邪香

 空に輝く月明かりと所々に焚いてある松明によって中庭の草花が綺麗に照らされていた。


 その中をカイル達は歩いていたのである。




「あ、あそこでサクラ様と別れました!」




 そう言ってミランダが指差した先にカイル達は急ぎ足で向かったのだ。




「ここでサクラ様はアイラ様から頂いたお花を育てていました」


「・・・私がお贈りしましたお花、こんなに立派に育ててくださったのですね」


「それは毎日大切に育てられていましたから・・・」




 アイラとミランダはじっとサクラが育てていた花達を見つめ辛そうな顔になる。




「さあ何でも良い!何か手掛かりが残っていないか手分けして探すぞ!」




 そうしてカイル達は手分けして中庭の中を探しだしたのだ。


 しかし草の根を分けてまで探してみたが全く手掛かりが見付からなかったのである。




「・・・口封じの為に人を殺める奴だ、そんな手掛かりを残すはずはないか」




 カイルはそう悔しそうに呟き拳を強く握りしめた。そしてそれは他の者も皆同じ思いであったのだ。


 すると重い沈黙を破るようにアイラが何かに気が付いて地面にしゃがみこんだのである。




「アイラ?」


「・・・この微かに香るこの匂い・・・」




 シルバの問い掛けに応える様子もなく、アイラは真剣な表情で地面の一部を手で掘り起こしそれを両手ですくって立ち上がると鼻に近付けた。




「っ!」


「アイラ!!」




 突然アイラがフラりと後ろに倒れそうになった為、シルバが慌ててその背中を支えて抱き留めたのだ。




「アイラ大丈夫か!?」


「だ、大丈夫です。少し強く嗅ぎすぎせいですので・・・」


「アイラ嬢一体何を?」


「カイル様・・・恐らくサクラ様は邪香を使われて連れていかれたのだと思われます」


「邪香?」


「はい。邪香と言うのは一部の場所でしか咲かないある特別な花から抽出されるエキスから作られる液体で、その香りを嗅ぐと体の自由が奪われてしまうのです」


「なんだと!?」


「僅かでしたがここにある花達とは違う匂いを感じましたので、その匂いの発生源であると思われるこの土を取り嗅いでみたのですが・・・少し体が硬直しました。多分間違い無いかと思われます」


「あ、そう言えば当時玄関を警備していた衛兵から、サクラ様が終始無言でさらに無表情だったと聞いていました」


「ではやはりサクラはその邪香を使われた事で抵抗出来ず連れていかれたのか・・・」




 ミランダの報告を聞きカイルは辛そうな顔で確信したのだった。




「それでアイラ嬢、その特別な花と言うのは何だ?もしかしたらその方向から調べられるかもしれん」


「え~っと確か・・・ダラビアと言う花だったと思うのですが・・・」


「ダラビア・・・聞いたことの無い花の名だ。それでその花が咲く場所は何処だ?」


「それが・・・すみません。忘れてしまいました!」


「なっ!アイラ嬢何とか思い出せないのか!?」




 カイルはアイラの両肩を掴み必死な形相で問い質すが、アイラはすまなそうな顔で落ち込んでいたのだ。


 そんなアイラをシルバが庇いカイルから引き剥がして胸に抱きしめた。




「カイル王、落ち着いてください!アイラが困っています!!」


「っ、すまない・・・」


「シ、シルバ様、良いのです!忘れた私が悪いのですから・・・」


「アイラ嬢・・・本当に何も思い出せないのか?何か少しでも良いから情報が欲しい!」


「・・・・・マクシミリア先生でしたら分かるのですが・・・」


「マクシミリア先生?」


「はい。私が天涯孤独の身になった時にたまたま村に来ていたマクシミリア先生から、お花の事を色々教えて頂いたのです。その時にダラビアの花から作られる邪香の効能と、とても薄くしたサンプルを嗅がせて貰いました。その先生なら私よりも詳しく分かると思うのですが・・・」


