作者の力
私は掌に乗っている見慣れた一冊のノートとペンを見つめ唖然とする。
これって・・・どう見てもこの世界の話を書いた私の小説ノートだよね!?でもこれは確か私の私室の棚に小さな宝箱に入れて保管していたはず・・・どうしてそれがここに?・・・・・あ!もしかしてさっき私が誰か助けて!と願ったから?それだったら作者の私が何とかしろと言う何か不思議な意思の力って事なの!?いやでも、もう書くスペースなんて・・・。
そう思いながら年始に発見した一番最後のページを開き、もう書くスペースの無い最終ページを見た。
しかしそこでふとある事に気が付く。
あ、まさか・・・この裏表紙の内側に書けって事?え?でも本当にここに書いて効果あるの?
その思い付いた考えに私は自信を持てずどうしたものかと困惑していたのである。
するとそんな私の耳に金属のぶつかり合う音が聞こえハッとしてカイルの方に視線を向け息を飲んだ。
「くっ!」
ダグラスの振り下ろされた剣をカイルが下から剣で受け止めていた。
しかしその表情は苦痛に歪み片膝をつきながら両手で剣を支え耐えている。
その様子から耐えられるのも時間の問題であるのが明らかだったのだ。
「カイル!!・・・え~い!もう迷ってる時間なんて無い!!私は作者!作者の力は絶対なんだよ!!」
私はそう叫ぶとペンを手に取りその裏表紙の内側にペンを走らせたのである。
『ダグラス王の剣を受け止めながら危機的な状況のカイル王だったがそれを救った者がいた。突然ダグラス王の脇腹に壁際で倒れていた密偵の放った短剣が刺さったのである。』
「ぐっ!!」
裏表紙の内側に書いたと同時にダグラスの呻き声が聞こえ、私はノートから視線を外しそのダグラスを見た。
すると私が書いた通りダグラスの脇腹に短剣が刺さっており、壁際で身を起こしながら手を伸ばしている密偵の姿が目に映ったのだ。
効果あり!!ならもう迷わない!!この戦い私が終わらせてみせる!!!
私は苦痛の表情で短剣の刺さった脇腹を押さえながら数歩下がっていくダグラスを見て、真剣な表情で大きく頷き再びノートに視線を落とした。
そして何の迷いもなくただひたすら書けるスペースいっぱいに書き出したのである。
『短剣が刺さりよろめいているダグラス王に向かい、カイル王は剣を構え直して駆け出した。するとそれに気が付いたアインゲイルが慌ててダグラス王の下に駆け寄ろうとしたが、その行く手をシルバが塞いだのだ。そしてダグラス王の危機に動揺していたアインゲイルは、シルバの素早い剣捌きによって斬り倒されたのである。』
「ぐぁぁぁ!!」
アインゲイルの断末魔が耳に届いたがそれでも私はペンを止めなかった。
『そうしてアインゲイルと言う命令者がいなくなった事でアインゲイルに操られていた兵士達の動きが鈍くなり、そのままあっという間にシルバ達が全員を制圧したのだった。その様子を目の端に映しながらカイル王はダグラス王に渾身の一撃を食らわせたのだ。そして長かった戦いに終止符が打たれたのである。』
そこまで書き今度こそ完全に書くスペースが無くなったのである。
私はノートを閉じゆっくりと視線をカイル達の方に向けた。
そして床に倒れ伏しているダグラスとその前に荒い息を上げながら見下ろしているカイルの姿があったのだ。
そんな二人を見ながら私は壇上から下りカイルの隣に立った。
「カイル・・・」
「・・・サクラ、漸く終わったぞ」
「うん・・・」
私はカイルに頷きながら床に倒れているダグラスを見つめていたのだ。
・・・私が書いた結果でダグラスが命を落とす。分かっていた事だけど・・・・・胸が痛い。
そう思いながら悲痛な表情でダグラスを見ていると、そのダグラスが辛そうに顔を動かし口から血を流しながら私の方を見てきたのである。
「っ!!」
「ちっ、まだ生きていたか!サクラ、俺の後ろに!!」
カイルはそう言って私を背中に隠し持っていた剣を構え直した。
しかしカイルの背中から覗き見えたダグラスは虚ろな表情でただじっと私を見つめ、倒れたまま血で濡れた手を私に向かって弱々しく伸ばしてきたのだ。
「・・・サクラ・・・私のサクラ・・・・・」
「ダグラス・・・」
「お前ほど・・・欲しいと思った・・・・・女は・・・今までいなかった・・・」
「・・・・」
「・・・・・愛して・・・いた・・・」
「っ!!」
「サクラ・・・・・」
「・・・・・ごめんなさい。その気持ちには応えられないの。だって・・・私が心から愛しているのはカイルただ一人だけだから」
「くっ・・・・サクラ・・・お前とは・・・カイルより・・・・先に・・・・・出会って・・・・いたかっ・・・・た・・・・・・・・」
ダグラスは力なくそう呟くとそのまま力尽きそして息絶えたのである。
私はその亡骸となったダグラスを悲痛な思いで見つめ続けたのだった。
その後戦場でシュバイン帝国の軍隊を倒し進軍してきたミネルバ国の軍隊と合流し、完全に王城を占拠した事でミネルバ国の勝利が確定したのだ。
そしてダグラス王が討たれた事をシュバイン帝国中に知らせると、無理矢理兵士に召集されていた者達やその家族から歓喜の声が上がったのである。
そうしてある程度シュバイン帝国での事後処理を終えたカイルは、後の事をロイに任せ漸くミネルバ国に帰国する事が出来たのだった。
