第9話

マリアナ沖海戦。歴史に残る大敗北だった。

軍の上層部は暗い雰囲気に包まれた。

尾山の表情も暗かった。


新型機"烈風"が歯が立たなかった。


この事実が胸の中に重りとして積み重なった。

確かに烈風は性能は素晴らしいが、米軍の圧倒的な物量には勝てない。

結局、戦争というのは物量で勝てなくては勝てないのだということを思い知ったのである。

尾山はその日から塞ぎこんでしまった。

海戦が終わったとはいえ、まだサイパンなどでは激戦が続いていた。だが、尾山の隊は全滅したので戦いに赴く事はなかった。

なので、誰もいなくなった広い部屋で一人落ち込んでいた。


何日かして手紙が届いた。当然ソラからである。

『ねえコーイチ。マリアナの所で戦いがあったみたいだけど、どうだった? 活躍した?』

「…………。」

嬉々として訊いてくるソラの様子が浮かんでくる。

そこに、「ボロクソだった」という解答は思いもしない。

自信というか、信じる心というかがそうさせるらしい。

「俺は……俺は……。」

『新聞には大勝利って書いてあるよ。きっと烈風が活躍したんだね!』

きっと心の底からそう信じているに違いない。事実とは違うが、

「俺はその笑顔を失いたくない。」

尾山はぼそりといや強く言った。

「分かった。証明してやる。」


ソラの、俺たちの「烈風」は最強だって。


尾山は顔を上げた。



その日から尾山はほとんど狂気的に訓練に励むようになった。

何機落としても満足しない。その様子は新しく配属されたパイロットたちの足を震わせた。

出撃も何度もして、向かってくるアメリカ兵を片っ端から墜としていく。

でも、隊や軍としてはどんどん黒星だけが増えていく。

「クソッ、どうして勝てない……。」

尾山は握り拳を床に叩きつけた。

隊員は減って増えてを繰り返していたが、尾山に近づこうという人はいなかった。

目の下にくまが出来たが、それでも倒れないのはソラからの手紙だった。

楽しそうな日常を守ろうとか、烈風は強いはずだとか思うと立ち上がらない訳にはいかないからだ。


そうして四ヶ月が経った。

戦線はどんどん後退して、敵はフィリピンに攻めてくるらしかった。

その頃、司令部ではある作戦が作られていた。「神風特別攻撃隊」である。

要は、敵に向かって十死零生の体当たり攻撃を仕掛けるのである。


その最初は、空母から陸上へと転属した尾山たちの航空隊だった。

上官はいつものように、命令を伝えようとした。

「皆に伝達がある。」

尾山を含め一列に並んだ兵に向かって言った。

「日本は今、危機だ。だから諸君らに必殺の体当たり攻撃をしてもらい、戦局の一発逆転を狙いたいと思う。……志願者はいるだろうか?」

横にいた十五人の隊員は嬉々として手を直角に上げた。

だが、尾山は何も言わず下を向くだけだった。

当然一人だけ手を挙げないのでその場にいた者たちの視線は次第に集まっていった。

「…………けるな。ふざけるな!」

いきなり、尾山は壁を叩いた。

「この野郎、よくもそんな事が言えるな!」

肩を震わせて、上官に向かって暴言を吐く。

「ソラの、烈風は、そんな事をするために作ったんじゃないっ!!」

しかし、言い切るのと同時に真っ正面から上官の拳が飛んできて吹っ飛ばされて気を失ってしまった。


結局、特攻隊は出撃が決まった。使用機は烈風である。

一週間後、顔に大きなアザを作った尾山は腹に爆弾をくくりつけられた烈風を目にした。

「…………。違う……。」

爆弾は重い上に空気抵抗になる。せっかくの運動性や速力な損なわれてしまう。

「……体当たりなんてしたら、ソラがせっかく作った防弾装甲と機銃が丸々無駄になる……。」

それ以上に、尾山は他の隊員と違って烈風で結果を残さなきゃいけない。

体当たりなんてしたらそこで終わりだ。

しかも、ソラに二度と立ち直れなくなる傷を負わせる事になる。

尾山は、三日前に届いたソラの手紙を取り出して見つめた。


そうして、尾山は敵に爆弾を命中させて帰った。

当然、上官から殴られた。

また、味方は全滅だった。


そうやって何度も特攻の命令を撥ね付けていった。

しかし、撥ね付けた所で烈風の戦果が出るわけではなかった。

他の人がどんどん特攻に行き、僅かな戦果を上げていく。


~~~


「こ、これは……!」

堀はいつも通りに新聞を読んだ。すると、新聞の一面に、『フィリピン方面で、敷島隊が大戦果』と書かれていた。

敷島隊というのは、特攻隊の一つで、その姿が婉曲に載せられていたのだ。

堀は、今日も楽しそうに設計を続けているソラの方を見ると、一瞬の逡巡の後にその記事をビリビリに引き裂いて、空へと放った。

そして、慌てて一緒に入っていた尾山の手紙の日付を見て安堵した。


そうして、堀は特攻記事を見つけては破り捨て、手紙で安否を確認するということを繰り返した。

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