第五話 猫に鈴は不要なのです

 対戦当日リリーは和仁スフレに話をした。


「ねぇスフレ。今日棄権しよっか」


 その言葉を聞いたとき和仁は胸が締め付けられるような思いだった。実力で生きてきた前の世界と比べてこの世界ではあまりにも自分は非力だったからだ。昨日の成果と言えば回復魔法が数回使えた程度、全く進歩がなかったのだ。それも威力はかすり傷を直せる程度の弱いやつ。消費魔力は少なく、この世界の猫が得意とする魔法との違いはあるが、攻撃には全く持ってむかない。スペックの違いを見せつけるハズだったのにこの世界の猫と同じスペックになった和仁は……それでも諦めなかった。


 首を横に振り拒否の姿勢をとる。


「戦うの? 」


 肯定の首を縦に振る。和仁はあきらめが悪い。確かに負けるのはカッコ悪いが戦わずに逃げるのはもっとかっこ悪い。そう言われて人だった時は育てられたのだ。負けてもいいが全力で。それが和仁の出した結論だった。持ち前の俊敏さに陰りは見えるものの遅くは無い。猫は元々素早い生き物なのだ。攻撃力は望めないが翻弄は出来るかもしれない。放浪できればリリーにいい点数がもらえるかもしれない。それに殺生禁止の試合なんだ。恐れる事はなにも無い。


「危なくなったら棄権するからね」


「にゃ」


 ただ、弱い話せる猫なんてかっこ悪いから話せないふりを続けようと和仁は思った。それもかっこ悪いと突っ込む者は誰もいなかった。


                 ☆


「では今日はお伝えしていたとおり模擬戦を行います。模擬戦は初めてでしょうが皆さん予習は済んでいると思いますので早速くじを引き対戦相手を決めましょう」


 ランダムで決めた方が偏りがない。でも持っている召喚獣にばらつきがあるし、それこそ自分とワイバーンが対戦となったらどうなるのだろうかと和仁は考えていた。周りを見ると見たことないような召喚獣が沢山いたし、見覚えもあるような召喚獣もちらほらいた。だがどれも自分より大きい姿をしており、見た目ではみんな自分より強そうだった。


 周りを観察しているとリリーのくじを引く番になり着いていった。くじを引くと◎と表示されており、トーナメント表をみると対戦相手がわかった。それぞれの記号が対になっているようだった。トーナメント表の欄にリリーが名前を記す。


 遠くで、「よっしゃ落ちこぼれとじゃん」と喜ぶ声が聞こえた。和仁はむっと思うが、気になってリリーの顔を見上げると悲しそうに微笑むこちらを気遣う少女と目が合った。


 対戦は一対一、それ以外の生徒は観戦と今日は一日この授業らしい。そのため多くの召喚獣を観察する機会があった。手のない翼竜ワイバーンや犬より一回り以上大きい二本首のツードッグ、銀メッキをしたかのようなバレーボールくらいの大きな虫メタルビートルなどファンタジーな世界でも見たことある魔物もいた。そのどれも単独で下してきた。


「あやつらには負けたく無いにゃ」


 独り語つ。だが、にゃがつくと締まらない、そう思いつつも観察は続いた。が、ふと違和感に気付く。こいつら弱くね? 前の世界では見れば魔力の多さなどで強さがわかっていた。だがこの世界の召喚獣を見ても強いと感じない。それは何故か? 魔力がみてもわからないからだ。


 和仁はオッドアイであり、一つは魔力を見ることが出来る魔眼だ。どんなに目を凝らしても魔力がわからない。召喚獣は勿論、隣にいるリリーや他の人もみんな見えない。


 そして改めて自分の手足を魔眼で見てみるとあることが分かった。


「魔力垂れ流しにゃ」


 道理で疲れやすく、魔力消費量の少ない魔法しか使えなかったのか。


「この世界はもしかして空気中に魔素が存在してなく、意識して留めておかないと垂れ流しになるかにゃ」


 いわば回復すると同時に消費して魔力がほとんどない。ずっと魔力切れ状態。


「早速意図的に魔力を止めるにゃ」


 どの程度回復するかわからないけど、やらないよりかましだろう。試合まで時間があればいいが。すると……。


「次、リリー対ローレンス」


 ついてない。せっかく解決したかもしれないのにと和仁は思った。だけど少しだけ体のダルさがとれてきたのを実感することが出来た。


 会場へ進むと対戦相手が見えた。赤毛の生意気そうな少年と先ほど見かけた前の世界でも見覚えのあるツードッグだ。ツードッグは凶暴ではあるが強い相手ではない。前の世界と同じであれば動きは直線的で強力な噛みつきに注意すれば脅威ではない。気をつけなければいけないのはブレス程度。それも竜種が吐くような強力なブレスではないガスコンロと似たような歩脳だ。まあ普通の猫よりか十分強いかもしれない。


