第8話
尾山が配属されたのは、海軍の航空隊である。
これまでとは違って、厳しい上官の元で動くというのは新鮮と言えば新鮮だった。
隊員を定数分集め終わり、基礎訓練が施されると早速、飛行訓練が始まった。
訓練には、訓練用の旧式の零戦を使うらしい。
尾山は零戦のコクピットに乗り込んだ。
尾山自身はあまり零戦には乗っていないが、母親に抱かれているような安心感があった。
隊列を組んで順々に離陸していく。
「……どれぐらいのものか見させてもらおうか。」
皆、離陸するときにどうすればいいのか戸惑っていたりするが、尾山に迷いはない。
プロペラを全力で回して、空へと走り出す。
非常に身軽で、離陸も地面から離れたのが分からない程だった。
「さすがだな。」
隊列を組んでいたものの、一つ前の奴がどんどん迫ってくる。
「ふん、遅い!」
あっという間に追い抜いていってしまう。
上官に言われた通り、上下左右に動いていく。
尾山が操縦桿を引くたびに、あらかじめ知っていたかのような機敏な動きをしてくれる。
「さすが、俺たちの零戦。」
こんなに強いのに、戦局が劣勢というのが物悲しさを誘った
到着は一番早かった。
『今日、零戦に乗ったぞ。』
尾山はソラたちに今日の訓練がどんな感じだったかを手紙に書いて送った。
「ちゃんと届いてくれよ?」
設計技師の経験を生かして、尾山はズバ抜けた成績を示し続けたので海軍でも最も栄誉があり加えて最も難しいと言われる母艦戦闘機隊へと転属になった。
~~~
「コーイチから手紙!」
ソラは夕刊に挟まっていた便箋を掴んだ。
「何かな?」
食い入るように覗きこんで見ると、
「へぇ~、コーイチ、零戦に乗ったんだ~。」
設計図を描いていた堀も便箋を見た。
「追い抜かしちゃうなんて尾山さんらしいですね。」
「じゃあ、早く届けなくちゃね、『烈風』。」
ソラはうでまくりをして設計室に戻っていった。
~~~
母艦戦闘機隊でも、新人としては驚異的な成績を出していく尾山。
「おい、お前宛に手紙だ。」
相変わらず、ソラたちと何度も手紙を交わしていた。
「なになに…………、ふっ、元気そうだな。」
ソラの少し下手くそな文字と戦時中なのに極めて平和な内容にいつも尾山は少し笑ってしまうのだ。
今日の手紙の内容は少し長かった。
『コーイチ! やっと、"アレ"、できたよ!』
尾山たちが待ち望むものがついに出来たのだ。
"アレ"とごまかしているのは軍部の検閲を避けるためだろうが、ソラが言っているのは間違いなく、
烈風
の完成である。
次世代航空機、世界最強の零戦の後継機。もう一度世界を驚かせる日が来たらしい。
「ははははっ、ついにこの日が来たか。」
しかもその瞬間は自分がパイロットとして直接見れるのだ。尾山は笑いが止まらなかった。
ほどなくして烈風は実践配備された。尾山の航空隊は最前線部隊なのであっという間だった。
一回り成長した緑色の翼たちが続々とやってくる様子に尾山はゾクゾクと興奮した。
「えー、六〇一航空隊の諸君、本土から零戦に代わって新しく"烈風"が配備された。これを使って今度の決戦に向けて訓練に励んでくれ。」
白い軍服を来た上官に隊員たちはビシッと敬礼した。
上官の言うとおり、近々大きな戦いがあるらしいがそんなことよりも新しい機体が気になるというのが大方の本音だった。
隊員たちは大きく頼もしい翼がスッと空に伸びる烈風に近づいていく。
機銃も二十ミリメートルのが四本と火力も申し分なかった。
長い機体だが、絞られた機体全部と流れるような形は、空気抵抗など受け付けなさそうだった。
何となく尾山が機体を叩いてみると、少し重い音がした。ちゃんと防弾装甲もついているのだ。
いざコクピットに座ると、絞られたエンジン部分のお陰で下の方までよく見えた。
しかも速度計は百キロ分増えていた。
目が輝きっぱなしな尾山は、機体を発進させた。
一回り大きい分、もっさりした離陸になるかと思われたが、そうではなく、どこまでもしなやかだった。
速度も早く、それでいて小回りが効く。こんな物は世界中のどこに行っても見つけられないと思える完成度だった。
「すげえ……。」
尾山も感嘆するしかなかった。
他の隊員たちの満足そうな顔や、驚きの声を見るたび、尾山は隠れて笑った。
二ヶ月程が経ち、烈風がいるのが当たり前になってきた頃、上官がある命令を下した。
「諸君、今から我々はこのタウイタウイを出撃し敵の機動部隊を撃滅する。なので、君たちにはその戦闘機を出来るだけ墜としてくれ。」
そうして、尾山たちを乗せた空母「大鳳」を含めた機動部隊は西のマリアナ諸島へと向かった。
敵との距離が縮まると、尾山たちは発艦を始めた。
「……やっぱり発艦が下手くそな奴が多いな……。」
尾山はスムーズに発艦出来たが、他の隊員たちは訓練が足りておらず、手間取っているようだった。
しかし作戦として烈風や零戦の長い航続距離を活かして敵の攻撃範囲の外から襲撃するという手法を取るため置いてかざるを得ない。
敵の方向へと機首を向け続けていると、ポツポツと空に点が浮かび始めた。
尾山たちの多くがこれが初戦だったが、尾山には不思議と操縦桿を握っていると不安とかはなかった。
点は大きくなってくる。
「見せてやる、これが俺たちの"烈風"だ!」
照準を合わせると、あっという間に一つ二つと黒い線が下に墜ちていく。
遠くで、驚愕するアメリカ兵の顔が見えたような気がした。
両軍とも入り乱れる。アメリカ軍は零戦との戦いで一撃離脱をしようとするが、
「ふっ、遅い遅い!」
そこを狙って後ろを取って、零距離射撃を繰り返す。
長距離を移動してきたのだから尾山も疲れているはずだが、隣にソラがいるように感じて負ける気は吹き飛んでいた。
尾山の烈風は鬼のように空を舞う。
こちらの方が劣勢だったが、新型機に怖じ気ついたのか、敵は退散を始めた。
「しかし、守りも凄いな。さすがだ。」
尾山も何発か食らったものの、防弾装甲はそれを全て跳ね返していた。
「敵は退却した! 帰るぞ!」
そう電話口に叫んだが、返信がない。
「お、おい……。???」
周りを見渡すと、味方機が一つもない。
「いくら置いてきたとはいえ、三十機はいたぞ……。」
その辺を探すように飛んでもついに味方機は見つけられなかった。
「………………。」
尾山はどうしようもない無力感に押し潰されて何も言えなかった。
先に帰ったのかもしれないという予想も外れ、尾山の隊の帰還機は尾山のみだった。
しかも尾山を含め、出撃した戦闘機たちは帰る空母を失っていた。
もう尾山は何も言えなかった。
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