誘拐
私はアビルに促されたまま歩かされお城の玄関までやってきた。
「これはサクラ王妃!一体どうなされましたか!?」
玄関を警備していた衛兵が私の姿を見て驚きの声を上げたのだ。
しかし私はその衛兵に向かって言葉を発する事が出来ない。
するとそんな私の代わりにアビルがにっこりと笑顔を向けて衛兵に応えていたのである。
「今からサクラ様はアイラ様の所にご訪問されるそうです」
「そう、なのですか?今日はお出掛けになられると聞いておりませんでしたので・・・」
「急な予定が入られたそうですよ。ああ、馬車が来ましたのでこれで。さあサクラ様行きましょう」
玄関前に帽子を目深に被った御者が乗った一台の王族専用の馬車が止まり、私はアビルに促されたままその馬車に乗り込んだ。
そして私に続いて乗ってきたアビルの手で扉が閉められるとアビルと並んで中の椅子に座らされた。
するとゆっくりと馬車が動きだし私は城から連れ出されてしまったのである。
「ではサクラ様、暫く移動となりますので今度はこちらをお嗅ぎください」
そう言うとアビルは懐に手を入れまた小瓶を取り出した。
しかしその小瓶は先程見た小瓶とは違い青色の小瓶であったのだ。
アビルはその小瓶の蓋を取り私の鼻に近付けてきたのである。
っ!・・・こ、今度は何!?うう・・・嗅ぎたくないのに自分の意思で息を止めれない!!
心の中では必死に抵抗しているのだがどうしても体の自由が効かず、その小瓶から漂ってくる香りを嗅ぐ羽目になった。
・・・さっきとはまた違った甘い匂いが・・・・・あれ?・・・凄く・・・眠く・・・・・なって・・・・・・・。
強烈な睡魔に襲われた私はそのまま瞼が落ちアビルに寄り掛かるように倒れ込んだ。
「・・・ふふ、次に目覚められる時はダグラス様のお側ですよ」
そんなアビルの含み笑いと言葉を聞きながら私の意識はそこで途絶えたのであった。
◆◆◆◆◆
空が夕焼け色に染まる頃、カイルは足取り軽く上機嫌で国王夫妻用の自分の部屋に入っていく。
「サクラ!今日は早く仕事が終わったからこれから二人でゆっくり過ごせるぞ!」
そう言いながらカイルは部屋の扉を開けて中に入っていったのだ。
しかしそこには目的の人物がいなかったのである。
「・・・ミランダ、サクラは何処にいる?」
「そ、それが・・・」
部屋の中にいたミランダはカイルの問い掛けに困惑した表情で言い淀んだのだ。
そのミランダの様子にカイルは眉を寄せもう一度部屋の中を見回してから再びミランダを見た。
「・・・もう一度問う。サクラは何処にいる?」
「っ!・・・サクラ様はアイラ様の下に行かれたそうです・・・」
「・・・それはいつ頃だ?」
「お昼前だったと伺っています・・・」
「・・・伺っています?何故ミランダは一緒に行かなかった?」
「実は丁度その時、ライエル様から呼び出されていまして少しサクラ様のお側を離れなければいけなくなったのです」
「ではサクラを一人だけにしたのか?」
カイルはミランダの言葉を聞いてさらに眉間の皺を増やしたのだ。
「い、いえ!そんな事致しません!その時、侍従のアビルが私を呼びに来てくれましたので、少しの間代わってもらったのです」
「しかしその間にサクラはアイラ嬢の下に行ってしまったのか」
「はい・・・でもそもそもサクラ様から本日アイラ様の下にご訪問されると言う話を伺っておりませんでしたので、正直困惑しております。それにこのように何もご連絡もなくご帰宅が遅くなる事も初めてでして・・・」
「・・・・・ミランダ、至急シルバをここへ呼べ」
「シルバ様を、ですか?」
「ああ」
「畏まりました。少々お待ちください」
ミランダは戸惑いながらもカイルに一礼し部屋から出ていった。
そしてすぐにシルバと共に戻ってきたのである。
「カイル王、私をお呼びだそうですがどうかされましたか?」
「・・・シルバ、今日の昼頃サクラがアイラ嬢の所に行く話は聞いているか?」
「え?いいえ聞いておりません。と言うか、今日アイラは隣町に買い出しに行っているので昼間家にいない事は事前にサクラ様にお伝えしてあるはずでが?」
「なんだと!」
「それが一体?」
「・・・どうも昼前にサクラがアイラ嬢の下に出掛けて行ったらしい」
