第六話 懐かしいものを見た猫

―――夢を見た。


「じいちゃん、どこか行っちゃうの?」


ああ、これは夢だ。そう直感することが出来たのは久しく見なかった自分の人だったころの手だ。ベッドで横になっている上半身を起こし、声をかけてきた女の子の頭に手をのせる。不思議なことに夢とはその時の状況をすぐさま理解できるのだ。


「すぐ良くなるさ、ゴホっ……おじいちゃん風邪ひいちゃってね」


孫の向日葵(ひまり)だ。妻と入れ替わるように生まれたこの孫に、落ち込んでいた時元気をもらったのだ。この時二週間くらい肺炎で入院した時泣きながら見舞いに来てくれたんだった。滅茶苦茶変えわいがっておじいちゃん子に育った向日葵はいたく心配してしまって、帰ってからも大変だったと後から息子に聞いたのだった。


「おじいちゃん死んじゃやだ!」


そう言って向日葵は抱きついてきた。心配で心配でたまらないといいた様子の孫を抱きしめ、落ち着くようにゆっくりと話しかける。


「向日葵は泣き虫だな。ただの風邪で人が死ぬもんか」


必死にしがみつくように泣く孫。でもいつかは必ず別れは来るものだ。生まれたときから自分が先に死ぬのは決まっている、仕方のない事なのだ。こうやって体調を崩すたびに人は別れの準備をしていく。


「やだやだやだー」


好きなだけ泣けばいい、そうやって経験を重ねるのだから。


「やだやだやだー」


若いっていいよね、エネルギッシュだし。


「やだやだやだー」


―――あれ、体ゆするの激しくない?おじいちゃんきついんだけど。





「スフレ起きてっ!」


目を開けると泣きそうなリリーの顔。久しく見なかった人として生きていた頃の記憶を惜しみつつリリーに意識を傾ける。


「よかった」


そう言って抱きしめてきたリリーに孫の姿が被って見えた。人とかかわると人としての思い出が刺激されるのかもしれない。冷静にもそんなことを考えつつ、生きているのに会えない、おじいちゃんは死んでも異世界で元気だよと手紙でも出せればと哀しい気持ちになった。


「スフレ生きてたー」


「にゃにゃ」


肉球でリリーの顔を押しやる。あっち行けと。大げさなんだよと言ってやりたい。てか無傷なんだし生きているのは当たり前だ。


「あ、もう。逃げられた」


逃げたのだ。


「リリー君落ち着きなさい。」


ハッし、誰かなと声の方を向くとメガネをかけたイケメンがいた。少女漫画に出てきそうな若い保健医。


「その猫ちゃんは無傷だった。恐らく隠遁魔法で隠れ、幻影魔法で幻を作り隙を窺っていたのだろう。話を聞いた限り、その猫ちゃんはや火傷はしていなかったからね。」


イケメンメガネで猫をちゃん付けだと。


「じゃあ私……」


「ああ、リリー君の下敷きになってしまって気を失ったんだろう」


失礼だなこのイケメンメガネ。てかそこじゃないだろう。


「すすす、すいません」


「いや、僕じゃなくて猫ちゃんに謝った方がいいんじゃないかな? 」


「そ、そうですね。スフレごめんね。やっぱり私召喚士失格かも。スフレを信じれてなかったんだから」


目線を近づけるべくしゃがみ込むスフレの顔にやれやれと思いながら猫パンチをくらわす。ぺちっと痛くないくらいだ。気にするなと伝わればいいが。


「うう、やっぱり怒ってるんだ」


あれ、伝わってない。今度は反対の前足で顔が動くくらい猫パンチをくらわす。バシッと痛くない範囲でだ。いい加減話してもいいんだけど今のところ見直せるほどの事をしていない。無口キャラも案外かっこいいのかもしれないし。


「気にするなって言ってくれてるの? 」


肯定の首を縦に振る。どちらかと言えばリリーが悪いわけではない。状況に甘んじ自身の実力を確かめなかった和仁に責がある。リリーは前もって実力を把握しようと試みたじゃないか。慰めにリリーの頬をぺろぺろと舐める。うんすべすべ。


「ありがとうスフレ」


まあ話さないのは格好悪い事じゃないし。


「さ、猫ちゃんも起きたし帰った帰った」


「先生、ありがとうございました」


こうしてリリーの対戦は負けからのスタートとなった。学校も終わり、いつものように食堂で手伝いをして帰る。和仁はリリーが働いている最中考え事をしていた。


「もう忘れていると思ったにゃ」


 それは久しく見ることがなかった人としての頃の夢。そして家族の顔。何かをきっかけに思い出すとは思わなかったのだ。


「ファンタジーな世界で人とかかわらなかったのは失敗だったにゃ」


 人と関わらなければ体の通り獣と一緒。人としての記憶が退化していったのかもしれない。もう家族とのかかわりは記憶の中でしかないのだから。


「みんなを見返しても暫くは一緒にいてやるにゃ」


 できる事なら猫としてでも前の世界に行って孫の姿を見たいと思った和仁であった。

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