「そのマクシミリアは今は何処に?」


「それが・・・分からないのです。私が一人立ち出来るようになったと判断された時に旅立たれてしまわれました」


「くっ、せめて居所が分かればどうにかなるんだが・・・」


「お役に立てず申し訳ありません」




 アイラは目を伏せカイルに頭を下げたのである。


 するとその時、一人何か考え事をしていたロイがあっと言う声を上げて何かに気が付いたのだ。




「どうしたロイ?」


「いえ、どうもマクシミリアと言う名前に聞き覚えがあると思っていましたら、昔ここで庭師をされて方が同じ名前だったのですよ」


「あ、そう言えばマクシミリア先生は何処かのお城で庭師をしていた事があると伺った事があります!」


「それでしたら同じ方の可能性がありますね・・・」


「・・・俺は初めて聞いた」


「そのマクシミリア様と言う方は元は貴族の出でしたが、草花を好きすぎて貴族の身分を捨て先々王の時代からこのお城で庭師をされていたそうなのです。しかし先王の時代になられてから暫くして様々な地域の花々を見てみたいと言いだし、今の庭師に後を任せて旅に出られてしまったとお聞きしてます。ちなみにこの王妃専用の中庭もマクシミリア様が手掛けたそうですよ」


「そうなのか!だが、旅に出たと言う事はやはり居場所は分からないのだろうな・・・」


「いえそれが・・・本当に同一人物でしたら分かるかもしれません」


「なんだと!」




 ロイの言葉にカイルが激しく反応したのである。




「実は・・・先王であらせられるカイル王のお父上様方が移り住まわれた別荘の庭を、そのマクシミリア様にお願いしたとお聞きした事があったのです」


「なっ!?では今そのマクシミリアはそこにいるのか!?」


「さすがにそれは分かりかねます。しかし可能性に掛けて今から私が行って参ります!」


「ああ頼む。なんとしても連れ帰ってくれ」


「はい。畏まりました」




 そうしてロイはカイルに頭を下げるとすぐに踵を返しお城の中に駆けて行ったのだ。


 そのロイの後ろ姿を見送った後、この場に残った面々の顔を見回した。




「今はロイの帰りを待つしかない。とりあえずお前達は一旦休め。それからシルバはアイラ嬢と共に客室に泊まる事を許可する」


「・・・ありがとうございます。さあアイラ行こうか」


「はい・・・」


「では私がお部屋をご用意致します」




 アイラはミランダが持ってきた蓋のある瓶に持っていた土を入れ換えるとそれを大事そうに抱え持ち、シルバに促されてお城に向かって歩いていったのだ。


 さらにその二人の後をミランダがついていったのである。


 そして庭に一人残ったカイルはサクラが大事に育てていた花達を見つめ悲痛な表情で呟いたのだ。




「サクラ・・・無事でいてくれ」




 その呟きは風で揺れる草木の葉擦れの音に消えていったのであった。
































 翌日の夕方頃、ロイは馬車を飛ばしてお城に戻ってきたのだ。


 そしてカイルの執務室で待機していたカイル達の下に急いでやってきたのである。




「お待たせ致しました!」


「ロイ!よく戻ってきた。それで目的の人物はいたのか?」


「はい。お会いする事が出来ました!・・・マクシミリア様どうぞお入りください」




 ロイは閉まっている扉の向こうに声を掛けるとその扉がゆっくりと開き、そこから顎に白い髭を生やした初老の男性が入ってきたのだ。




「マクシミリア先生!!」


「おお、アイラか!久しいな。元気にしておったか?」


「はい!先生こそお元気でなによりです」




 マクシミリアの姿を見たアイラは椅子から慌てて立ち上りマクシミリアの下に駆け寄ると、嬉しそうに声を掛けたのである。


 そんな二人の下にカイルは近付き神妙な面持ちでマクシミリアに話し掛けた。




「俺はカイル・ラズ・ミネルバだ。この国の国王をしている」


「マクシミリアと申します。カイル王よ。・・・それでわざわざワシを呼ばれた理由は何でしょうかな?」


「アイラ・・・」