「え!?もしかしてアイラの予定をサクラ様は忘れられたのでしょうか?」
「確かにその可能性はあるが・・・それだったら家にアイラ嬢がいないと分かればすぐに戻ってくるはずだ。しかし・・・いまだに戻っていない」
「それは確かにおかしいですね・・・分かりました。今頃でしたらもうアイラは家に戻っていると思うので急いで確認して参ります」
「頼む」
「はっ!」
シルバはカイルに向かって頭を下げるとすぐに部屋を出ていったのだった。
それから小一時間が経ちすっかり外が暗くなった頃、シルバがアイラを伴って戻ってきたのだ。
「カイル様!サクラ様はまだお帰りになられていないのですか!?」
「ああ・・・アイラ嬢、やはりサクラには会っていないのか?」
「はい。シルバ様がお伝えした通り私は隣町に買い出しに行っておりまして家にいませんでした。しかし・・・私の家で働いてくださっている使用人の方のお話をお聞きした所、家に訪ねて来られた方はいなかったそうです」
アイラのその言葉にカイルは歯を強く噛みしめ険しい表情になったのである。
「カイル王・・・やはりこれは」
「・・・ああ、どうやらサクラは拐われた可能性が高い」
「そ、そんな!ああ私があの時お側を離れなければ・・・」
ミランダは悲痛な声を上げその場に崩れ落ち顔を覆って泣き出してしまった。
するとそのミランダにロイが慌てて駆け寄りその震えている肩を優しく抱きしめてあげたのだ。
そんな二人の様子を見てからすぐにカイルはシルバに顔を戻し指示を出したのである。
「シルバ、従者としてサクラについていったアビルの素性を調べろ!それからサクラの捜索隊をすぐに派遣するんだ」
「はっ!畏まりました!・・・アイラすまないが君はここで待っていてくれ」
「はい。分かりました。お気をつけていってきてください」
そうしてシルバが部屋から出ていきすぐに城の中が慌ただしくなったのだ。
それから数刻後、シルバが部屋に戻ってきたのだがその表情はあまり良くないものであった。
「シルバ、報告しろ」
「・・・はい。まずアビルをここで働かせるように紹介した男爵なのですが・・・・・」
シルバはそこまで言ってチラリとそれぞれ椅子に座っているアイラとミランダを見てからカイルの方に視線を戻す。
「屋敷の中で遺体で発見されました」
そのシルバの報告にアイラとミランダは息を飲み顔が青くなる。
しかしカイルは動揺を見せずじっとシルバを見ていた。
「屋敷で働いていた者達は?」
「・・・全員遺体となっていました」
「そうか・・・多分口封じの為だろうな」
「恐らくは。・・・どうもアビルをここに紹介した後の男爵はお金の羽振りが良かったようです」
「・・・大金を貰って身元を保証したのだろう。確かあの男爵は浪費が激しい事で有名で借金がかさみ、お金に困っているようだったからそこに目を付けられたのだろうな」
そう言ってからカイルは苦々しい顔で舌打ちをした。
「それでサクラ様の捜索の件なのですが・・・」
「何か分かったか!」
「・・・郊外の森の中にサクラ様が乗って行かれたと思われる馬車が乗り捨てられていました」
「それでサクラは!!」
「いえ、周囲をくまなく捜索致しましたが発見には至りませんでした。しかし地面に別の馬車と思われる車輪の跡を発見致しましたので、現在別の者に追跡させている所です。ですがなにぶん地面の状態が悪い所でしてあまり期待は出来ないかと・・・」
「そうか・・・」
そのシルバの報告を聞き部屋に居た者が皆気落ちすると一気に空気が重くなったのである。
「そう言えばミランダ、お前が最後にサクラを見たのは何処だ?」
「・・・王妃様専用の中庭です」
「あそこか・・・何か手掛かりが残っているかもしれん、見てくる」
「あ、それでしたら私も行かせてください!お一人よりも何か見付けられるかもしれませんので!!」
すぐにカイルが移動しようとした所をアイラが呼び止め真剣な表情でお願いした。
すると他の者もアイラに続きカイルについていくと言い出したのである。
「・・・分かった。皆頼む」
そうしてカイル達は揃って夜の中庭に移動したのであった。
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