戦場

 カイルを先頭にミネルバ国の部隊が隊列を組んで並ぶ。


 そしてその対面にはシュバイン帝国の軍隊が同じように隊列を組んで並んでいた。




「・・・やはりダグラス王は来ていないか」




 シュバイン帝国の軍隊を眺めつつカイルは呟くとそのカイルにロイが近付いてきたのである。




「あの先頭にいるのはバライドル将軍です。・・・密偵からの報告でダグラス王は今王城の方にいるそうです。そしてその傍らには常にサクラ様の姿が・・・」


「・・・・・そのサクラの様子は?」


「・・・やはり予想した通り邪香を使われているのか無表情で、自分の意思で動いている様子が無かったそうです」


「・・・そうか。だがその様子だと危害は加えられてはいないようだな」


「見える範囲では怪我らしき物は無かったと報告を受けています」


「分かった。報告ご苦労。お前は危なくない位置まで下がっていろ」


「いえ、私もカイル様のお側で戦います。これでも一応剣は使えますからね」




 そう言ってロイはカイルに向かって笑顔を向けたのだ。




「そうか・・・だがあまり無理はするなよ。危ないと判断したらすぐにでも下がれ」


「はっ!」




 ロイに告げた後、カイルは再び敵陣の方を向き腰の剣を抜いて掲げ上げた。




「今度こそシュバイン帝国と決着を付ける!皆、俺に続け!!」




 カイルが声高々に言うと兵士達が一斉に鬨の声を上げてそれぞれの武器を掲げ持ったのだ。


 そしてカイルを先頭にシュバイン帝国の軍隊に向かって駆け出していくと、シュバイン帝国も同時に武器を持って駆け出してきた。


 そうしてとうとう戦闘の火蓋が切られたのである。






























 敵も味方も入り乱れた戦場は激しい戦いが続いていた。


 やはり他国を侵略して増やした兵と強化された武器の数々そして指揮を取るバライドル将軍の采配によって、今までよりも苦戦が強いられていたのだ。


 さらに最強騎士シルバがいるにも関わらず戦況が全く良くならないのには別の原因があったのである。


 それは────。




「くっ、何だこの兵士達は!?」




 シルバが苦悶の表情を浮かべながらも襲いくる兵士達を次々と素早い剣捌きで斬りつけていくが、何故かその兵士達は深手を負いながらも立ち上がりまるで怪我などしてないかのように再びシルバに襲い掛かってくるのだ。


