強化兵
あれから数日が経ったのだが、何故か私は常にダグラスに連れ回されている。
この首に掛けられた邪香のネックレスのせいで体の自由が効かない私をダグラスは片時も離してくれず、さらに終始腰を抱かれて密着させられているのだ。
そんな明らかに違和感バリバリな状態なのに何故か皆それが当たり前のように接してくるのである。
しかしよくよくその人達の目を見るとダグラスを見るその目の奥に恐怖心が見えたのだ。
・・・あ~なるほど。皆ダグラスが怖くて敢えて何も言わないんだ。まあ、一部は完全にダグラスを崇拝してるような人もいたけど・・・。
あのダグラスを崇拝しているアインゲイルを思い出しながら、今日もまたダグラスに連れられお城の一角に向かった。
「・・・首尾はどうだ?」
「はい、順調です。あのようにだいぶ香りが浸透していますのでもういつでもお使い頂ける状態かと思われます」
ダグラスと共にアインゲイルの横に立ち眼下を望むと、そこには天井がガラス張りになっている小部屋が見えたのだ。
そしてその中には沢山の兵士が入っていたのであるが、どうもその表情は普通では無かったのである。
どの兵士もトロンとした表情で焦点が合っていないようだった。
さらにその部屋の中に薄いピンク色の怪しい煙が充満している様子とアインゲイルの言葉から、私のように何か嗅がされているのだと推測出来たのだ。
・・・だけどあれは一体何の為にやっているんだろう?
そう思いながらその兵士達の様子を見ていると、表情を動かせない私を見てダグラスは何故か私の疑問に答えてきた。
「ふっ、あの兵士達が何か気になっているのだろう?あれはアインゲイルに特別に作らせた香を焚き兵士達に嗅がせている。・・・強化兵を作る為にな」
「あの香を長時間嗅ぎ続けると思考が低下し代わりに肉体が強化されます。さらに痛覚も無くなるのでいくら斬られても致命傷でない限り戦い続けられるのです」
ダグラスの後に続いてアインゲイルがさらに詳しい説明をしてくれたのだ。
・・・何それ。まるでゾンビみたいな兵士が出来るって事?・・・あり得ない。そんな自分の国の兵士を化け物みたいに変えて何とも思わないの!?
そう私が心の中で驚愕していると、その気持ちが分かったのかさらにアインゲイルが付け加えてきたのである。
「ああちなみにあれは占領した他国の兵士で、戦力としてまともに使えないと判断された者達です。一応使える者達には今の所使ってはいません。ただ・・・使えないと判断されたらあのようになると見せしめにもなっているので、皆必死に鍛練していますよ」
アインゲイルはそう言って笑ったのだがその笑顔がとても怖かったのだ。
多分もし今私の体が自由に動いたら、きっと恐怖におののいた表情で脱兎の如くこの場から逃げていたと思う。
しかし動かす事の出来ない体と、ダグラスにしっかりと腰を抱かれているこの状況ではどうする事も出来ないのであった。
「では出陣の準備はお前に任せる。整い次第バライドル将軍を私の下に来させろ」
「はい。畏まりました」
アインゲイルはうっすらと微笑みながら胸に手を当て恭しくダグラスに頭を下げたのである。
そしてダグラスは私を促しその場から立ち去ったのであった。
玉座の間でダグラスは玉座に座りその膝の上に私は横座りで座らされ体をダグラスに預けさせられている。
さらにダグラスはそんな私の髪を愛しそうに撫でつつ時々私の頭や額にキスを落としてくるのだ。
正直このなんとも恥ずかしく居心地の悪い状況から逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、動いてくれない自分の体に気持ちは泣いていた。
・・・ダグラスってこんな溺愛キャラだったか?完全に作者である私の思っていたキャラから外れていくんだけど・・・。
そう複雑な気持ちでいながらも早くこの時間が終わって欲しいと切実に願っていたのだ。
すると玉座の間の扉が開かれそこから立派な甲冑を身にまとった男が入ってきたのである。
そしてダグラスのいる壇上の下で膝をつき頭を垂れたのだ。
「バライドル将軍、来たか」
「はっ!お呼びとお伺いし参上致しました」
「頭を上げろ。・・・今回の戦いの指揮を全てお前に任せると伝えてあるが、一つこれだけはやって欲しい事がある」
「・・・何でしょう?」
「今回の出陣先であるミネルバ国の王・・・カイル王は必ず生きて私の下に連れてこい」
「生きて・・・ですか?」
「ああ、多少傷は付けても良いが殺すな。私がこの手で直々に息の根を止める。そうこのサクラの目の前でな」
そう言ってダグラスは私の顔を撫でながら見つめニヤリと笑ったのである。
っ!!・・・やっぱりミネルバ国に戦闘を仕掛けるんだ!それもカイルを私の目の前で殺すって・・・そんなの止めて!!!
