膝の上で
「・・・女将さん、ベーコンときのこのクリームスープ一つ」
「・・・あいよ」
私のオーダーの声に女将さんは諦めた声で返事を返し奥に行ってしまった。
そうして料理が出来るまでの間、私は他のお客さんのお水を入れたり料理を食べ終わったお皿を片付けたりと忙しなく店内を走り回っていたのだ。
そしてその間テーブルに頬杖をつきながらずっと私の事を見ているカイルの視線にも気が付いていたのである。
うう・・・凄く気になるんだけど・・・。
そう思いながらチラリとカイルの方を見てみると、うっすらと笑顔を浮かべながら何だか熱い眼差しで私の事を見ていたのだ。
その瞬間私の心臓は大きく音を上げながら跳ねたのである。
私は慌てて視線を反らし火照る顔を意識しないように仕事に集中したのであった。
「サクラちゃん!カイル王子様のベーコンときのこのクリームスープ出来たよ!」
「あ、はぁ~い!」
女将さんの声に返事を返した私は、すぐにカウンターに料理を取りに行ったのだ。
あらかじめ用意しておいたお盆にスープの入ったお皿を乗せると溢さないように慎重にカイルの元に運んだのである。
「はい。カイルおまちどうさま。熱いから慌てず食べてね」
「子供じゃ無いんだからそれぐらい分かっている」
「それもそうか。でも一応ね」
私の言葉に多少ムッとした顔をしたがすぐにスプーンを手に取りスープをすくうと息を吹き掛けて冷ましだした。
そしてある程度冷めた頃合いにカイルは一口そのスープを口の中に含んだのである。
その様子を他のお客さんや女将さんが緊張した面持ちで見つめていたのだ。
私もその雰囲気に飲まれ、お盆を胸に抱きながらドキドキとカイルの様子を見ていたのであった。
「・・・うん、美味いな」
そのカイルの一言に周りからホッと息が漏れる声が聞こえ場の雰囲気が和らいだ。
そして女将さんの方を見るととても嬉しそうに喜んでいたのである。
私は無意識に詰めていた息を吐き上機嫌で仕事に戻ろうとカイルから離れようとした。
しかしその私の手をカイルが掴んで引き留めたのである。
「・・・何?追加注文でもするの?」
「・・・お前も食べていけ」
「・・・・・はっ?」
「だからお前もここに座って一緒に食べろと言っているんだ!」
「いや、私仕事中だから無理に決まってるでしょう!!」
「良いから座れ!」
「わぁ!」
カイルが私の腕を強引に引っ張った為、バランスを崩し倒れそうになったのだが気が付くと私はカイルの膝の上に座らされていたのだ。
「なっ!!」
「これで良い」
「よ、良くない!!」
この恥ずかしい体勢に私は顔を赤くさせながらニヤリと笑っているカイルに抗議した。
そしてすぐにカイルの膝の上から下りようと体を動かすが、いつの間に回っていたのかカイルの手が私の腰をガッチリと掴んでいたのである。
「ちょ、離して!!」
「嫌だ」
「べつに膝の上に座る必要無いよね!?」
「俺がそうしたいからしている。いい加減諦めて大人しくしろ」
「大人しく出来るかい!!」
私がそう叫んだその時、店内の至る所でガタガタと椅子が引かれる音が鳴り出したのだ。
その音に驚いた私は周りを見るとお客さんが一斉に立ち上がっていたのである。
「あ~サクラちゃん、お邪魔のようだしもう出ていくな。お金はここに置いておくから。ごちそうさん」
そう言ってお金を机の上に置くと苦笑いを浮かべながらお客さんが出ていった。
すると他のお客さんも同じように言ってお金を机の上に置き慌てて店から出ていったのだ。
そうしてあっという間に店内には私とカイルだけになってしまったのである。
私は呆然とお客さんのいなくなってしまった店内を見回しそしてハッと気が付いた。
こ、この恥ずかしい状態をずっとお客さんに見られていたんだ!!