 そしてその兵士達は全員焦点の合ってない目でまるで感情の無い表情をしていた。


 そんな斬っても斬っても襲い掛かってくるその集団にシルバは手を焼き、他の敵兵にまで手が回らない状態であったのだ。


 その為、数が勝っているシュバイン帝国の猛攻に他の兵士達が苦戦していたのである。




「・・・あのシルバを襲っている兵士達は何だ?」




 カイルは襲い掛かってくる敵兵を剣でなぎ倒しながらシルバの様子を伺い見て眉間に皺を寄せた。




「わ、分かりません!しかしただの兵士では無い事は明らかです!!」




 敵の剣を受け止めながらロイが必死な形相でカイルの問いに答える。


 するとその敵兵をカイルが後ろから斬りつけロイを助けたのだ。




「ありがとうございます!」


「礼は良い。それよりも思ったよりも良くないこの状況をどう打破するかだが・・・」


「カイル王!お覚悟!!」




 そんな声が近くで上がり剣を構えて敵兵がカイルに向かって走ってきたのである。




「ちっ!」




 カイルは舌打ちしてすぐに剣を構えて迎え撃とうとしたのだがそんなカイルをロイが引き留めたのだ。




「ロイ?」


「・・・カイル様、どうかあの者は殺さず剣を受けるだけにしてください」


「どういう・・・分かった」




 ロイの真剣な眼差しに何かを悟ったカイルは剣を構えた状態でその敵兵が来るのを待った。


 そしてその敵兵はカイルの前まで到着すると、持っていた剣をそのカイルの剣にぶつけ鍔迫り合いの格好になったのである。


 するとその敵兵はカイルの顔に自分の顔を近付け小声で話し掛けてきたのだ。




「カイル王、私はシュバイン帝国で密偵をしている者です」


「・・・そうか。だからロイが止めたのか」


「この状況でしたら他の者に話を聞かれずに直接お話をする事が出来るので、無礼を承知で剣を向けさせて頂きました。どうぞお許しください」


「構わん。それよりも・・・こんな危険を冒してまで俺に直接話したい事とは何だ?」


「・・・実はこの戦いに出る直前でバライドル将軍が全兵士に通達をしたのです。それが・・・カイル王を必ず生捕りにするようにと」


「・・・それはダグラス王の命令か?」


「はい。ダグラス王直々の勅命で、カイル王を生捕りにしダグラス王の前に引き立てるそうです」


「ちっ、どうせダグラス王はサクラの目の前で俺を直接殺すつもりだな」


「恐らくは・・・」


「ちなみにお前はサクラを直接見たのか?」


「はい。さすがにすぐ近くまでは警備が厳しく近付けませんでしたが遠くからは何度か」


「ならばサクラの近くか身にまとってる物で常にサクラと一緒にある物は分かるか?」


「常に一緒にある物?・・・・・あ!もしかしたらあれかもしれません」


「何だ!!」


「確か・・・サクラ王妃様のお衣装が何度か変わられているのを拝見致しましたが、首に掛けられている緑色の石が付いたネックレスだけは変わらずいつも付けられていました」


「・・・・・恐らくそれが邪香の発生源だな」




 密偵の話を聞いてカイルは確信したのである。


 その間、カイルと密偵は不審がられないように何度も斬り結びながら話を続け、別で襲い掛かってきた敵兵はロイや味方の兵士達が防いでいたのだ。




「それともう一つ確認したいのだが・・・あのシルバが相手をしている異様な兵士達は何だ?」


「ああ、あれですか・・・」




 カイルの問い掛けに密偵はとても嫌な顔でシルバの戦っている兵士達を見たのである。




「あれは・・・アインゲイルの調香で作られた強化兵です」


「アインゲイル?」


「確かアビルと言う偽名を使いミネルバ国の王城に潜入していた者です」


「あいつか!」


「はい。そのアインゲイルはダグラス王の側近で調香師をしており、様々な香りを研究してあのような強化兵を作られたそうです。それも・・・支配した国の兵士を使って・・・」


「ちっ、胸くそ悪い」


「しかしそのアインゲイルの力を恐れ誰も逆らえないでいるようなのです」


「・・・・・ちなみに、あの兵士達をなんとかする方法はあるか?」


「恐らくですが・・・あの兵士達が首から掛けている筒から香りが発生しているようですので、あれを取り除けば強化が解けるかと思われます」


「そうか・・・ロイ、行けるか?」


「はっ!すぐにシルバ様の下に行って参ります!」




 そのカイルの指示を聞いてすぐさまロイは数人の兵士と共にシルバの下に向かったのだ。




「・・・報告ご苦労。この後の作戦は俺に考えがあるから、またロイから連絡させる。それまで気取られないように気を付けろ」


「はっ!」




 カイルと密偵は目配せをするとカイルが密偵の剣を大きく弾きその腹を蹴って吹き飛ばした。


 そして密偵は地面を激しく転がり離れると、お腹を押さえて悔しそうな表情でその場から逃げていったのである。


 その姿を視界の隅に入れながらカイルはすぐに次なる敵兵に斬り掛かったのだった。






























 それから日が暮れるまで戦闘が続き暗くなった事で一時休戦となってそれぞれの陣営に戻ったのだ。


 そしてカイルのテントにはシルバとロイ、さらには各部隊の隊長が集められ作戦会議が執り行われていたのである。




「・・・と作戦はこうだ」


「なっ!カイル王!それは危険過ぎます!!」


「確かにシルバの言う通り危険なのは百も承知だ。だがこれが最も早く確実に動ける」


「しかし・・・」


「だからこそシルバにはしっかりと動いて欲しい。お前だから任せられる作戦なんだ」


「・・・分かりました。ですがくれぐれもご無理はなさらないでください」


「ああ分かっている。ではロイ、あの密偵に連絡を入れてくれ」


「・・・畏まりました」


「各隊長も作戦通り頼むぞ」




 カイルはその場にいる者達を見回すと全員が力強く頷いてくれたのだった。


 そうして次の日、再び開戦の時刻がやって来るとカイルはバライドル将軍に向かって声を張り上げたのだ。




「バライドル将軍!貴様に一騎討ちを申し込む!!」




 そのカイルの申し出に敵味方の兵士達に動揺が走ったのである。


 しかしバライドル将軍はしっかりとカイルを見つめ一つ頷いたのだ。




「良いでしょう。その申し出をお受け致します。カイル王よ」




 バライドルはそう言うと兵士達を待機させ一人進み出た。


 そしてカイルも同じように兵士達を待機させると、バライドルの下に向かって歩きだしたのである。


 そうして一定の距離間までくると二人は剣を抜き構えたのだ。




「では行くぞ!」


「こちらも!!」




 カイルとバライドルは同時に駆け出しすぐに激しく剣をぶつかり合わせた。


 何度も斬り結んでは離れさらにお互いの体を斬りつけようと剣を閃かせるが、それをどちらも間一髪の所で避けているのだ。


 その為なかなか決着がつかず両軍が固唾を飲んでその二人の様子を見守っていたのである。


 しかしカイルがバライドルの剣を避けて後ろに飛び退いた時、足を滑らせバランスを崩してしまったのだ。


 その隙をバライドルが見逃すはずもなくバライドルがその腹に向かって剣を突き刺そうとした。


 だが一瞬バライドルの動きが止まりその持っていた剣を刀身から柄の方に向きを変えると、そのまま柄でカイルの腹を強打したのである。




「ぐっ!」




 カイルは苦痛の声を上げそのまま前のめりで倒れて意識を失ったのだ。


 そんなカイルを見下ろしながらバライドルは剣を鞘に納め後ろを振り返った。




「誰か、カイル王を捕縛しろ。王城に連れ帰る!」


「では私が!!」




 シュバイン帝国の兵士達の中から一人素早く縄を持って飛び出してくると、その気絶しているカイルの体を縄で縛ったのだ。


 そしてその体を担ぎ上げ下がっていくバライドルについていったのである。


 すると次の瞬間ミネルバ国の兵士達が騒ぎだしそれにつられてシュバイン帝国の兵士達も騒ぎだした。




「カイル王を返せ!!」


「返すわけ無いだろう!!」




 そう言い合いお互い殺気立つと武器を抜いて今にも戦いが始まろうとしたのである。




「私はカイル王を連れてダグラス様の下に一旦戻る。お前達はミネルバ国の兵士を根絶やしにしろ」




 バライドルがそう自国の兵士達に言い放つと一気に戦いが始まったのだ。


 そんな戦場を一瞥してからバライドルは、カイルを担いでいる兵士と共にダグラスの待つ王城に帰還したのであった。

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