そんな必死な願いをダグラスは気が付いているのかいないのか分からないが、私を見ながら含み笑いを溢しそして再びバライドル将軍の方に視線を向けた。
「良いな。バライドル将軍」
「・・・はっ!畏まりました。必ずやカイル王をダグラス様の御前に連れて参ります」
そうしてバライドル将軍はダグラスに一礼すると玉座の間から出ていったのだ。
「さて、カイル王は何処まで抵抗出来るか見物だな。なあサクラよ」
「・・・・」
再びダグラスは私を見つめながら楽しそうに囁き、そして私の顎を持って今度は唇にキスを落としてきたのであった。
◆◆◆◆◆
「ご報告致します!シュバイン帝国との国境付近でシュバイン帝国の大軍が押し寄せ、圧倒的な武力と戦力差によって国境の警備部隊は壊滅致しました!」
カイルの執務室に駆け込んできた兵士の報告を聞き、カイルは険しい表情で椅子から立ち上がったのだ。
「くっ、とうとう本格的に動き出してきたか・・・シルバ!すぐに武装を整えシュバイン帝国を迎え撃つ準備をしろ」
「はっ!」
「ロイも手筈通り動け」
「畏まりました」
「俺はマクシミリアの下に寄ってからすぐに向かう」
そうしてその場は一気に慌ただしくなり其々が動き出したのである。
カイルは早足でマクシミリアのいる小屋に向かうとその扉を開けて中に足を踏み入れた。
「マクシミリア!やはりシュバイン帝国が攻めてきた!どうだ?言っていた物は出来たか?」
「おおカイル王、丁度今完成致しました所です」
そう言ってマクシミリアは小さなガラスの小瓶に一つだけ入った黄色い丸状の物を見せてきたのである。
「それは?」
「これが邪香の効果を消し去る事の出来る丸薬です。ここで採取た花から抽出したエキスを混ぜ合わせて作りました。これをサクラ王妃様に飲ませれば一発で効果を発揮するでしょう!」
「そうか!マクシミリアよく作ってくれた。感謝する」
そしてカイルはその小瓶を受け取ろうとしたが何故かマクシミリアはその小瓶ごと手を引いたのだ。
「・・・マクシミリア?」
「一つだけ使用方法に注意がございます」
「注意?」
「・・・恐らくサクラ王妃様は常に邪香を嗅がされている状況にあると思われます。そんな状況でこの丸薬を飲ませても全く効果は発揮出来ないでしょう。ですので、まずはその邪香の元を取り除きそれからこの丸薬を飲ませて頂きたいのです」
「・・・分かった。必ず邪香の元を取り除いてからサクラに飲ませる」
「それからこの丸薬は一つだけしか完成する事が出来ず、予備は別にございませんのでそれだけはどうぞお気を付けください」
「・・・絶対無くさないようにしよう」
カイルはマクシミリアに頷くとその小瓶を受け取り大切に懐にしまったのである。
「では行ってくる。・・・アイラすまないがシルバも出陣させるからな」
「ええシルバ様から直接お聞きしました。皆様のご無事をお祈りしております。そして無事にサクラ様をお助けください!」
「ああ必ず無事に連れ戻す!」
「私もアイラ様とご一緒に皆様のご無事とサクラ様のご帰還をお待ちしております!」
「ミランダ、後の事は任すぞ」
「はい!」
そうしてカイルは三人の見送りを背に受けながら小屋から出て出陣の準備に向かったのであった。
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