その瞬間私は顔から火が出るんじゃないかと思うほど熱くなり羞恥で愕然としたのである。
「・・・はぁ~もうこの時間は一旦店閉めますからゆっくり食べていってください」
呆れた表情の女将さんが厨房から出て店の入口から外に出ると、開店中の看板を準備中にひっくり返しそして再び店内に入ってきた。
「サクラちゃん、片付けはあたしが後でやっておくからあんたはカイル王子様のお相手してな」
「え?いや女将さん!私が片付けます!!」
「良いから良いから。それに・・・元気になったみたいで安心しているんだよ」
そう言って女将さんは私ににっこりと笑いかけると、そのまま近くにあった食器を何枚か手に持ち奥の厨房に行ってしまったのだ。
その後ろ姿を呆然と見送っていると急に私の口元に中身の入ったスプーンが近付けられたのである。
「え?」
「さあ食べろ」
「なっ!じ、自分で食べれるから!!」
「良いから食べろ」
カイルはそう楽しそうに言いながらさらに私の口にスプーンを近付けてきたのだ。
「だ、だから!!・・・ああもう!一回だけだからね!!」
私は恥ずかしさで死にそうになりながらも口を開けそのスプーンを一気に口に含み中身を食べた。
「・・・ううん!!やっぱり女将さんの料理美味い!!」
口の中いっぱいに広がるきのことベーコンの香りと旨味に私は思わず頬っぺたを押さえて至福の表情になる。
「くっ、良い顔で喜ぶな。ほらまだ沢山あるから食べろ」
「いやさすがにもう・・・」
「食べろ」
再びスープをすくいそのスプーンを私の口元に持ってこようとしたカイルを止めようとしたが、結局そのまま何度も食べさせられる羽目になったのだ。
そうしてそのスープのほとんどを私が食べきってしまった所でカイルは満足そうに私の顔を見ながら頷いたのである。
「よし、顔色は良くなったな」
「え?」
「サクラ、お前あまり調子が良くなかっただろう?いつもより顔色が悪かったぞ」
「そ、そんなに目立ってた?」
「まあパッと見では気が付かない程度だったがな。どうせ何も食べずに働いていたんだろう?」
「今朝は食欲が無くて・・・」
「それでも食べないと倒れるぞ」
「いや、いつもは食べてるよ!ただ今日は・・・」
そこで私は昨日の事を思い出しもごもごと口ごもりながら視線をカイルから反らしたのだ。
「ああ、俺の告白とキスで胸いっぱいになっていたのか」
「っ!!」
ハッキリと言ってきたカイルに私は顔を赤くさせながら思わずカイルの方を見た。
するとカイルは私の反応が楽しかったのかニヤニヤしながら私の事を見ていたのである。
「あれからずっと俺の事を考えてくれたんだな」
「ち、違う!」
「お前の反応がそうだと言っている」
そう言ってカイルはなんだか嬉しそうに笑うとおもむろに私の顔に手を近付けてきた。
「カ、カイル?」
「じっとしてろ」
一体何をされるのかとドキドキしているとカイルは私の唇を親指で拭ってきたのである。
「スープが唇に付いていた」
そしてその拭った親指を私から離すと、じっと私を見つめつつ今度はその親指をカイルが自分でペロリと舐めたのだ。
「美味いな」
「っ!!!」
ある意味キスされた時よりもその行為の方が数倍恥ずかしいものに感じたのである。
そうしてすっかりカイルのその行動に固まってしまった私をカイルは膝の上から下ろしたのだ。
「女将!迷惑分も含めたお金をここに置いていく。ついでにサクラも連れていくからな」
「あ、そんな沢山良いですのに・・・でもありがとうございます。サクラちゃん王子様と楽しんできなさいよ」
「た、楽しんでなんて・・・」
奥から慌てて出てきた女将さんに生暖かい笑みを私に向けられ手を振って送り出されてしまったのである。
そして結局今日もカイルと共に出掛ける羽目となったのであった。
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