村正の鉈

れなれな(水木レナ)

村正の魂

 むかし、烏山からすやまのあたりを支配する那須なす一族が、常陸ひたち佐竹さたけ一族と争っていた頃のことだ。

 都では村正むらまさという鍛冶屋が活躍しておった。

 村正の刀は切れ味するどく、なんでも切ると大評判だった。


 ところがよう。

 あんまり有名になったもんで嫌な噂をたてられた。

「村正の刀は人の血を吸わずにいられない、妖しい刀だ」

 って……とんでもねえこった。


 村正は都にはいられなくなってなあ。

 流れ流れて、下野しもつけの国那須なす郡向田ごおりむかだ芝原しばらっていうところにたどり着いただ。

 こうなっては不遇の人だべなあ。


 もの思うところがあったんだろう。

 村正は円寿院えんじゅいんっていうお寺のとこにある、観音堂のそばに小屋を建てて、そこでお百姓さん相手にくわかまなたをこしらえて、細々と暮らしておった。

 そんなある日のこと。


 近所に住む貧乏な木こりのじいさんが、やってきて言った。

「村正さま、金のかわりに毎日一束ずつ一年間薪を届けるから鉈をこしらえてくだせえ」

 って……新しい鉈を買う金もねがったんだな。


 じいさんの鉈はもうボロボロでな。

 村正は頼みをひきうけた。

 その鉈のよく切れること!


 太い木でもかたい枝でも、大根のようにスパッと切っちまう。

 じいさんは感動してな。

 毎日精だして仕事に励んだと。


 ある日、じいさんが那珂川の近く、ゆうげい山の崖っぷちで木を切っていたとき。

 疲れて一服しようと崖っぷちに腰かけたら、眠くなってな。

 じいさん、鉈を枕に一寝入りしてしまった。


 そしたらまあ、その崖下にある”もりっこぶち”っていう、近所でも有名な、どす黒い水の渦巻く不気味な渕から、大蛇がぬうっと現れた。

 じいさんを一飲みにしようと崖をのぼってきたんだ。

 そして鎌首あげて大きな口を開けた。


 じいさん、眠ってるが、そんな場合ではねえだ。

 だが、その時だ。

 村正の鉈がピカピカッと光ってな。


 大蛇は何度も鎌首をあげるが、そのたんび村正の鉈の光に目を射られて、ついに参ってもりっこ渕の底に隠れちまったと。

「人の血を吸わずにいられねえ」だなんて、とんでもねえ。

 村正の魂が、じいさんを救ったんだな。


 ちょうどその頃、下境のあたりで陣を張っていた佐竹の殿様が、ゆうげい山の方で不思議な光を見たっていうんで、物見の者を遣わした。

 おかげで光っていたのはじいさんの鉈で、しかもそれが村正の鉈だとすっかり知られてしまった。

 じいさん、寝ている場合ではねえだ。


 佐竹の殿様はな、ずいぶんその鉈が気に入ってな、欲しくてたまらなくなっただ。

 何度も頼んでみたが、じいさんはがんとして聞き入れねえ。

「その鉈は、村正さまが親切に鍛えて下さった大切な鉈だ。よそ様にお譲りしたんじゃあ、申し訳がねえ」


 殿さまはその答えに感じ入ってな。

 思案した末にこう言った。

「しからば、その鉈と一緒にそちのことも召しかかえよう」


 ということで、じいさんもことわりようもなくて、佐竹藩のお侍になった。

 鉈は殿様のものになってな。

 桐の箱にこめられてどこへ行くにもいつもおそばにおかれ、お出かけのときにはお籠に乗せられてお供したと。



 了




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

村正の鉈 れなれな(水木レナ) @rena-rena

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