面白いとは思うけどかなりの極論やな
「まずマーフさんの事件ですけど、これは他殺を匂わせる自殺に見立てた他殺という面倒な構造になっています。どうしてこんな殺害方法を選んだのか、まだボクには分かりません。それと今回のアイダさんの事件では自殺に見立てた他殺という、前の犯行に比べると比較的安直な方法での殺害になって構造が異なります。ボクはその点に注目しました。単純に一度目の犯行によって、みなさんが警戒している中での犯行となると手の込んだ殺害方法を実行出来なかったという可能性があります。そうであったとしても自殺に見立てる余裕があったという事は、これは今日突発的に犯行が行われた訳じゃなくて以前から計画された連続殺人なんじゃないかなーと思いました。そして、この殺害に対する構造の変化は作為的に組み込まれたものなのではないかなーと考えました。しかし先程お話ししたように、その殺害方法を選んだ意図はボクにはまだ分かりません。その意図がはっきりしないと、この線から犯人を見付け出すのははっきりいって困難です。そこで、ボクはもう一つの可能性を考えました。それはこの殺害に対する構造の変化というのが、違う人の犯行であるから起こったという可能性です」
それを聞いてエトーは咄嗟に口を挟む。
「複数犯という事ですか?」
ユイは頷く。
「そうです。それならアイダさんを殺害した犯人が、マーフさんの犯行を真似ようとしたけど完全にはその構造を把握していなかったから、構造が異なる結果になったとも考えられます。しかしこれは暴論みたいなものですから正直この線は薄いってボク自身は思ってます。ただ可能性は提示しておいても損はないと思ったので、念の為にいわせてもらいました」
雄弁に語るユイを見てヌユンが、
「先輩、本当に探偵みたいじゃないですか」
と目を輝かせているが、ユイは厳しい目をヌユンに向ける。
「ヌユン。残念だけど、この複数犯の線でいくと、私たちは怪しさ倍増だって分かってる?」
「へっ? どうしてなんですか?」
「それについては僕から説明させて頂きましょうか」ユイとヌユンのやり取りに割って入るエトー。探偵役のお株を取り戻すべく割って入ってきたのは、火を見るよりも明らかだ。
「これはアリバイの話になりますが、オーエさんと小さな探偵さんは、マーフさんの事件が発覚する前どこにいらっしゃいましたか?」
ヌユンは答える。
「先輩と自分はトイレに行ってましたけど……」
「とはいってもです、それを証明出来る人はいない訳ですよね? 更に話に聞いたところでは、お手洗いの中にロクメイカンさんがいた時、あなたは外で待っていた。それではお互いがお互いの姿を実際に見ていた訳ではないので、曖昧なアリバイ程度としてしかそれは成り立ちません。そうですよね、ロクメイカンさん?」
「そういう事になってしまいますね」
自分が不利になろうと、それを否定する事は出来ないので、ユイは仕方なくそう答えた。
「まあこれはマーフさんの時に一度指摘された事です。単独犯であったとしても疑わしいのに、複数犯であったとして、あなたたち二人が犯人だったなら、その曖昧なアリバイすら完全に無くなってしまいます。犯行方法の詳細は分からないので状況だけでの判断になってしまいますが、マーフさんの事件においてはあなたたちが最も犯人として疑わしいのですよ」
ヌユンは、まさか自分が曖昧であったアリバイすら完全に失われる事になるとは思っていなかったのだろう。口を半開きにしてぽかんとした表情をしてからいう。
「つまり、アリバイがなければ犯人は私たちって事になってしまうんですか?」
「そこまで極論で物事は語れないよ。疑わしくはあっても、ボクたちが犯行をおこなった確証が無いのも事実だからね。そうですよねエトーさん?」
「まあ、それは否定出来ませんね」
エトーはどこか不満げな表情をしている。
「それに」ユイは指を一本立てて続ける。
「複数犯の可能性があるんだったら、食堂にいた全員が犯人だ! っていう可能性も出せる訳だからね」
これには食堂に残っていたメンバーが全員呆気に取られた。しかしジャックは機械である為、驚く事もなくいう。
「面白いとは思うけどかなりの極論やな」
「まあそれは分かってるつもりだし、そのパターンはほぼ有り得ないと思ってるけどね」
ユイは口だけで笑い、八重歯を覗かせた。
「マーフさんの事件についてのアリバイはこれ以上言い合っても仕方ないでしょう」
エトーがそういうと、ユイは次に進める。
