第七章ー5:母から子へ継がれる想い
「母から子へ……」
―――――ごめんね、寒いね飛翔。でも、貴方はもうすぐ、こんな苦しみとは無縁の世界へゆけるから―――――…
(母様…)
ゆきすぎた母からの愛。ゆきすぎた、子供への渇望。自分はまさにそこから逃げたかったことに今更気づく。明琳の愛情を捨て、一切を捨てれば楽なのだと言い聞かせて。
行かないでと言った明琳を捨てた。どこにも、生きる場所はなくなった…自分で、すべてを捨てたのだから。
もう抵抗も出来ない光蘭帝に遥媛公主が歩み寄る。
「さあ、僕の種を受け取り、人を手放せ。そしておまえは永遠の栄華と、穏やかな時間を手に入れることが出来る。天帝は寿命代わりに生きる躯をお探しだ。永久に生きるには」
―――――ぷつん。
(ぷつん?)
蝶華を抱きしめたまま、白龍公主が奇妙な音に気が付く。
ごごごごごごご……そんな地震の前触れのような音に遥媛公主もしばし会話を止めた。
明琳は背中を向けたままだ。それでもゴゴゴゴゴは大きくなる。
「もしや…そなたの怒りか…」
小柄な身体がどんどん震えの幅を大きくして。
人を玩具にする華仙人が。
愛して生まれてくる子供まで、遊戯にしちゃう悪い仙人たちが苛めるんです。
―――――おばあちゃん、わたし、もう限界、で、す!
ぐるんと明琳が向き直った。
「そうです! わたし、怒ってます! 皇帝さまを無理やり連れてくなら、わたしは怒ります! 光蘭帝さまが行きたいって言うなら止めません! そして、貴方ですか? 光蘭帝さまの眠る時間を奪ったの! どっちですか! 人はゆっくり寝て、元気になるんです。それで優しい気持ちが生まれて、明日を楽しみに眠る。美味しいものも、楽しい事も、休まなければ何も分からない。まして一生懸命愛そうとした命まで玩具のように貴方は言った。わたしはあなたを怒ってます。精一杯怒ります…!」
「何を小羊がきゃんきゃんと」
明琳の眼に優しかった公主が浮かんだ。
大切なものを二度とこの手で壊したくはないから。そんなものは捨てなきゃいけない。逆に、苛められて怖がらせた白龍公主は信じなきゃ……
何を信じて、何を捨てるか。
(それはわたしが決めます!だって、みんなみんな神様になれるのだもの!)
「相手にしているのも勿体ない。さっさと種を選べ」
白龍公主が顔を背けた目の前で、遥媛公主は光蘭帝の頭を掴み、手の中に現れた宝玉を口元に近づけた。
「元より選ばせるつもりはない!何故なら、白龍公主! 貴様、もう種はないだろう!」
白龍公主が動揺した。何度も手を開いては、視線を逸らし、やがて笑った。
「全く…明琳も、遥媛公主も…蝶華妃も。女って怖いものよな…どこで蝶華に掠め取られたんだか。元々俺は勝つつもりもない。欲しいものは手に入った…今更だが…」
「白龍公主…」
では異存ないな?と遥媛公主は光蘭帝の髪を掴みあげ、その指が光蘭帝の口元をこじ開けた。その時、びゅんと何かが通り過ぎて、遥媛公主は手を見やる。
「種が…」
明琳が素早く種をかっさらっていた。
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