調香師
小屋の前に到着するとロイから鍵を受け取ったマクシミリアが、錠のかかった扉に鍵を差し込みカチャリと鍵を開けた。
そしてゆっくりと扉を開け全員で部屋の中に入っていったのである。
「ゴホッ!凄い埃だな・・・」
袖で口を押さえながらカイルが険しい表情で埃の舞う暗い部屋の中を見回したのだ。
しかしマクシミリアは見知った場所と言うように迷う事なく足を進め、次々と窓を開けて外の空気を部屋の中に入れ込んだのである。
さらに各所にあるランプに光を灯すと部屋の中が明るくなったのだ。
「これは・・・」
カイルが驚きの声を上げながらその部屋の中を呆然と見つめた。そして他の者もカイルと同じ反応を示していたのだ。
何故ならその部屋には埃を被ってはいたが沢山の実験器具のような物が机の上に置かれ、壁側にある本棚にはビッシリと本がしまわれていたのである。
まるで実験室のような部屋の状態に一同驚きの表情で固まっていたのだった。
「ふむ・・・掃除をすればどれも問題なく使えそうだの」
「・・・・・マクシミリア、ここは一体何だ?」
「ワシの研究小屋です」
「研究小屋?」
「そうです。ワシがまだここで庭師をしていた時にこの小屋を研究小屋として使わせてもらっていたのです」
「研究・・・とは?」
「花に関する研究を主に。例えばどの花同士を交配をすれば強い花が出来るとかの品種改良や・・・・・花から抽出したエキスを香料にする研究をしておりました」
「花から抽出したエキスを香料に・・・マクシミリアもそれが出来たのか」
「まあ、邪香なる特殊な物は作っておりませでしたが。ただ知識だけはシュバイン帝国に行った時に身に付いております。そしてそれに対抗しうる物も」
「なっ!」
「幸いにも邪香の効果を消す事が出来る物を作るのに必要な材料はこの庭園で手に入りますからな。ただ完成には少々時間が掛かってしまうのですが宜しいですかな?」
「そんな物を作れるのか・・・分かった、頼む。だがなるべく急いでくれ」
「善処致します」
マクシミリアはそう言ってカイルに頭を下げたのである。
「ではアイラ、すまないがワシの助手をしてくれないか?」
「え?私、ですか?・・・分かりました。私で宜しければ出来る限りお手伝い致します!」
「それでしたら私は、ここのお掃除とお二人方のお世話をさせて頂きます!」
ミランダは手を上げ真剣な表情で名乗り上げたのだ。
「ならばここは三人に任せる。シルバとロイ、俺達は俺達で出来る事をするぞ」
「「はっ!」」
そして三人はアイラ達をその場に残し小屋から出ていった。
「ロイ、お前はシュバイン帝国に潜伏させている密偵と連携しサクラの居所を探らせろ」
「畏まりました」
「シルバはすぐに騎士団の下に行きシュバイン帝国と戦う為の準備をさせろ」
「了解致しました」
そうしてシルバとロイが走り去っていく後ろ姿を見送ったカイルは、夜空を見上げ一際輝く月をじっと見つめたのだ。
「サクラ・・・必ず俺が助け出す!」
カイルは拳を握りしめ力強く誓ったのであった。
◆◆◆◆◆
ゆっくりと意識が浮上した私は何故かなかなか開けれない瞼を無理矢理開けたのだ。
すると薄暗い視界の中で豪華な天蓋が目に入ったのである。
しかしその天蓋は見慣れたいつもの天蓋では無かったので私はまだはっきりしない頭で困惑した。
「こ・・・こ・・・は・・・・・?」
疑問の声を口に出そうとしたのだが何故か上手く話す事が出来ない。
その事に戸惑いながらも私は体を起こそうと体に力を入れたのだ。しかしまるで鉛のように体が重く上手く力が入らない。
「ど・・・う・・・・・して・・・・」
そう呟きながらそれでも私は起き上がろうとなんとか腕に力を込め体を起こす事が出来たのである。
だがそれだけで息が上がり荒い息を繰り返しながらふと自分の格好を見た。
なっ!何この服!!真っ白なキャミソールワンピみたいな服になっているんだけど!?こんな服私持っていないよ!?それに生地も薄いし胸元開いてるし肩とか出て肌の露出高いし・・・何でこんな服着てるの私!?