「そうですね。次にアイダさんの犯行時のアリバイですけど、今回はボクとヌユン、エトーさんとマイコさんはこの食堂に残っていたので一応のアリバイは証明されています。まあ先程いったように、マーフさんの犯行時に食堂にいた全員が共犯、オキノさんかクアルトさんのどちらか、もしくはその二人で犯行に及んだという可能性はありますが、それだと疑問が残ります」
ジャックがすかさず質問する。
「疑問っていうのはなんや?」
ユイは答える。
「それはなぜ共犯の一人を殺害する必要があったのかという事です。仲間割れでしょうか? もし仲間割れだとして、なぜ殺害するまでに至ったのか。そしてわざわざマーフさんの犯行のように自殺に見立てる必要性はなに? そんな事を考えだすと矛盾がいくつも浮かんできます。もともとマーフさんの殺害にのせいで犯人自身の社会的地位が失われる可能性がある中で、その秘密を共有した相手を殺害してしまうとアリバイなどで口裏を合わせる仲間がいなくなると犯人自身に疑いの目が向けられる可能性が高くなる。そんな危険を犯してまで、共犯者を殺害するでしょうか? そこで私の中では、この二つの事件は単独犯ではないかと考えています。でも、それだとどちらの事件にもアリバイが無い人物が一人としていない事になります。これも矛盾になりますが、なにかをボクたちは見過ごしてしまっているのだと思います。しかもそれはすごく身近にある事のように思うんですけど、ボクにはまだその謎の欠片が見付かっていないので、これ以上語れる事はありません。以上がボクの理解している範囲の事です」
「なにかを見過ごしている……ですか」
エトーが意味深にその言葉を繰り返す。フジはぼんやりとユイの話を聞いていて、その様子からは理解しているのかどうかは読み取れない。クアルトはユイの話をまだ咀嚼している段階なのか、右手を口元に当てて足下を見ながらなにやら考え込んでいる。
ユイはそれぞれの様子を窺っているが、特別不審だと思う人物の目星はつかないでいた。ヌユンは厳しい視線を向けているユイにいう。
「誰が怪しいか、なんとなくでも分かってたりするんですか?」
嘘をいっても仕方がないので、素直に答えるユイ。
「正直、全く分からないよ。マーフさんの時とアイダさんの事件でボクたちが二回とも姿を見ていないのはクアルトさんとオキノさんだから、そのどちらかじゃないかとは思っているんだけど、これにはなんの確証もないからね……」
ユイとヌユンが二人で会話を続けていると、遠慮もせずにエトーが自分の主張を始める。
「それでは次は私の番ですね。小さな探偵さんのいっていた他殺を匂わせた自殺に見立てた他殺という考えについてですが、ただ小説的に人の死というものを演出したかっただけだろうと判断している為、これ以上の言及はしません。アリバイについては小さな探偵さんのいった通りの認識で相違ありません。私が一つだけいいたいのは、この犯行が外部犯とは思えない理由です」
「その外部犯とは思えない理由とは一体なんですの?」
フジが気にしていた疑問を再度繰り返した。
「妙に外部犯でない理由を気にしますね……」訝しげな視線をフジに向けながら続ける。
「まあいいでしょう。それはですね、この犯行があまりにも
「そんな理由ですの?」
フジはエトーを鼻で笑い、見下すような視線を向けた。不満げな表情でエトーがいう。
「そんな理由。とはどういう事でしょう? ちゃんと理に適った理由だと僕は思っていますけどね」
「本気でいってらっしゃるの? バカバカしいですわ。アマチュアとはいえ、現に古典推理小説の作家先生がいらっしゃるこの場で、よくそんな事がいえたものですわね。一人いるなら、同じような思考をもった人間が他にいても、なんらおかしくはないとわたくしは思いますわ。それなら外部犯がどこからか古典推理小説愛好者の集いが開催されていると情報を得て、わたくしたちに罪を擦り付けつつ、自らが小説的な犯行を実際に行ってみたいという欲望をぶつける事も可能だと思いますわ」
エトーは自分の推理を踏みにじられるとは思っていなかったのだろう。歯を食いしばってフジを冷たい視線で射抜いた。しかし何もいわない。
「何もいわないという事はその推理は破綻しているということを認める事になりますわよ? ちなみにわたくしは、その子がいっている通りの認識程度だからいう事はなくてよ」