その帰りの道中カイルから私が拐われてからの状況を詳しく聞き、そしてアイラがあの邪香に気が付いてくれた事を教えられたのだ。
さらにそのアイラが先生と呼んでいる人が私から邪香の呪縛を解く薬を作ってくれたと聞き、あのカイルに強制的に飲まされた物がその薬だったのだと察したのである。
まあ・・・結果的に助けてもらえたから良いけど・・・でもあの飲ませ方はどうかと・・・。
まさか口移しで飲まされるなんて今までの人生で初体験だったから、出来れば別の方法で飲ませて欲しかったと切実に思ったのだった。
そうして何日か馬車に揺られてから漸くミネルバ国に帰ってきたのだ。
そして久しぶりの王妃の私室にカイルと共に入ると、あらかじめ連絡を受けて待っていたアイラとミランダが涙を溢しながら私に駆け寄り抱きついてきたのである。
「サクラ様ご無事で良かったです!!」
「アイラ心配かけてごめんね。それから色々私の為にやってくれたみたいでありがとう!」
「いえ、私なんてあまり大してお役には立てておりません・・・」
「ううん!充分助かったよ!!」
私はそう言ってにっこりとアイラに微笑んだ。すると今度はミランダが目から涙を溢しながら私を見つめてきた。
「サクラ様!本当に本当にサクラ様ですよね?幻ではございませんか?」
「いやいや、本物だから!」
「良かったです・・・あ!お怪我はございませんか!?」
「うん、何処も怪我してないから大丈夫だよ。本当に心配かけてごめんね。ミランダありがとう!」
さらにミランダにもにっこりと微笑みかけてあげたのである。
「ほらほらアイラ、嬉しい気持ちは分かるがそのままだとサクラ様が困ってしまうよ」
「シルバ様・・・・」
「ミランダもいい加減離れてやれ」
「あ!サクラ様は王妃様ですのになんて無礼な事を・・・大変申し訳ございませんでした!!」
「私は気にしていないから大丈夫だよ」
アイラとミランダが離れるとミランダは申し訳ない表情で私に何度も頭を下げてきた。
それを私は苦笑いを浮かべながら止めたのである。
そうして二人が落ち着きを取り戻したタイミングで、ゆっくりと奥から白い顎髭を撫でながら楽しそうに一人の初老の男性が私に近付いてきたのだ。
「貴方は?」
「お初にお目にかかりますサクラ王妃様。私はマクシミリアと申します。しかし・・・お聞きしていた通り皆にとても慕われているのですね」
マクシミリアと名乗ったその初老の男性はそう言ってにこにこと私を見ながら笑顔になっていた。
しかし私はそのマクシミリアと言う名前とその容姿に何か引っ掛かりを覚えたのである。
あれ?何処かで見た?ような・・・。
そう疑問に思っているとカイルがマクシミリアを私に紹介してくれたのだ。
「サクラ、このマクシミリアは先々王の時代にここで庭師をしていて、その後アイラの花の先生をしていたらしい。そして様々な花の知識があった事であの例の薬を作ってくれたんだ。マクシミリア、あの薬のお陰でサクラを無事に助けられた。感謝する」
「いえいえ、無事効果が発揮したようで良かったです」
二人はそう言って楽しそうに話していたが、私は頭の中でぐるぐると何かを思い出そうとしていたのである。
マクシミリア、先々王の庭師、アイラの花の先生、初老の男性・・・・・。
一つ一つのピースを当てはめると私はハッとある事に気が付き思わずマクシミリアを見ながら叫んでしまった。
「あ!!没キャラだ!!!」
そんな私の叫び声を聞き私以外の皆がポカンとした顔で私を見てきたのだ。
「サクラ?『ボツキャラ』とは何だ?」
「え?あ、ああううん何でもないの!!気にしないで!」
困惑した表情で問い掛けてきたカイルに私は乾いた笑いを溢しながら誤魔化したのである。
・・・そうか。あのマクシミリアって確かこの小説を書く前に書き出していたキャラ案の一人だったはず。だから登場人物の部分にあらかじめ名前を書いてあったんだけど・・・結局本編に登場させなかったんだよね。でもまさかその没キャラに私が助けられるなんて・・・・・。
まさかの没キャラ登場に動揺したが結果的に全ていい方向に進んだのでもう気にしない事にした。
「さて、ではそろそろ私は本来の仕事をしに別荘に戻らさせて頂きますかな」
「ああそうだったな。長い事引き留めて悪かった」
「私、お久し振りに先生とお会いできて本当に嬉しかったです!どうぞお元気でお体にお気を付けてくださいね」
そうして私達はそれぞれお礼と別れの挨拶をしマクシミリアを見送ったのである。
そしてアイラ達も退出し部屋には私とカイルだけが残ったのだ。
「カイル・・・」
「サクラ・・・」
私達は自然とお互いの体温を確かめ合うように抱き合うとじっと見つめ合った。
「やっとカイルの下に帰ってこれた」
「ああ、今はちゃんと俺の腕の中にいる。もう絶対サクラを他の奴に奪わせないからな」
「カイル・・・私も絶対離れない!!」
「サクラ・・・愛している」
「私もよカイル。貴方だけを愛してる」
愛を語り合った私達は見つめ合ったまま顔を近付けそして深い深いキスを繰り返したのだった。
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