中指の第3関節から、赤ん坊の泣き声がする

九条空

中指の第3関節から、赤ん坊の泣き声がする

中指の第3関節から、赤ん坊の泣き声がする。


最初に聞こえた時は、てっきり近所で赤ん坊が泣いているのだと思っていた。

違うと気づいたのは、風呂で頭を洗ったときだ。


シャワーがこんなにもうるさいのに、赤ん坊の泣き声がはっきりとする。

怖くなってシャワーを止めて、どこから聞こえるのかそこらじゅうに耳をあてまくった。


そしたら自分の中指の第3関節からだった。


意味がわからない。


しかも両手だ。両手の中指の第3関節から泣き声がする。

気が狂ったのかもしれない。


いやしかし、気が狂ったのは友人かもしれない。

もしかしたら友人が、超小型のスピーカーを中指の第3関節に埋め込んだのかもしれない、イタズラで。


もしそうだったらマジで友達やめる。

気持ち悪すぎるからそんなことあってほしくないと思うけど、そうじゃなかった場合ヤベエ精神病になったかヤベエ心霊現象かのどっちかなので、やっばり友人が頭のおかしいイタズラを仕掛けたんであってほしい。


友人に片っ端から電話をかけた。


「なにそれ、知らない」


全滅だった。

誰も頭のおかしいイタズラを仕掛けてきてくれなかった。


ふざけんなよ。

なんで友人の中指に小型スピーカー埋め込んでねえんだよ。

そういうお茶目なイタズラをしかけるくらいのユーモアセンスがあってもいいだろうがよ。


「赤ん坊の泣き声は聞こえるよ」


電話口に中指を近づけると、友人たちは口を揃えてそう言った。


マジかよ。じゃあ幻聴じゃねえじゃん。

精神病じゃねえじゃん。ヤベエ心霊現象の方じゃん。


とりあえずTwitterで「中指の第三関節孕まされたwwwww」ってつぶやいておいた。


いや、泣き声がするってことはもう産まれてるんだろうか。

ママになっちゃった。


精神病院に行くことにした。

お祓いに行くより科学的な気がする。


もう既に科学で証明できないことが起きているような気がするけど、もしかしたら脳の異常かもしれない。


精神科医も赤ん坊の声が聞こえるって言うなら、もう観念するわ。


「いやマジでするじゃん声。引くわァ」


精神科医はあっけからんに言った。

マジかよ。え〜? マジか。


「また頭おかしい人来たな〜って思ったら、本物じゃん。ウケる〜」


ノリが軽いわ。えっマジ?

もうちょっと深刻な顔してちゃんと聞いてくれない?

とりあえずペロペロキャンディ食いながら話すの止めてくれない?


「こんなんペロペロキャンディがなかったらやってられないっしょ。どうする? 僕、君の頭がおかしいことを証明しなきゃいけないのに、僕自身の頭が正常か自信なくなっちゃったよ」


それは申し訳ないけど、こっちも困ってるんですよ。


「僕も困ったな。どうする? 一緒に精神病院はしごする?」


そんな飲み会みたいなノリで二軒目の精神病院いきたくねえよ。


「じゃあカラオケにしよっか」


二次会じゃねえか。


「マイク通して大音量で赤ん坊の泣き声聞いたら自分に自信が持てるかもしれないじゃん?」


いやもてねえよ。もっと自分の常識を疑うよ。


「常識を疑えばいいんじゃないの? 君じゃなくて、世界がおかしいんじゃないの?」


精神科医がペロペロキャンディを歯でバキンと割った。


「まあ、また来週来てよ」


ええ? 診察終了?

なんの薬の処方もなく?