「今回のルールでは人を攻撃しないように、召喚獣同士の戦いとします。それでは用意、はじめ」


 まずはせっかくリリーが買ってくれたブレスレッドの鈴を噛み千切る。戦闘において自分の居場所を知らせているようなものだからだ。後ろから小さく「ひっ」と悲鳴が聞こえてくる、だがそんなことは今は無視だ。それから和仁は考える、まだ一割も回復していない……どの程度出来るかわからないがやるしかない。すかさず補助魔法を唱える。


「にゃん!」


 パワー・スタミナ・スピードそれぞれにバフをかけるべく魔法を唱える。


 思った通り魔法は発動した。だが、もう魔力切れだ。これで暫く様子を見るかと思った矢先に相手が仕掛けてきた。絵的には小動物にライオンが襲っていくらい大きさが違う。そんな相手が真っ直ぐこちらへ向かってきた。


「感覚を思い出すのに付き合ってもらうにゃ」


 口を開けよだれを垂らしながら走ってきたツードッグに軽口をたたく。その軽口を肯定するかの如く噛みつきを難なく躱す。魔法が使えると分かればもう大丈夫と言わんばかりにしかもツードッグの背中に一回着地をして挑発するように距離をとる。


 遅い、遅すぎる。和仁はにやりと口角が上がる。やはり前の世界のツードッグと同じくらいの強さなのだろうと。


 ツードッグは鼻をひくひくさせ和仁を見つけ、慌てて振り返る。躱されて驚いているのか先ほどのように真っ直ぐ向かってくる雰囲気はない。出かたを窺う様にこちらを見ているように見えるが、口元からチロチロと火が見える。


「ブレスだにゃ」


 犬のくせに火を吐くのだこいつは。だが、持ち前の俊敏性で躱す。ついでに自分に隠遁魔法をかける。すると先ほどまでいた場所にブレスが着弾し火柱をあげる。


 ブレスの中に幻影魔法のアレンジでボロボロになった幻を作りツードックの右側方へそろりそろりと移動する。火に包まれて見えなくなるが火が消える頃には勝ったと確信するだろう。にゃふふふふん。ともれそうになるのを抑える。耳がいい相手には油断は禁物なのだ。


「いいぞ」


 対戦相手であるローレンスが合図をだすとツードックはブレスを止める。殺し禁止なので止めたのは正解だろう。ガスコンロ程度の炎では今くらいでは死なない。せいぜい大やけど程度だが回復魔法があれば問題ない。火が消えて見たものに勝ち誇ったいやらしい顔のローレンスに、相対して泣きそうな顔のリリー。


「行け」


 さらにローレンスは追撃させるように命令を飛ばす。するとツードックは和仁を咥えてしまった。まるでいつでも噛み殺せるよと言っているように……。


和仁はここから逆転劇だ!と幻影を消そうとすると……


「棄権します」


 やってしまったと和仁は後悔した。自分の召喚獣がやられている所なんて見たくないよなと。どうしよどうしよと隠れつつもおろおろしていると審判よりリリーの負けが告げられる。


「勝者ローレンス」


 ツードックは和仁の幻影をリリーに向けて吐き捨てるように投げる。投げ飛ばされた幻影に走り寄りキャッチするリリー。幻影は効果を失い、まるで灰のように崩れ行ってしまう。


「スフレ!」


リリーはあまりにもボロボロさにショックを受け気を失い崩れそうになる。


「やばいにゃ!」


 まずい、非常にまずい。やっと呼べた召喚獣が死んだと思ってるぞ絶対。それにこのまま倒れたら痛いし傷つくかもしれない。隠遁を解き、魔力切れになりそうになりながら重力魔法を使い倒れるのを遅くする。


「ふぎゃ!」


 猫が尻尾を踏まれたときのような声が出てしまったが、間一髪下敷きになることでクッションになることが出来た。だけどリリーは依然気を失ったままだった。審判や対戦相手は無傷の和仁を見て驚いている、が今はそんな場合ではない。和仁は訴えるように「に“ゃに”ゃ」というと気づいたらしく「医務室へ」と声が聞こえた。


「驚いたな、質量を持つ幻影を出すとは……」


 そんな言葉を後に和仁も魔力切れで意識を失った。


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