自分の推理が破綻しているとまでいわれて、エトーはなにかしらの反論をしてくるかと思われたがフジの話を黙って聞いていた。反論らしい反論が思い浮かばないのだろう。確かに極論とも思える推理ではあるし、なにより古典推理小説を読まない人間を馬鹿にしているような内容で、不快感がユイの中に蓄積する。ユイですら不快感を持っているのだから、古典推理小説に馴染みのないヌユンは一層不快に思っているのではないだろうか。ユイはちらりとヌユンを見るが、特に表情からは何も感じられない。しかしその何も感じられない表情にこそ、何かを隠しているのではないかとユイは感じた。
「ヌユン?」
何も感じられない表情のヌユンに、ユイは声をかけた。何故声をかけたのか、ちゃんとした理由はユイ自身ですら分からないが、なんとなく感じた不安感というのが主な原因であった。主な原因の出所が不明であるなんて事があっていいのかと思われるかもしれないが、現実は古典推理小説などのように全ての事象に明確な答えが出る訳ではないのだ。
「なんですか?」
ヌユンがユイを見た。
「いや、なんでもないよ」
しかし、その目は本当にユイを見ているのか疑わしく思えた。焦点が合っていないように目はユイを超えてなにかを見ている。そんな風にユイは感じた。
クアルトはフジと同じく、自分の推理らしいものを提示しなかった。ユイが現状で分かる事として提示したものをそのままクアルト自身の意見としていたが、クアルトはきっと自分の推理というものを持っているのではないかとユイは想像した。それはフジも同様であるように思われた。クアルトとフジは、自分自身でこの事件の謎を見付け、そして推理しようと考えているのだろう。ここにいるそれぞれが自己顕示欲が強く、エトーのように自分の推理をおおっぴらにして優越感に浸りたい人ばかりだとユイは判断して今回のようにお互いが持っているカードを提示させるような手段を取った訳だが、どうやらそれは失敗に終わってしまったらしい。
「失敗だなぁ……」
ユイは残念そうにいった。ヌユンはそれを聞いて「失敗。ですか?」と不思議そうに尋ねたが、ユイはそれには答えなかった。
ヌユンは当然といえるかもしれないが推理らしい推理を持ち合わせてはいなかった。クアルトとフジのあとに自分の意見を述べたヌユンは、ユイがいった事を反芻して自らに理解させようとしているだけだった。唯一ユイの意見と違う所といえば、マーフの事件の時ユイのお手洗いに付いていった際に怪しい人物は見なかったという点だけ。結局は何も進展がないという事だ。
当然ユイはいまだに犯人が分からなかったが、古典推理小説作家の勘なのか妙な違和感をずっと感じていた。見落としている何かを拾い上げる事が出来ればとユイは頭を悩まし続けている。
アイダの殺害現場に余計な手を加えない意味とお互いがお互いを監視出来る状況にしておく二つの意味で食堂に再び集まったメンバーは、それぞれに思考を巡らしているのかほぼ会話がない。
休日。そんな日常から、古典推理小説愛好者の集いという空間に身を置いて、祖父の愛した書籍の奪還という夢への第一歩と、ついでに豪華な食事という非日常への第一歩を踏み出す事が出来たかもしれないのに、蓋を開けてみれば一歩踏み出した先は連続殺人という非日常というよりは異次元。ユイは深い溜息を吐いた。
「あの、よろしいかしら?」
不意に声をあげたのはフジだ。誰への問いかけか分からないので誰もが返事を躊躇していると、珈琲と紅茶をそれぞれ人数分持ってきて配っていたジャックがその問いかけに答えた。
「どないしたんや?」
「やっぱり、ヴァイオレットちゃんを一人にさせておくのは不安ですわ。ヴァイオレットちゃんを迎えに行くので、どなたか一緒に来てくれないかしら?」
ここでうだうだと考え込んでいるよりは気分転換も兼ねてオキノを迎えに行くのもありかもしれないとユイは考え、フジの提案に立候補しようとした。
しかし、「それやったら一緒に行くで?」とジャックがユイよりも早く立候補した。フジは、「ありがとう。それじゃあ行きましょう」と扉の方に歩み出したので、どうにも声を上げにくくなり誰にも知られぬままにユイの考えは過去に流れていった。
別に今から立候補しても遅くないかもしれない。今から後を追いかけようか。いや、べつにオキノさんと仲が良い訳でもないのに、出しゃばっていると思われるかもしれない。そうだ、わざわざ行く必要もないか。でも……。
ユイが悶々としていると、フジの叫び声が聞こえた。それは扉の先。廊下の奥から館全体に響きわたった。
ユイは考える事を止めて、廊下の先へ駆け出していく。ユイの後に素早く付いていくヌユン。ユイの頭に浮かんだのは、オキノの死。
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