「だって、マジで聞こえるんだもん。どうしようもないじゃん。耳栓買いなよ」


それもそうだなと思ったので耳栓買って帰った。


帰って耳栓をして寝ようとしたら、割と泣き声が聞こえた。

クッソやっぱ100均の耳栓じゃダメだったか。


イヤホン大音量でマイケルジャクソン聴きながら寝た。

夢にめっちゃゾンビ出てきた。スリラーじゃなくてバッドにすればよかった。


朝起きて、イヤホン外したらまだ赤ん坊の泣き声が聞こえるので、とうとう観念した。


もうダメだ。腕切ろう。

そんで腕捨てよう。


カレンダーを見た。火曜日だ。

燃えるゴミの日である。


時計を見た。7時だ。

ゴミ収集車が来るのは8時である。


今しかねえな、うん。

自分の右腕をまな板に乗せて、包丁を構えた。


えいや。

えいやとかいうかわいい掛け声では腕なんぞまったく切れなかったので、ウオオオオオ! に切り替えて包丁を叩きつけまくった。


15分くらいでなんとか切れた。

めっちゃ血は出てるけど思ってたほどじゃなかったけどめっちゃ血は出てる。

うわめっちゃ血出てるわ引くわ。


っていうかなんで腕切ったんだろう?

指でよくね? 中指だけでよかったんじゃない?


なんで肘からいったんだ? ダイナミックすぎないか?

にんじんのヘタを捨てる時、真っ二つに切って上半分捨てるくらいもったいないことしてない?


「おぎゃあ、おぎゃあ」


体から離れた右腕から、赤ん坊の声が明確に聞こえるようになった。

くぐもっていたのが取れた感じだ。


あー、産まれたんだなって思った。


おーよしよし。


片腕でなんとか抱えて、赤ん坊にしてやるように揺らしてみる。


「おぎゃあ、おぎゃあ」


うん、左腕じゃ全然あやせねえわ。こんな時右腕があればな!

ってあやしてるのが自分の右腕だったわ! ワハハ!


頭がおかしいんじゃなくて、世界がおかしいんだよなあ。


左の中指の第3関節からは、相変わらずくぐもった赤ん坊の泣き声がする。

失血で視界がぼんやりとしてきたのを自覚した頃、ふと思いつく。


そうだ。双子なんだな。


電話をかけた。

友人じゃダメだと思ったから、あの精神科医にだ。


「次の診察まで待てませんでしたァ?」


待てませんでした。切っちゃったよ。


「それってもしかして、指の切断を達成しちゃった感じ?」


しちゃった感じ。

指どころか腕ごと言っちゃって失血死する感じ。


「感じかァ〜。ご愁傷様です」


おそまつさまです。ところで本題に入ってもいいですか。


「前座が重すぎるでしょ」


家に来てくれませんか?


「デリヘルか外科医に頼んだほうがいいんじゃない?」


頭がおかしいことを相談するのは、精神科医にって相場が決まってるじゃないですか。


「頭のおかしい相談なんだね。あーやだやだ。なんで僕の患者はみんな頭がおかしいんだ」


精神科医だからだろ。


「いいツッコミだ。精神病患者止めて芸人にならない?」


そう簡単に精神病患者止められたらみんな苦労してないだろ。


「『頭のおかしいことを本気でやっているフリ』ができれば芸人になれるんだから、簡単だと思うんだけどな。君は既に『頭のおかしいことを本気でやっている』んだから、あとはフリができればオッケーじゃん」


もう腕切っちゃったからフリできねえわ。ミッションインポッシブルだわ。


「ご愁傷様です」


うるせえよ。だから家に来いって言ってんだよ。


「何して欲しいの? 吉本に提出する履歴書の代筆?」


ちげえよ。


「吉本じゃなくてサンミュージックプロダクション?」


なんで小島よしおの後輩にならなきゃいけないんだよ。ちげえよ。


左腕も切って欲しいんです。

一応自分でも努力はしてみるんですが、片腕だし無理だと思うので。


「え〜? 僕に死体損壊等罪を犯せっての?」


なんでもう死んでる想定なんだよ。


「間に合う気がしない」


間に合わせる気がないの間違いだろ。

いや、もう、それでもいいですから、お願いしますよ。


「うーん、わかった。ビデオカメラ持ってく」


もうなんでもいいからお願いしますよ。

電話を切った。


明瞭な泣き声と、くぐもった泣き声の両方が急かしてくる。

わかったよもう。


待ってろ、もう一人も産んでやる。


「おぎゃあ、おぎゃあ」


産声を聞きながら、包丁を口でくわえた。


結局自分で左腕を切り落とす前に死んだし、精神科医はyoutuberになった。



おしまい。

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