第10話
尾山はあまり戦果を上げられなくなった頃、戦線は半年をかけて本土まで後退していた。
この日、尾山たちに回ってきたのは本土の空襲に対する防空だった。
「名古屋か……。」
尾山は戦闘区域として示された場所に目を向けた。
そこはソラたちがいる名古屋である。
絶対に守らなくてはいけない。そんな想いが尾山の全身を駆け巡った。
いつもよりも操縦桿を強く握る。
相手は超空の要塞"B-29"。戦闘機としては大柄な烈風と比べても二回りは大きい。本土に無差別に爆撃して何万もの命を奪ってきた張本人。
名古屋港を背に飛んでいると、遠くサイパンからB-29が飛来してきた。
「でけぇな……。」
その巨体に一言呟くと、照準を合わせて迎撃を始める。
何発も当てるが、墜ちる様子がない。
「く……堅すぎる……。」
二十ミリ機銃も残念ながら威力不足だった。
「このままでは……!」
侵入される。絶対に守らなくてはいけない線を超えられる。
尾山は更に強く操縦桿を握ると、全速力でB-29に向かい、翼で切り裂くように、機銃を零距離射撃する。
これにはたまらずやっとのことでゆっくりと墜とす事に成功した。
これを何回もやって二機撃墜したものの、敵は大量にいる。
「アッ……。」
尾山の横を通り抜けていった。機首を切り返しても間に合わない。
B-29の腹から帯のように大量の焼夷弾が雨あられのように注がれる。
真っ暗な夜の空が赤く染まる。
「あ……あ……。」
尾山が手を伸ばしても意味はなかった。
悲痛な叫び声が上空まで届いた。
「やめろ……! やめろォ!」
烈風のエンジンが壊れるような音を立てるが気にせず、がむしゃらにB-29に攻撃を仕掛ける。
でも、止まらない。止まらない。
そのうちに、B-29は名古屋を焼け野原にし終えて去っていった。
その日、名古屋は壊滅した。
工場も燃え上がっていた。
ソラたちは逃げたかと思ったが、その望みも潰えた。
手紙が来なくなったのだ。
「…………。」
一ヶ月待っても手紙は来ない。
(ソラ…………どうしたんだ……。まさか、……。)
二ヶ月経っても来ない。
(ソラ……ごめん……。守れなくて……。)
尾山は肩を落として泣いた。届かなくて山積みになった自分の手紙の山を見つめた。
(……。ごめんソラ……。俺、やっぱり特攻に行くよ。天国で会おう……。)
そんな決心をした。
半年前よりも特攻は拡大され、もはや日本軍の主たる戦い方になっていた。
「特攻隊に志願したいです。」
次の日、尾山は上官の所に行った。
この言葉を聞いた上官は腰を抜かすほど驚いた。確かに多くの若者が志願なり強制なりで特攻に行っている。しかし尾山は何度も何度も頑なに特攻を拒否してきた男である。それが突然手のひらを返したように特攻に志願したのである。上官が驚くのも無理はなかった。
「ど、どうした尾山。何かあったのか?」
散々、特攻に行かせた上官もそんな事を言う始末である。
「いや、何もないです。ただ、日本男児として覚悟を決めただけです。」
平然と言った。
「そ、そそうか……。分かった。」
上官も尾山の様子を伺いながら了承した。
遺書を書けと言われたものの、尾山には書く相手がいない。家族は大家族なせいで尾山の事を気にかけてないし、遺書を受け取るような友達はいない。
恋人はもういなかった。
「…………。ごめん。許してくれ、ソラ。俺は、烈風が、ソラが最強だって証明できなかった……。」
出撃場所の千葉県へ向かう列車の中で尾山は下を向いて言った。
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