第八話 謀られた猫

「ねぇ、なんだったのあれ? 」


あれからそそくさとその場から逃げだした。的を丸々覆うだけではなくみるみるその大きさが成長していき練習場の十分の一を占める大きさになってしまった。その巨大な氷がもたらす冷気で練習場は冷得るし、突然現れた氷に驚いて逃げるものも続出してしまった。


「スフレ、絶対何かしたでしょ」


リリーは教室の自席に座り、机には和仁がだらりとしていた。そんなわけあるかと言わんばかりに尻尾でリリー頬をバシリとはたく、もちろん痛くない程度でだ。


「もー今まで魔法出来なかったんだから。スフレに触れられてからなんだからね」


そう言ってむくれるリリー。猫よろしくといったリリーに背中お尻を向け知らぬ振りをする。魔法が成功したんだ、それでいいじゃないかと言いたい。結果オーライといったやつだ。


「もー絶対聞こえてるでしょスフレー」


この距離で聞こえないハズがない。だがここは普通の家猫になりきるんだ。仕方なくなりきってるんだからな。


「でもあれほんとに私がしたのかな」


魔法を行使すれば魔力が抜ける感覚もあっただろう。今まで感じたことのない感覚だっただろうし自分が使ったと分かっている事だろう。


「もう一回試してみようかな……」


和仁は慌ててバシンと尻尾で手をはたく、痛くないくらいで。条件反射的にはたいた後でハッとして振り向くとニコニコとした表情がそこにあった。


「やっぱり聞いてるんでしょ」


しまった、謀られた。やるな小娘。


「ねースフレが何かしてくれたんでしょ? 」


その問いに和仁はやれやれといった感じでリリーへ居住まいを正し、肯定の意味で頷く。


「ふふ、ありがとう。魔法ってスフレに触られると一回だけ使えるの? 」


そんなハズはない。魔力を止めるようにあった蓋はもうなくなっており、逆に全身魔力が通りやすくなっている。魔力がある限りは打ち放題だぞ、ちゃんと唱えられれば。否定するために首を横に振る。


「じゃあこれからは私にも魔法使えるの? 」


切望するかのようなまなざしに肯定の頷きをする


「やった!! ありがとースフレ! さすが私の召喚獣」


教室で独りはしゃぐリリー。ここら辺は歳相応だなと思ってしまう。


「ねぇねぇ、もしかしてスフレってすごい猫なの? 」


核心をつくその言葉に和仁は一瞬口が開きそうになるも、また背中を向けコテンとだらしない態度をすることでごまかした。何となく今話すのも小っ恥ずかしいし。


そんなそっけない態度の和仁をリリーは大事そうに一撫でした。少しはこれで見直したか? そんな和仁の思惑も知らず。その日の晩はいつもより少しだけ晩御飯の量が多かった。


リリーにとっては今までついていない事が立て続けに起こっていた。ところが召喚が成功し、魔法も使えるようになりこれか順調に生活していける。そう思っていた。



―――そんな順調かのように見えた矢先に事件は起こった。



それは翌日の事だった。膨大な魔力があるリリーは魔力操作を覚えないと加減が出来ない。そう判断した和仁は人目を避けて練習すべくソックスを引っ張ったり顎で指したりなどで誘導する。昨日みたいに高すぎる魔力は人目を引きすぎてしまう可能性があるからだ。


魔法理論はわかっていても実際魔法を使うとなれば別問題。それは場数を踏まないと分からない。魔法書を覗き込むリリーに威力の弱そうなものに指さし使わせていった。本当は詠唱なんて必要ない、そう言いたかったがまだ言わないことにした。


そうやってリリーには充実した日を送り、夕方から食堂の手伝いを行い帰途につく。


リリーのバイト中和仁はそこの食堂の隅っこでいつも待機し、帰りは一緒に帰っていた。食堂のオーナーは優しく、余った食材で賄いを作り、夜ご飯か朝にお食べといつも渡してくれるような人物であった。持ちなれた賄い料理入りの鍋を両手で持つ。


夜だが月明かりが周囲をうっすらと照らし、帰り道に困らなかった。もちろん一人では怖いだろうが可愛いくて頼もしい召喚獣が一緒なのだから一人のころは辛いとしか思わなかったけど最近は少し明るくなれた気がする。そんなリリーの胸中は充実しているの一言だったろう。


だけど、そんな浮ついた気分は突然現れた人物によりひっくり返されてしまう。住み慣れた我が家の周囲に人が沢山いたのだ。ある程度近づくまでわからなかったリリーはびっくりして鍋を落してしまった。幸いにも鉄製の鍋は割れる事は無かったが中身をこぼしてしまう。その音は静かになった街に大きく響いた。



「待ちわびましたよ。お嬢様」



そこには全身真っ黒い服をまとった老紳士の姿があった。



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