今まで着たことのないその服に激しく動揺しながら、重い腕を動かし胸元を隠すようにシーツを手繰り寄せたのだ。
「・・・久しいな。サクラ」
「っ!!」
まさかこの部屋に他に人がいるとは思ってもいなかった私は、肩をビクッと震わせゆっくりとだがその声がした方に顔を向ける事が出来たのである。
するとそこにはゆったりと足を組んで椅子に座る黒い軍服姿の男がいた。
そしてその薄暗い中でも分かる銀髪と冷淡な眼差しの金色の瞳に私は息を飲んだのだ。
「ダ・・・グラ・・・・・ス」
正直もう会いたくも無いと思っていたその男の名を呼び、そしてどうして私がここにいるのか思い出したのである。
そうだった!私、あのアビルに変な香りの小瓶を嗅がされて連れ去られたんだった!!
私はすぐに視線を部屋の中に移し自分がいるこの場所を確認した。
多分窓だと思われる所には厚手のカーテンが閉められ外の様子が確認出来ず、扉もダグラスの後ろの方に一つあるだけ。
そして私がいるのは天蓋付きの大きなベッドの上だった。
・・・簡単には逃げ出せそうにないね。それにあの香りを嗅がされたせいかまだ思うように体を動かせない。でもあの嗅がされた時よりかは少しだけど体を動かせるし言葉も発せられる。なら暫くしたら戻るかも・・・。
私は自分の体の状態を分析しながら再びダグラスの方に視線を戻したのだ。
するとそんな私の様子を見てダグラスは面白そうに口角を上げたのである。
「くく、そんな体でも逃走経路を確認し自分の状況を把握するとはな。さすがサクラだ」
「・・・・」
「どうした?何か言いたそうな目だな。良いぞ、ゆっくりで良いから話してみろ」
「・・・・・ここは・・・どこ?」
「シュバイン帝国の王城だ」
「っ!・・・・・・なん・・・で、わた・・・し・・・を、さらっ・・・・・たの?」
「それは勿論サクラを手に入れる為だ」
「わ、たし・・・を?・・・・・どう・・・して?」
「そんなものは決まっている。私がサクラを欲しいと思っているからだ。ふっ、そして漸く私の手に堕ちた。もうお前は私のモノだ」
「なっ!」
ダグラスがニヤリと笑うと、先程までの冷淡な眼差しから一変して劣情のこもった眼差しで私を見つめてきたのだ。
「な、なに・・・を言って・・・いるの!?」
「その言葉通りだ。サクラ、お前は私のモノだ」
「わ、私は・・・もう・・・カイルと結婚・・・したんだよ!!」
「・・・分かっている」
「そ、それに私は・・・カイルの王妃になったの・・・だから!!」
「それも分かっている。むしろそれを待っていた」
「・・・え?」
私を見ながら笑みを深くしたダグラスに私は困惑の表情を浮かべた。
「サクラ、お前は確かにミネルバ国の王妃となった。そしてそれと同時にお前の身はミネルバ国そのものとなったのだ」
「どういう・・・事?」
「前国王はカイルに王位を譲り隠居した。そしてカイルには他に兄弟もおらずさらにまだ世継ぎが生まれていない。そんな状態でもしカイルが死ねばどうなると思う?」
「・・・・・あ!」
「そう、お前がミネルバ国の女王となる。そしてその女王を手に入れた男は必然的にミネルバ国の王となるのだ」
「ま、まさか・・・」
「くく・・・お前を手に入れた今、後はカイルを殺すだけで私は簡単にミネルバ国を手に入れられると言う事だ」
「そ、そんな事は・・・させ無い!!」
冷酷にそして楽しそうに笑うダグラスに私は鋭い視線を向けたのである。
しかしそんな私の視線を物ともせずただただ楽しそうに私を見ていたのだ。
するとその時、扉がノックされダグラスの入室の許可を得ると一人の男が部屋の中に入ってきたのである。
「も、もしかして・・・アビル?でもその格好・・・」
入ってきた男は私に香りの小瓶を嗅がせここまで拐ってきたアビルであったのだ。
しかしその服はあの執事風の衣装から赤い軍服に変わっていたのである。そしてその服装のせいか雰囲気が全く違って見えた。
アビルはダグラスの横にまで移動すると、片手を胸に当てもう片方の腕を後ろに回すと綺麗な姿勢で私に一礼してきたのである。
