第7話

三人が作った零戦はかなり優秀で、まだ実戦に出てもいないのに、様々な感想が飛び交わされた。


「今日が初出撃ね。」

「まあ、私たちが作った零戦なら中国の奴なんか敵じゃないですよ。」

堀が胸を張った通りで、

「おい、新進気鋭の新型航空機、二十七機撃墜、損失無しだってよ!」

尾山はこの日の夕刊の記事を指差して言った。

三人はもう一度拳を交わした。


愛菱の受注数はうなぎ登りになり、三人も修理だの改修だので忙しくなっていった。


そんなある一九四一年十二月八日の事である。

その日の仕事を始めようかと伸びをした時の事である。

『臨時ニュースを申し上げます。帝国陸海軍は、十二月八日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり……。今朝、大本営陸海軍部からこのように発表されました……。』

つけていたラジオが太平洋戦争の開戦を告げた。

「……。アメリカと戦うのか……、忙しくなりそうだな……。」

尾山ははるかな空を見てぼそりと呟いた。


その日の一連の仕事が終わり、尾山と堀はぐったりと寝ていると、

「そういえば、アメリカと戦争始めたな……。」

「ついに零戦の凄さが世界に伝わりますね。」

そっと言う尾山と笑って言う堀。

「ねえねえ、二人とも軍から手紙が来たよ!」

すると、ソラは一つの大きな封筒を抱えて二人の前に立った。


「んぐ……仕事か……。」

尾山はのそりと起き上がり、封筒を開ける。

そこには、新たな要求書だった。

三人とも連日連夜の仕事で疲労困憊だが、そこにはそんなものも吹っ飛ぶような数値か羅列されていた。

「最高速六四〇キロメートル? こんなの作れるの?」

「それで、あの零戦と同じ格闘性能だと?」

「これの重さじゃ、着艦距離を八十メートルに抑えるのは無理じゃないですか?」

三人はすっかり黙ってしまった。


何枚か設計図を書いてみても、どうやってもその数値にたどり着かない。

「パワーが足りねえ……。」

どんなに機体を軽くしても、今あるエンジンではまともに前に進まない。

仕方がないので、社長に頼んで新しく二千馬力級のエンジンを作ってもらうことにした。

「どうだった?」

「作ってくれるには作ってくれますが、いつ出来るかは分からないそうです。」

「そうか……。先は長そうだな……。」

尾山はため息をついた。


愛菱の工場は太平洋戦争の戦時生産のせいで、零戦たちの量産と修理に終われてしまい、新しい戦闘機云々の話ではなかった。

広大な戦線でまともな補給も後継機もなく零戦は段々白星を黒星に変えられてしまう。

四十三年頃には勝利の報告は途絶えてしまった。

「……最近勝たないね、零戦。」

ソラは悲しそうだった。

「防弾性か……。」

「速力も足りてないみたいです……。」

連日の敗戦の報告と激務によって三人の神経はすり減っていった。


それでも、社長は何とか後継機を作ろうと細々とエンジンを作っていった。

そして、三人の元にサプライズとして置いた。

「やっと、やっと『烈風』、作れるね!」

届いたのはエンジン。ちゃんと二千馬力を越えていた。

「ははっ、もう名前まで決めたのかよ。」

三人は満面の嬉しさを顔から溢れさして設計図を描き始めた。


しかし、幸せはそうは続かなかった。時は四十三年十一月。夜風に震える季節である。

「ねえねえ、コーイチ宛の手紙だって。」

そこには小さな封筒が一つ。

「何だ? …………差出人が政府だな……。」


赤い


中身は悪魔からの招待状だった。

赤紙。日本政府からの軍への召集状。

「な、なんで……。」

尾山は地に手をついて、にじむ目で設計図の方を見た。

「どうしたの?」

ソラは尾山の顔を覗きこむ。

「………………。赤紙だ。」

尾山の声色は暗かった。

「赤紙?」

「…………、兵隊に来いって事だよ。」

尾山の声が震え始める。

「……、ごめんなソラ。せっかくエンジン来たのに俺、いれなくて……さ……。」

顔を背けた。ソラはどうしようか迷って、そのままの事を堀に話した。

「…………、尾山さん。『烈風』は私たちで作り上げますから。その……安心して行ってきて下さい……。」

堀は尾山の肩に手をやってそう伝えた。

「そうしてくれるか?」

「はい。」

尾山の問いに堀は即答するが、ソラは何も言わなかった。

「ごめんな。」

「………………。」

尾山はソラに謝るが、ソラは背を向けたまま何も答えない。


出征の日まで尾山は謝ってばかりの毎日だった。

しかし、ソラは一切尾山と話そうとしなかった。


「じゃあ、行ってくるよ。後はよろしくな。」

尾山は額の上に手を当てて堀に言った。

「ごめんなさい。ソラさん、全然あなたと話そうとしないんですよ……。」

「そうか……。じゃあ『ごめんな』って言っといてくれるか?」

「ええ……。」

尾山は重い出征服に身を包んで、砂利を踏んで歩いていく。

その後ろ姿をソラは一瞥した。


「本当にあれで良かったんですか?」

堀は後ろを振り返って言った。

「…………。」

「どうして何も言わないんですか?」

「…………ちゃうから。……行っちゃうから!」

ソラの顔は辛そうな顔をしていた。

「でも、あなたが何も言わないのなら、尾山さんは帰ってこなくなっちゃいますよ? 何も言ってもらえずにモヤモヤしっぱなしです。そんなんじゃ戦場でやられてしまうかもしれません。」

「!!!」

ソラは目を大きく見開いた。

すると、設計用紙に筆で大きく文字を書き、書くなり飛ぶように外に走り出していった。


東京に行く兵隊で満載の列車に乗っている尾山は視線は工場の方をずっと見ていた。

(ごめんな……。)

ただひたすら謝り続けた。

他の人は送ってくれる人がいるが、尾山にはいない。

頭の中にはソラの顔が思い浮かんでいた。

ほんの少し期待した送りの人は来なくて、列車は軋むように動き始める。

ゆっくり、ゆっくりと。


沿線の土手に立つ少女がいた。

大きな紙を掲げていた。

黒い列車が差し掛かる。

少女は全身全霊で叫んだ。

「コーーイーーチーィーー!」

「!!!」

聞きなれた少女の声。他の人には聞こえてなかったが、尾山には聞こえた。


『烈風』


の二文字。

少女は涙をボロボロこぼしながら、手を大きく振る。

尾山は、思わず窓から身を乗り出し、手を振った。

「コーーイチィーー!! 頑張れえええぇぇぇ!!!」

少女は力を振り絞って叫びきった。


尾山は泣いていた。嬉し泣きだった。

(ありがとう。……頑張ってくるよ。)

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