第11話
列車はやがて千葉県の木更津に着いた。
陽炎が立ち上る八月の事である。
既に、この特攻作戦に参加する隊員は尾山の他は集まっており、特攻練習が始まっていた。
ここで、使われるのは"流星"という機体だった。
烈風同様の大きさを持つ艦上攻撃機である。
しかも、急降下爆撃も同時に出来るらしく、新時代の飛行機として間違いなかった。
翼は途中で折れ曲がっていて、まさに羽のようだった。
(天国に連れていく天使の羽か。)
その姿はそう思わせるほどに格好良かった。
しかも、攻撃機なのにちゃんとした機銃や防弾装甲まで備えていた。
「ん? これ、愛菱の飛行機だな。」
機体の横の所に、「愛菱航空機製」と書かれていた。
すると、頭の中を笑っているソラの顔がよぎって、少し涙が零れた。
その涙を拭うと尾山は訓練を始めた。
訓練はただ突っ込むだけなので簡単なもので、戦闘機乗りだった尾山には赤子の手を捻るようなものだった。
八月十五日。
その日は関東中うだるような熱気に包まれていた。
まだ、その暑さがマシな朝の九時に十三機の"流星"が空へと消えていった。
何回か流星に乗ったが、尾山には不思議な感覚があった。
すなわち、包み込まれるような感じがするのである。確かにコクピットは空気抵抗を減らすため小さく作られている。
まるで、九六や零戦、烈風に乗った時のような不思議な抱擁感があるのだ。
操縦桿の位置なども、尾山がここに欲しいと思うところに置かれている。
「?」
尾山は首をかしげた。
房総半島の海岸線を越えるが、
「……おかしい。敵の飛行機が出てこない。」
尾山は疑問に思ったが、特攻において敵戦闘機など邪魔でしかないからなくて良かった。
敵艦が見えた。
尾山たち十三機は次々と敵に突っ込んでいく。
尾山も操縦桿に手を合わせて照準を合わせる。
進行方向ぴったりに敵を捉える。
「ごめん」
たった一言呟いた。
突っ込めなかった。
「!?」
突然、操縦桿が少し動いて、照準が外れ見事に敵の上スレスレを通過してしまった。
「ど、どうした?」
つぶっていた目を開けると、敵艦は自分の真後ろにいた。
「どどどうなってるんだ?」
確かに操縦桿は触っておらず、そのままぶつかるはずだった。
だが、外れてしまった。理由はよく分からない。
「くっ……。」
敵が迎撃を始めたので、離脱せざるを得なかった。
「どうしたんだ?」
尾山が頭に疑問符を浮かべながら帰投すると、
「……これはどういうことだ?」
飛行場に残っていた人が一人残らず西を向いて土下座していたのだ。
日本は戦争に負けた。
零戦も烈風も勝てなかった。
「…………。」
尾山はちょうど真上に上がった太陽の方を見た。
そうしてしばらく立ちすくんでいた。
(もうどうしようもない。これじゃソラに合わせる顔がない……。)
そんな事を思っていた時だった。
「尾山浩一さんはいらっしゃいますか?」
遠くから人が駆けてきていた。
持ってきたのは一通の手紙だった。
尾山は急いで帰り支度を始めた。
戦争は終わったので、もう軍役をする必要はない。
電車に乗ってひたすら西へ西へ向かった。
~~~
「だから、もう帰って来ないですって。」
堀とソラは一時を過ぎた高山駅で言い合っていた。
「なんで、そう言いきるの? コーイチは絶対帰ってくる!」
二人は汗を流しながらかれこれ一時間程言い合っていた。
終戦のラジオを聞いて、そのまま飛び出して来たのである。
「尾山さんはもう三ヶ月も手紙を寄越してないんですよ! ……もう……帰って来ないですよ……。」
言いながら、うつむく堀。
「別に何言われたって、私ずっと待ってるから! 一時間でも二時間でも! 一週間、一ヶ月でも、十年でも二十年でも!!」
かみつくように言い返すソラ。
「……だから、帰ってきて……コーイチ……。」
その願いはごった返す高山駅の喧騒に掻き消された。
~~~
終電が到着する頃、高山駅に降り立つ一つの陰があった。
「ん? どうしてこいつらこんなとこで寝てるんだ?」
ちょうどドアの目の前のベンチに二人寝ていた。
夜風に吹かれて気持ち良さそうである。
「おい、お前らそんなとこで寝てたら風邪引くぞ。」
尾山はその二人の頬を叩いた。
「……あう? ん~~……!! コ、コーイチ!?」
「尾山さんじゃないですか!」
ソラと堀は起き上がった。
「おかえり! コーイチ!!」
「ん……ああ、ただいま。」
「あれ? 尾山さん元気ないですね。」
尾山は堀に見抜かれて口を開けた。
「ああ……。……すまん、烈風が最強って証明できなかった……。」
尾山はうなだれた。
「え? 別に大丈夫ですって。あんな状況じゃどうしようもないですよ。」
堀に肩に手を置かれ、
「そうそう! というか、烈風がコーイチを守ってくれたなら、それでいいんだよ!」
ソラが太陽のような笑顔を向けて、尾山は顔を上げた。
「そうか…………ふっ、ただいま天。」
「うん!」
ようやく心から笑った。
「さ、帰るか。」
三人は疎開先の工場の方へ帰っていく。
「そうそう赤飯炊いたんですよ!」
「おいおい、そりゃ日本が負けたって言うのに不謹慎だろ……。」
「季節外れのお盆って事にすれば大丈夫だよ!」
真っ暗な高山の空の下、三人はそうとは思わせないほど輝いていた。
「ホントに赤飯作ったのかよ……。」
三人は鳥のように羽が曲がった飛行機の横で赤飯を食べ始めた。
笑い声は烈風に乗って、流星へと消えていった。
君に烈風あれ M.A.L.T.E.R @20020920
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