「ご紹介が遅れまして大変申し訳ございません。私はアビルと言う名ではなく本当の名前はアインゲイルと申します。そしてダグラス様の側近をさせて頂いております」
「アイン、ゲイル?ダグラス、の側近?」
「はい・・・そろそろ効果が切れてきたようですね」
「ああ、だいぶ話が出来るようになってきた」
「ではタイミング的には丁度良かったです。ダグラス様どうぞこちらをサクラ様に」
アビル改めアインゲイルはダグラスの横で膝を折ると、懐から一つの箱を取り出し恭しくダグラスに手渡した。
それを受け取ったダグラスは箱を開け中身を見てニヤリと笑ったのである。
「良いデザインだ。サクラによく似合う」
「ありがとうございます」
そんな二人のやり取りを見て私は不思議そうな顔をしたのだ。
するとダグラスはそんな私を見て笑いながらその箱の中身を取り出し私に見せてきたのである。
それは大小の緑色の石が五つ連なったネックレスであった。
「・・・そ、れは?」
「邪香を閉じ込めたネックレスです」
「邪、香?」
「ええ。あの中庭でサクラ様にお嗅ぎ頂いたあの香りが邪香と呼ばれる物です。そして邪香の香りを嗅いだ者は体の自由が奪われます」
「っ!」
「その邪香を使いサクラ様の為に私が心を込めてお作り致しました。ああ勿論付けている間はずっと邪香の香りがサクラ様を包みますよ。ふふ、きっとサクラ様にお似合いです」
「・・・どうして、あなた達は、平気なの?」
「私は幼い時から様々な毒に耐性を付けさせられたからな。これぐらい私には効かん」
「私も調香師としてずっと色々な効果のある香りを嗅ぎ続けてまいりましたので、すっかり耐性が付いてしまったのです」
「・・・調、香師?」
「ええ、ダグラス様の側近でありこの城で香りの研究をさせて頂いている調香師でもあります。その私の力はサクラ様が身を持って体験されていますよね?邪香、眠り香で」
そう言ってアインゲイルは立ち上りにっこりと私に微笑んできたのだ。
た、確かにあの香りを嗅いだら全く抵抗が出来なくなった・・・それを平然とした顔で作り出すアインゲイル・・・・・なんだか怖い。
私を見ながら微笑んでいるアインゲイルの笑顔がとても怖い物に感じ私はぞっとしたのである。
すると突然ダグラスが椅子から立ち上り邪香のネックレスを持ったまま私に近付いてきた。
「ち、近付か・・・ないで!!」
近付いてくるダグラスから逃げようと腕に力を込めて後ろに這いずろうとしたが、恐怖と邪香の効果のせいで上手く動かす事が出来ない。
そうしているうちにダグラスはベッドまでやって来ると、片膝をベッドに乗せ私の腕を掴んで引き寄せてきたのだ。
そして私の顎を掴み強引に上を向かさるとダグラスの顔が間近に迫ってきた。
「くく、安心しろ。まだ今はお前を抱かん。あの憎いカイルの首を落としベッドの脇に飾りながら初めてお前を抱いてやろう。その間まで暫く邪香の香りを楽しんでいろ」
「い、嫌・・・んん!!」
ダグラスは私の唇を強引に奪うと唇の間から無理矢理舌をねじ込み口内を犯し始めたのだ。
「やあ!・・・ん!・・・んん!!」
そのまま激しいキスに翻弄されている時、首に何か冷たい物が触れカチャっと小さな金属音が耳に届いた。
するとダグラスはゆっくりと唇を離し私の胸元を見てニヤリと笑ったのだ。
次の瞬間私の胸元からあの濃厚な甘い香りが漂ってきたのである。
私はくらくらする頭で自分の胸元に視線を落としそして愕然とした。
何故ならその胸元には先ほどダグラスが持っていたあのネックレスが掛かっていたのだ。
そしてさらにそのネックレスから漂う邪香の香りにどんどん体が硬直していったのである。
カイル!!!
邪香によってどんどん表情が無くなっていく私の顔をダグラスが息の掛かる至近距離でじっと見つめ、そしてもう一度唇をダグラスに奪われたのだった。
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