「はい。・・・先生、少しこの瓶に入っている土の匂いを嗅いで頂けませんか?あ、思いっきり嗅がないでくださいね」


「ふむ・・・」




 マクシミリアはアイラから瓶を受けとると、その蓋を取って軽く中を嗅いだのである。




「むっ!・・・これは邪香ですな」


「やはりそうか。実はマクシミリアをここまで呼んだのはその邪香について聞きたい事があったからだ」


「ふむ、お答え出来る事でしたらお答え致しましょう」


「実は・・・・・」




 そうしてカイルはマクシミリアに事の経緯を説明したのだった。




「・・・そうでしたか。王妃様が邪香を使われて拐われたと」




 椅子に座ってカイルの説明を聞き終えたマクシミリアは、顎の髭を撫でながら難しい顔をしている。




「方々手を尽くして探してはいるのだが・・・全く行方が分からない。今分かっている手掛かりと言えばその邪香と呼ばれる物だけだ。・・・マクシミリア知っていたら教えて欲しい。その邪香の原料となるダラビアの花は何処の場所でしか育たない花なんだ?」




 カイルはダラビアの正面に座り真剣な表情でマクシミリアを見ていた。


 そしてそれは同じ部屋にいるアイラ達も同じであったのだ。




「・・・・・シュバイン帝国。それも・・・王城内のある特殊な環境が整えられている場所でしか栽培出来ない希少な花なのです。私が若い頃に一度だけ、まだ今ほど関係が悪化していないシュバイン帝国の王城を訪れ見せて貰ったので間違い無い」


「・・・・・ちっ、やはりシュバイン帝国の手の者がサクラを拐ったのか!!」


「カイル王落ち着いてください!まだ完全にサクラ様がシュバイン帝国に拐われたと確定した訳では・・・」




 怒りを露にしたカイルを宥めようとシルバが近付いたその時、扉を叩く音が聞こえそして一人の兵士が部屋に入ってきた。




「ご報告致します!サクラ王妃を乗せたと思われる馬車の車輪の後を追っていたのですが、その行き先が判明致しました!」


「っ!何処だ!!」


「・・・シュバイン帝国です」


「くっ、これで確定したな。・・・報告ご苦労、下がって良いぞ」


「はっ!」




 カイルに報告した兵士は一礼すると部屋から出ていったのである。




「シルバ!すぐに兵を用意しろ!!シュバイン帝国に乗り込んでサクラを救い出す!!」


「お、お待ちくださいカイル王!!お気持ちは分かりますが今回は前の時とは状況が違いすぎます!早計な判断は危険を伴いますのでどうぞお控えください!!」




 今すぐ椅子から立ち上り出ていこうとしているカイルを、シルバが慌てた様子で引き留めた。


 するとそんなカイルにマクシミリアが冷静な声で話し掛けたのだ。




「そうですぞカイル王。そもそもサクラ王妃様は邪香によって連れていかれたのですから、まずはその対策を取らなければいけないかと思われますが?」


「対策?普通に助け出すでは駄目なのか?」


「邪香を侮ってはいけませんぞ。あれは嗅ぐだけで神経を麻痺させ体の自由を奪うもの。それをあのような濃度で嗅がされれば暫くはまともに体が動かせないでしょう。さらに連れていかれたと言う事は継続的に嗅がされている可能性が高いでしょうな。そんな状態の王妃様を無理に助け出されても最悪後遺症が残るかもしれませんぞ」


「ではどうすれば!!」


「・・・ワシにお任せくだされ」


「マクシミリアに?」


「はい。ただその事で一つお願いしたい事があります」


「お願い?何だ言ってみろ!」


「では、お城の庭園である中庭の奥に建ててある小屋を使わせて頂きたいのですが?」


「小屋?・・・ああそう言えばそんな物があったな。ずっと鍵が掛かっている小屋だったから不思議に思っていた。しかしマクシミリアあの小屋を一体どうするつもりだ?」


「それは行ってみれば分かります」


「・・・ロイ、すぐに小屋の鍵を取ってこい」


「畏まりました!」




 そうして急いで鍵を取ってきたロイと共にカイル達は中庭にある小屋に向かったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る