第二話 寝ながら聞いても怒られない猫
リリーは王立魔術学校に通う十歳。八歳より学校へ通い始め魔術について学び、十歳より召喚術専攻科へすすむ。魔術の名家として名を馳せていたヒルデンブルグ公爵家の次女として期待されて送り出されたのに召喚は相次ぐ失敗。早々に見放され家を追放される。学校近くの平民街に必要最低限の品々が整えられた程度の家に押し込められた。
当然侍女などはおらず、身の回りの事は全部自分でしなければならなかったし、生活ギリギリのお金だけ毎月渡された。お嬢様育ちだったリリーは金銭管理何て出来るはずなく一日おきの食事などで何とかまかなえていた。二、三ヶ月生活する事にはある程度の金銭管理ができるようになり、毎食細々と食べることが出来た。
『召喚に成功すれば戻れる』そう甘い考えのリリーは二度三度と召喚に失敗した。才能のある者は一度で、普通は二回目、悪くても三回目には皆召喚で来ていた。四回目、五回目を迎える頃にはリリー以外皆召喚科の者たちは成功させていた。『出来損ない』や『落ちこぼれ』そのレッテルが張られてもおかしい事ではなかった。
公爵家はとうとう本気で見放したのか六回目の召喚の前に仕送りはパタリと止まってしまった。落ちこぼれとなったリリーに友達は近づかなくなった。先生にどうしたらいいかを相談した。その結果、近くの食堂で働くことで賃金を得られることとなった。学業があり、終わってから夜までの時間働いて何とか食い扶持をえていた。
召喚はまず初めに一回行い、その後月一回しか授業で取り扱っておらず、半年まで引きずる生徒は歴史上初めての事であり、教師はカリキュラムを組み立てなおす羽目になった。おかげで早い生徒は召喚獣を複数体所持している。だが、模擬訓練は未経験、そんなアンバランスな状態となった。そんな裏事情は生徒の知る良いではなかったのだが、悪い噂とは常に出るものだ。陰で授業の進みが例年と違うのは『落ちこぼれ』の所為だと。
迎えた七回目、とうとう念願の召喚獣を手にした時のリリーの胸中は計り知れなかっただろう。何とかみんなに追いつけることが、人並みになることが出来たのだった。召喚された帰りにリリーは嬉しかったのか
☆
「さて、召喚獣とはどのような存在でしょうか?」
「はい、人を助ける存在であり良き隣人です」
教師の質問に一人の生徒が挙手し答える。
「はい、その通りです。ではそもそも召喚獣はいつから存在するようになったのでしょうか? またその目的は? 」
「はい先生。およそ900年前大陸全土を巻き込む戦乱、天光歴673年に起こった第二次魔大陸戦の時に異世界から戦力として異界の戦士を呼んだことが召喚の最初と言われています」
「はい、その通りです。歴史では暫く戦争の駒として、いいように……奴隷のように使われては召喚獣は死んでいきました。その頃の召喚術には隷属の印が入っており拒否することが出来ませんでした。嘘をつき契約させて死んでも知らぬふり。そんな召喚士が大勢いました。ですがその流れを変えた人物が現れました。それは?」
「は、はい。今からおよそ550年前、天光歴1021年に建国の父と言われる初代国王、アーネハイネスト王がむやみやたらに召喚された召喚獣やはぐれとなった召喚獣、それに召喚獣を大切な人と扱っていた人々を中心に立ち上がり戦争に勝つことが出来たと言われています。その時に書かれた『ハイネスト白書』には、召喚獣は良き隣人であり、友人でありまた恋人でもあり家族でもある。いついかなる時もその命を軽んじてはならない。としたことから……」
「はい、そこまでで充分です。皆さんよく勉強していますね。これなら今度のテストは大丈夫でしょう。次はテストに出るポイントを……」
暇、その一言に尽きる。和仁は暇を持て余していた。召喚獣として呼び出され何日か経過していた。護衛獣宜しくといった感じで通学や授業中一緒にはいるが特に何もなく、何もせず過ぎて行った。ご主人であるハズのリリーも特に変わりなく過ごしていた。『サラフワーっ!』といって触られること以外は特に変わったことは無かった。
ふぁーとあくびをし、猫よろしくといった丸まったスタイルで教師の声をBGMに昼寝をするのが和仁の日課となった。初めて聞いた授業はわかるハズもなく、何回聞いてもわかるわけがなかった。しかもこの世界に来てから体が疲れやすく、授業を聞きながらではとても起きていられなかった。慣れない環境にきっと疲れているんだと和仁は思った。そう思うと余計に眠たくなるというものだ。
「で、あるからして今も隣国とは戦争状態であります。戦争の道具としては使わないけど、一緒に戦うパートナーとして大切な召喚獣です。皆にはそこを重要事項として覚えてもらい、今後も忘れることが内容に気を付けてください。駒ではなく同じ国の住人として……」
教室には召喚獣の待機するスペースがごくわずかに存在する。所謂教室の後部に位置するロッカーの上だ。大人しかったり小さかったり糞尿や汚物を排泄しない召喚獣限定ではあるが。他の召喚獣は家に居たり、
和仁は思っていた、平和だなと。以前のファンタジーな世界と違い、戦わなくてもリリーがご飯を用意してくれるし、和仁の事を普通の猫と変わらない程度にしか認識していない。まだリリーの前で話したことがなかったのだった。適当に話を聞いたふりをして好きな時に寝る。名付けの時に言った言葉は誰にも聞こえていなかったらしく、現段階では恐らく頭のいい言葉を理解する猫としか認識していない。
「このままの生活でもいいのににゃー」
尻尾を振り振りとしながら誰にも聞こえない程の大きさで独り語つ。話さなかったのは、ここには日本と同じように人間がいて、にゃ言葉の爺はどう思われるか心配だったからだ。日本において一部に需要があるにゃ言葉だが。この世界に日本は無い。そうなるとアニメ文化もなくにゃ言葉も存在しないかもしれない。和仁はどうでもいいことを悶々と考えていた。
「さて明日は召喚獣同士で模擬戦を行います。みなさん召喚獣をお持ちですし、そのための学校ですからね」
和仁はピクリと耳を動かす。
「勿論死に至るような攻撃は禁止。万が一対戦相手の召喚獣を殺してしまった場合は学校から退学処分になります。ですがある程度の攻撃をしなければ点数はあげられませんので気を付けてください。回復はこちらでしますのでスリルある戦いをお願いします。勝敗は負けと宣言させるか審判が止めるまでとします。皆さん頑張ってくださいね」
『模擬戦』その言葉に和仁は血がたぎるような思いをした。普通の猫からの地位向上を図るのにはもってこいだった。見下していたクラスメイト達を見返す大チャンスである。ここでやればリリーも鼻高々だろう。
「にゃふふふふん」
悪だくみをする猫であった。
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