第四章ー3:二人の仙人
明琳はとたたたと宮殿を小走りで歩いていたが、周りの妃たちがゆっくり歩くのを見て、ぎくしゃくとスピードを落として腕を振りながら足を進める。それでなくても、冬の後宮は肌寒い。それなのにみんな優雅さを崩さない。
特に寒いのが白龍公主の靑蘭殿だ。公主の趣味かは知らないが、光が少ない上、氷を使う公主が通ると、一気に冷えるらしい。それにしても。蝶華のいる靑蘭殿には、正直いい思い出がない。(それによく女の人が倒れてるし)白龍公主さまには苛められるし。
「おや、明琳」
「あ、遥媛公主さま……」
紅月殿を抜けたところで、柱に寄りかかり、珍しく裸足をぺたりと床につけた遥媛公主に出逢った。
「こんな朝からどこへ行くんだ? 今日は光蘭帝は不在だよ。僅かの時間だが、巡遊に出掛けたところだ。蝶華を連れてね。いよいよ蝶華が妃となる」
「え…」
「恐らく光蘭帝は蝶華と共に、子宝祈願に黎極山に行ったと思われる。僕も誘われたが物見遊山など興味はないのでね。おや、明琳、少し大きくなったか?」
てんてんてん。遥媛公主の視線を辿った。明琳は同じくらい頬を膨らませた。
「違いますぅ! 御饅頭を入れていたの!」
蝶華がいないのでは、無意味だと、明琳はそれを遥媛公主に差し出した。その時一瞬遥媛公主の顔が強張った気がする。
「僕は無理やり食わされた間抜け白龍公主のようには行かないよ。気持ちだけ貰うよ。蝶華妃は昼過ぎには戻るさ。噂をすれば何とやら。見たくない顔だな」
ふわりと遥媛公主が宙に浮いた。コツコツと言うよりはスッス…と言う様な足音をさせないすり足で歩く白龍公主が視界に飛び込む。
「俺の勝ちだな。蝶華が子を産むぞ」
「まだわからないだろう。大体、お前が天帝になったら、世は終いだよ」
「それは貴様もだろうが」
二人は顔を突き合わせ、歯ぎしりをして、明琳の上で睨みあった。
「あの~…」
人の頭の上で、喧嘩、やめてください…と惑した声が後宮に情けなく響く。言い合いをしている二人の前に明琳の腕がにゅっと伸びた。その先端にある歪な物体の登場で、喧嘩は暫しお預かりとなった。
明琳は饅頭を片手ににっこりと笑う。
「ちょうど二個、ありますから、お腹すいていませんか」
「………………」
無言で睨んでいた二人だが、白龍公主の手がそれをばっと奪って、ばくりと口に放り込む。
「少し甘すぎるな。次は塩味で作れ」
「御饅頭は甘いものです! 遥媛公主さまも、さあ」
「い、いらない…っ そんなもの、絶対食わないから!」
そんなぁ…と明琳が追いかけたところで、遥媛公主は空に舞い上がってしまい、素早く後宮に姿を消してしまった。
「ハハハハハ。さすがの残酷な遥媛のババアもお前にゃ形無しか!」
「何で受け取ってくれないんでしょか」
「怖いのさ。自分が変えられるのが」
もう一つを奪おうとした手を叩いて、明琳は公主を睨んだ。
「これはだめです! 蝶華さまのなの!」
「蝶華の? あいつは食わないんじゃない? おまえを服を引き裂くほど憎んでいるし」
冷たく言われて、明琳が涙目になる。白龍公主は皮肉に瞳を細めると、くいっと明琳の顎を長い人差し指で持ち上げて見せた。
「人間風情に興味はないが、仙人の子供であれば不服なし。俺が食ってやろう」
「御饅頭はだめですよ!」
「バーカ」
バーカ。
「馬鹿? 馬鹿って言いましたか?! 華仙の神様が人様を馬鹿にしていいんですか!」
「神様だから誰にも文句は言わせんよ」
「わ、わたしが言います!」
「よく膨らむ頬だな。むしり取って丸めたらいい饅頭になりそうだ」
呟いた白龍公主目がけて、饅頭を持った手を振り下ろそうとした時、明琳の視界にそれが飛び込む。饅頭がぽとりと落ちた。
「こ、光蘭帝…さま……蝶華、さま…」
二人は巡遊帰りの外出用の長裙と、麗しい貴妃に許された真紅の重ねだ。悔しいが、とても綺麗で見惚れてしまう。だが、聞いた事のない怒り紛れの声で、光蘭帝は低く呟いた。
「楽しそうだな、どう思う? 蝶華」
「ええ、楽しそうですわね……小羊の分際で…許しませんわ! 許せない!」
掴みあっていた二人はゆっくりと振り返った。
そこでは巡遊から戻った光蘭帝と蝶華が同じような般若の表情で、明琳を睨んでいたのだった。
わたし、ちょっとピンチのようです、おばあちゃん。
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