第一章 海上要塞・綿津見神 1
海上中央都市K1・
新紀元29年・十一月二日。
通常時間軸・日本標準時11:05。
中央都市。それは、人類が圏外の劣悪な環境から生存権を確保するために作られた都市。
基本陸地に建設されていて、論外次元を正常な波長に維持する大型調波器「定礎」に囲まれているものだが、例外がないわけではない。
その一つがここ、日本海岸から始まり、北太平洋の中心まで巡回する海上中央都市、
通常の中央都市より規模がやや小さいものの、海上で移動できるのと、都市の外周に配備された兵装から見ると、この都市は人類に生存する空間を与えるよりも、この世界に抗うための軍事施設だということが簡単に分かるだろう。
航空母艦や戦艦を一つに合わせて、さらに性能や規模を向上させたようなものだ。
そんな都市という名の軍事施設の外周部に、一台の軍用機がほとんど音を立てずに着陸した。
「海上中央都市、
「神格の加護なんざ、お前、半血っつったって、夜叉は鬼神だぜ。んな別系統の神格加護域にいたら、下手したらどっちか壊れてもおかしくねぇぞ」
「えー、中央都市の運命操作理論系を壊されちゃったら、わたしが怒られちゃうんですけどー」
よいしょっと軍用機から降りて、
くるりと大きな目で軽く睨まれ、しかし嵐司は気にすることなく、軍用機から降りてから周囲を血色の目で見回す。北太平洋の冷たい風に、鉛色の髪が激しく揺らされる。
「はっ、俺じゃなくて中央都市のほうを心配するかよ。お前頭大丈夫か」
「むー、頭大丈夫だとか、せんせーにそんなひどいこと言っちゃダメですよ」
「あと、ついでに言うが、お前、そういうかわいい系にゃ似合わねぇからやめろ」
「うん? なになに、嵐司くんは意地悪いほうのわたしが好きですか?」
「そういうことだ。だからもっとやれ」
と、軍用機をあとにした二人はそんな会話を交わしながらも、誰も照れることなく、至極当然な顔で中央都市の入り口のほうへ向かった。
海上中央都市の鋼鉄祭壇。都市を囲むように設置された人工知能が、人間が祈りを捧げるときに発生する心理的変化や、精神的概念への働きかけを再現し、中央都市外周部を海神の祭壇にしたものだ。
おかげで、海神の加護を得ることができ、ある程度で運命を司る次元に働きかけることが可能になる。そうすることで、海であるここで、不測な事態に遭う可能性を大幅に抑えることを実現した。
日本のほか、中国やドイツ、イギリスにも似たような中央都市を保有していて、お互いの航路が交差するたびに、情報交換を行うことも稀ではない。
他国との提携、最先端技術の運用、圧倒的な兵器量、広範囲での移動を繰り返す特徴。
普通の中央都市は生き延びるためのお城だと言ったら、海上中央都市は反撃の砦と言っても過言ではないだろう。
それを考慮すれば、こんなところに連れてこられた嵐司は疑問に思うのも不思議なことではない。
「おい、アザラシ」
「なーに、嵐司くん」
海上戦闘も考慮に入れて作られた機甲歩兵が並ぶところを通り過ぎて、嵐司が目も向けずに、素っ気なく小瑚に言葉を投げる。
その小瑚もまた、特に気にすることなくごく自然に答えた。
「お前は十三だから普通だろうが、俺をこんなところに連れてきてどうするんだ? バリバリ新人だぞ、こっちは」
「うーん、普通、わたしみたいなかわいい子と一緒に旅行デートに行けたら、喜んで泣いてもおかしくないと思いますけどね」
「普通ならな」
「けど、そうですね。連れてきて何も言わないのもあれですし」
指先を桜色の唇に当て、小瑚は少しだけ考える素振を見せてから、いたずらっぽい笑顔を浮かべる。両手を背にしてから、あえて上体を前に倒して上目遣いで嵐司の顔を覗き込む。
「あのね、実はですね。これから嵐司くんには大きな作戦に参加してもらうことになったんですよ!」
「へぇ、内容は?」
「【教団】の都、空間連鎖神殿から、無二の天才の遺産を取り戻すことです」
嵐司が聞くと、小瑚は今度は胸を反らして得意げに答えた。
「は? 教団?」
「そうです。嵐司くんのお友達も参加する大規模作戦です。参加する十三は三人もいますよ! どうですか? その中でもアイドルと呼ばれるわたしと一緒に行動する気持ちは」
言いながら、作戦の概要を表示した端末を嵐司に突き出すと、嵐司も当然な顔でそれを受け取る。適当に流し読みしながら、口元に愉快そうな笑みを浮かべる。
「悪くはねぇな。そっちこそどうだ? 犯罪者だった新人と一緒にこんなしょうもねぇとこで旅行しなきゃならねぇ気分は」
「うーん、悪くはないかな」
「そいつは光栄だ」
と、言葉を返しながらも、嵐司の目はちゃんと端末に表示された内容を追っている。そして、作戦参加者リストが書かれたところが目に入った途端、さっきまで口元に浮かんでいた笑みが、単純な愉快からのものから、少しだけほっとしたものになった。
嵐司と小瑚が一緒に行動するように、ほかの小隊もそれぞれの役割を果たすために、各地域で作戦を遂行する予定だ。そして、そこには嵐司にとって、この世界で一番親しい友人たちの名前が書かれている。
探索庁○○六小隊所属調波官・左雨透矢。
研究庁作戦指揮総部所属・左雨加苗。
「うまくやってんな、二人とも。つーか、あの自分でつけた苗字もいよいよ公式の書類に書かれちまったかよ。これじゃ透矢も否定できなくなっちまうな」
「ねぇねぇ、何ですか、その柔らかい顔。似合いませんのでやめてくださいよ。わたし、普段の傲慢な嵐司くんのほうが好きなんですけどー」
「知らねぇよ」
「えー、ひどいですよ。ま、いいですけど」
いつもと違う、温かい感情から来た安堵さや楽しさを覗かせる嵐司の笑顔に、小瑚は珍しそうに素で顔を逸らし、不満そうに頬を膨らませた。
その様子を見て、嵐司は無遠慮に手を伸ばし、小瑚の頭を鷲掴みすると、自分のほうに向かせる。
「ねぇねぇ、なんですか、その拗ねた顔。似合いませんのでやめてくだせぇよ。俺、普段のあざといアザラシのほうが好きなんですけどー」
およそかわいさという概念とは無縁な低くて魅力的な声で、小瑚の言葉をそのまま繰り返す。
大きな手でしわくちゃにされたアザラシのベレー帽の下で、ジトっと細められた水色の目が嵐司を見上げる。
「別に嵐司くんが喜んでもいいんですけど、一つだけ先に言っときますね」
「なんだ?」
「嵐司くんのお友達のことですよ。えっと、左雨透矢でしたっけ。彼のメンターは佑弦だから、普通に大丈夫と思うんですけど」
可憐な唇を動かしながら、小瑚は端末の画面をトントンと軽く指先で叩いた。そこに書かれた名前は、
「この人、本気で最低ですので、メンターにつけられたお友達の心配はしたほうがいいですよ」
「ふーん」
「あと、珍しくせんせーらしいことも言わなきゃダメですね。ここで嵐司くんに一つ忠告」
頭に手を乗せられたまま手を上げ、嵐司の胸元の真ん中を指先で突く。
「今回の任務の指揮官は小牧。ですから、これだけ覚えていてください。――死にたくなければ、あの人の命令には全部従わないほうがいい」
最後の言葉は、小瑚の普段の態度からは考えられないほど、温度のないものだった。
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