第二話:小娘の頭は子羊だった。

 あうー…やってしまいました…。


  何てことだ。あと目的の宮殿まで少しと言うところで、蹌踉けて籠から饅頭が転がり落ちたのだ。


「拾っちゃおうかな」


 ささっと落ちた饅頭を指で擦る。雪のお蔭か、しっとりとしてはいるが、とても美味しそうに見える。要は数が整えばいいのだ。皇帝は捧げた貢物を一切口にしないと言うのだから。こんなの茶番で体裁だ。瞬時に籠に放り込んだ。ごろごろ転がして見たら、もうどれを落としたのか不明だ。そんな風に暢気に居座っている十個の饅頭を見てたらムカっ腹が立って来た。小羊はとん、と籠を雪の上に置いてその集団をじろりと睨み付ける。


 ものは言わない饅頭がケケケと笑い声を上げそうなくらい、腹が立つ。


 考えてみれば。


(何でわたしが宮殿に来なきゃいけないの…違う、おじいちゃんがいけないのよ。雪おろしなんてしなければ、ぎっくり腰になんてならなかったんだもん)


「ま、文句言ってても仕方ない!」





小羊こと少明琳は基本悩むのが苦手で、悩んでも疲れて何に悩んでいたのかを忘れてしまう質だったりする。明琳はぱんぱん、と自分の膝を叩くと、雪の中に置いたままの手籠を持ち上げた。


丁寧に敷いた布巾の上には蒸かし饅頭が八個。さらに拾った二個を足して、きっちり十個。だが、真ん中に隠れている饅頭は少し大きい上に不格好。一目でわかる。これは自分がやけくそで作ったもの。九個目を作り終え、ダウンした祖父の代わりに慌て設えたもののどうしても宮殿への奉納には十個必要で…明琳は見様見真似で饅頭を捏ね、その大雑把な性格のまま突っ込んだのだ。やはり歪な饅頭は悪目立ちする。だが、どうしても十個必要で仕方なく。


 二度と作らないと決めた饅頭を捏ねるのは、度胸が要った。


(ごめんなさい、お父さん、お母さん)


 呟きながら握った饅頭には二滴の涙が染みこんでいるから、多分甘くない。


「た、食べないでしょ。こんな不格好なの。こんな凄い場所におわすのだもの。綺麗な方を選ばれるか、捨てられるかだ」


 明琳は改めて目の前の大きな宮殿を見上げ、眼を輝かせた。


紅鷹承后殿。


町民には開放しない皇帝宮殿は税をこれでもかと言うほどに搾り取って作られたと言うだけあって豪華絢爛。煌びやかな宮殿は美しいけれど、そんな町民の汗と苦労の象徴だ。そして両親は………。


(ああ、思い出したくもない。うん、思い出すのはやめよう)


 明琳は双眸を強く伏せ、そっと柱に手を置き、雪の降る空を切り取るかのような大きな天蓋を仰いだ。


(でも、ここにいる若き皇帝さまは、そんな現状を知らない)


 また腹が立ってきた。


 日により、貢物を要求してくる皇帝に商人たちはチャンスとばかりに宮殿に馳せ参じ、取り立てて貰おうと頭を地面に擦りつけるそうである。そんな商人たちの対応に、門衛たちは追われていた。


その横を明琳は邪魔にならないように両端で輪にした髪を揺らすと、宮殿の中に足を踏み入れ、馬を連れた武官同士が門で立ち話をしている隙に、するりんと忍び込んで今に至る。迷ったところで、貢物の御饅頭を落したのである。


 

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