど、どうしてこれがここに!?」
私はその手の中の違和感に戸惑いながら握っていた手を開けて見て、そして驚きに目を見張ったのだった。
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