【後宮皇宮散華】~最期の皇帝は小羊の夢をみる~

天秤アリエス

後宮皇宮散華~最期の皇帝は小羊の夢をみる~

第一章:不眠症の皇帝・光蘭帝飛翔、仔羊頭の貴妃明琳を処する?!

序章:雪の睦み

 紅鷹国承后殿こうおうこくじょうこうでんの庭に雪が降り積もってゆく。雪は後悔と同じ。いつまでもいつまでも降り続ける。


(胸が痛いよ…おばあちゃん…)


手籠を下げた少女―少明琳しょうめいりんはひとり雪空を見上げていた。





*****


 光蘭帝飛翔こうらんていひしょうは自身の前にある頭を抱きしめ上半身を反らし、窓から見える雪空を見上げていた。肌を滑る唇を僅かにくすぐったいと感じながら、魔を持つもの特有の金の瞳を瞬かせて見せたところである。

絶頂を迎えたばかりの瞳は緩く潤み、黒い悪魔の髪を映す。だがそうされるのは自分だけだ。相手はそういうエクスタシーをまるで感じない。極めて二人の関係は狩猟に近い。まるで刈り取りを行うかのような乱暴な手は慈しむ為ではなく、奪う為に在った。


白龍公主はくろんこうしゅ


 呼ばれた男、白龍公主は首筋に充てていた唇を離し、伸し掛かったまま光蘭帝を冷ややかに見下ろす。黒く長い髪は死神のヴェールのように牀榻しょうとうに伸び、既に寝台からこぼれ落ちた。その髪を指で弄りながら、光蘭帝はまだ呼吸の整いきらない上滑りの声で言った。


「雪……だ…」

「雪?」


 冷めた目を向け、白龍公主は興味なさげに切り返した。


「……そんなものを嬉しがるのか?まるで人間だな、光蘭帝」


「私は人だよ、白龍公主」


 目の前で嘲笑が降った。白龍公主の唇は赤くも気高く高貴過ぎる。唇が薄く開くと、誰もがぞっとするらしい。人としのぎを分けた華仙人の持つ独特な雰囲気は神そのものだからだ。だが、光蘭帝だけは対等な立場にあった。彼らが自分を望む以上、の話だが。


「何れ『人であった』と言うようになるだろうが」


 諦めたような目がとろりと下がる。伏目になった瞳の上で、濃の無さそうな睫がふるると揺れた。その陰りのある表情に白龍は押し込めたままの欲望の兆しを再び感じた。受け入れたままの光蘭帝の欲情も、またそのまま瞳に現れる。同時にゆっくりと舌舐めずりを繰り返す。


「本当に諦めが悪いと言うか……」


 その言葉は己にも向かっていた。人の際限のない欲、常識を越えた仙人の欲…まるで共鳴するかのように、躰は卑しくもわななくのだ。白龍公主はまた緩く誘うような仕草をして見せた光蘭帝を静かに眺める。思わずその着物をはぎ取りたくなるような、白い肌に、男であるが故の整った鎖骨。齧り付いて貪り尽くしたくなるような朱唇に永遠に自分だけを見ていろと繰り出したくなるような宝玉の色の双眸。


 美しい、美しい皇帝。仙人の自分の眼から見ても、人にしておくのは惜しい素材だった。細い腕を掴み、また牀榻に押し倒す。白龍の着物も肩から滑り落ち、滑らかな両肩が露わになった。その目は完全に欲に染まり、白龍は口にした。


「光蘭帝いい加減俺の種を受け入れて貰おうか」

「それなら受け入れさせてみろ。ほら、私は逃げぬぞ?」

「クク」


咽の奥の男の嘲りの中、腕を自ら相手の腰に回し、再び組み敷かれ、快楽の渦に身を浸しかけていたその時




―――――物音。




「光蘭帝?」


 とても続行出来る気など起きない程の大きな転倒音に「もうもうもう!」という小娘の嘆き。外は雪だ。雪女が覗き見かと光蘭帝は身を起こした。伸びすぎた金の髪が鬱陶しい程にたわんで手に絡みつく。


「白龍、何か物音が………」

「雪の音ではなく? いや、積雪が落ちたのだろう」


(いや、違う)


 光蘭帝は毀れた金色の髪を手早く縛り上げると、牀台を裸足で降りる。格子にかけたままだった上掛けを手にして、素早く着物を着込むと、庭に目をやった。

「興ざめしたから帰るぞ」と白龍公主の声が背中で響く。


 廊下を降り、庭に踏み込む。まるで、何かに呼ばれるかのように―――――…。


雪の中には白い饅頭。迷い込んだ小羊は小さな背中を丸めていた。


 唖然として、光蘭帝は呟く。



「なぜわたしの後宮に羊が......」

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