第三話 世の中そんなに甘くないのは猫も同じ

「終わったよ」


 そうリリーが声をかけて和仁が起きたのは夕方だった。窓から入る夕陽を見て和仁は思ったより熟睡していたのだなと眠気を飛ばすように首を振った。


「ちょっと寄り道したいんだけどいいかな?明日の実践に向けて何が出来るか確認したいの」


「にゃ!」


 短く返事をして棚より彼女の足元へ降り立つ。そうするとリリーは目線を合わせるべく屈んでくる。


「ホントはもっと早く実力を確認しないといけなかったんだけど嬉しくって忘れてて……私ってダメな召喚士だから」


 そんなことないぞ、明日一緒に見返してやるぞ。そういった意味でリリーの膝小僧をタシタシと猫パンチをお見舞する、勿論痛くないくらいでだ。


「ありがと、スフレ。行こっ」


 リリーと一緒に向かったのは練習場だった。頑強なつくりであり、ここで召喚獣の性能を確認したり、仲のいい友人同士や持ち前の召喚獣同士で模擬戦をする場所だった。


「それでね、スフレはどんなことができてどんな魔法が使えるのか見せてもらえる? 」


 ふむ、それはごもっともだと和仁は思った。戦いにおいてパートナーに手の内を伝えておけば連携や動きなどを予測しやすい。今回は召喚獣同士の対戦になるのだが、棄権するボーダーラインの線引きにもなる。それが明日となれば早急さっきゅうに確認が必要なことであろう。よし! ここは一発大技をお見舞してリリーの度肝を抜いてやろう。短く返事を返す。


「にゃ」


「補助魔法なら私に、もし攻撃魔法を使えるならあの的に向かって使ってね。それと自己強化を使えるなら自分にかけていいからね」


 そういってリリーは15mほど先にある木の棒を指さした。もしももなにも攻撃魔法なぞ朝飯前だし、木の棒程度造作ない。和仁は口角が無意識に上がるのを意識せずにはおられなかった。猫になり数百年、元人間としての知識や魔法があると分かっての自己研鑽。攻撃魔法だけにとどまらず、補助魔法や回復魔法もお手の物。


「にゃふふふふん」


和仁は的の方へと向き直り目を閉じ心の中で呪文を唱える。


「にゃあ“!」


 唱えるのは『バーストボム』。大技では無いが爆発といった迫力のある魔法だ。少なくない魔力が体から吸い取られて猫の狭い額へと集められる。急に力が抜け思わず倒れそうになるも気合で踏ん張る。和仁は慣れた魔力の吸い取られ方と慣れない強すぎる疲労感に戸惑いながらも発動させるべくカッと目を見開いた。


 キラキラと魔法の粒子が的へと向かい爆散する。




―――ハズだった。




 魔法は不発に終わり、和仁は頭をコテンと傾げた。それにこの疲労感、明らかにおかしい。だがすぐに疲労感はとれない。ただ少しずつ回復している印象はあった。どうなってるんだと焦りながら次は数々の魔物を屠ってきた魔爪をお見舞いすべく右前足を少し上げ猫パンチの要領で的へ横なぎに斬撃を飛ばす。


 目にもとまらぬ速さで飛ぶ斬撃となった魔爪は的を真っ二つにする。




―――ハズだった。




 あれぇぇー?なんで?今度は魔力を吸い取られた感じもしなかった。まさかの不発。こうなったら直接爪の餌食に。考え方を変えた和仁は慣れた四足歩行ですぐさま近寄り……いつもよりとても体が重く感じるが、振り上げた鋭い爪を勢いよく振り下ろす。


 ガリっと聞きなれない音がしてなれない感触だなーと的をみると、猫が爪とぎしました的な爪痕が斜めに走っていた。和仁は動揺を隠せない。縦横無尽にかけたあの強さはここ数日で失われてしまったのか? 死ぬ前? 体力落ちやすくなったのそのせい? また老衰か? と様々な思考が入り乱れた。


 なんか補助魔法出ろ! 悪あがきついでにリリーへ魔法をかける。


「に“ゃっ!」


「わぁ、あったかーい」


 和仁はガクリと頭を垂れた。



                  ☆



「う、うん。可愛かったよ。スフレは可愛い。だから私はスフレに怪我してほしくないな」


 リリーの慰めは心に刺さった。ほぼ独学で魔法を鍛え上げ、負けなしだったファンタジーの世界では思うがままだった。日本にいた頃の中年までハマっていたゲームや小説などのおかげで魔法の想像はたやすかった。猫として生まれ変わった先の世界で魔法があると知った時は狂喜したもんだった。ただ心残りは孫の幸せな姿を見ることなく旅立ってしまったことだろう。その孫の顔も最早おぼろげだが。


 そんな現実逃避している暇はなく、和仁は思案に明け暮れた。結局は的相手ににゃんにゃんしている愛玩動物としか映らなかったのだろう。何度か立ち直り攻撃しようとするもその度に周りからはクスクスと笑われた。しまいには相棒であるリリーにでさえ心配されたのだった。「もうそんなに頑張らなくていいよ」と。ここで折れては男として立つ瀬がない。いや、ケットシーには性別すらないのだが精神では爺。


 練習場で様々な魔法を試したが発動したのはリリーにかけた回復魔法のみ。思えばこの世界にきて魔法を使ったのは今日が初めてだった。


「何てことにゃ」


 迂闊だった、その一言だろう。同じ異世界でも魔法の理が違うのだろうか。ファンタジーな世界で得た知識ではなく、ゲームや小説で培った想像の知識をフルに活用する。だって地球には魔法無かったし。


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