第三章 探索庁庁直属第〇〇六小隊 3

 五十七期の調波官着任式。探索庁に加入した百四十二名の調波官が全日本の八つの中央都市で、同じテストを受けたあと中継の形で、佑弦の演説を聞き、やる気を漲らせるのとともに正式的に調波官の資格を取得した。

 そのあと、組織による再編が速やかに行われた。すでに手配してあったオフィスを、新たに編成した小隊に与えた。

 個人戦力を重んじ、ときには個人を一つの戦術単位として扱うことさえある新紀元時代では、四人から六人で構成する小隊は重要な役割を持っている。なので、正式に就任してからは、すぐ相性のいいもので同じ小隊に編成させ、お互いについての認識を深めさせようとしているのだ。

 その中、佑弦本人が演説を行った中央都市C3では、三つの小隊が編成された。透矢も当然のように中の一つに入れられたのだが……

「お前らはこの小隊じゃないのか」

「えっと、なんかあたし、研究庁に入るから、探索庁の小隊には……で、でも! 任務のときはサポート役として配置することもあるって聞いたから! それに、家では会えるでしょう! 寂しすぎたら、家に帰ったらあたしがよしよししてあげちゃうからね!」

「俺ぁ、なんか別のなんかがどうとか、よく分からんが、ま、ここにいないってことだ」

 一緒に小隊のオフィスにきた嵐司と加苗が、どうも別のところに配属されたようだ。それこそ、支給された携帯端末に送ってきた三個の小隊のリストにも乗っていないところに。

 加苗は戦えないからまだ分かるが、バカみたいに強い嵐司は一体どういう理由で、ここにいないのかは考えても考え出せない。

「ま、なんだ。俺たちはこれからメンター? ってもんに会いに行くことになってんだから、一人で頑張れよ」

「ご、ごめんね、お兄ちゃん。帰ったらぎゅって抱きしめてあげるからね!」

「いや、別にいらねぇが」

「ひ、ひど……っ!」

「んなことだから、クラスの皆と仲良くしろよ。パパとママを心配させんな」

「誰がパパママだ」

「んじゃ、あとでな」

 流し目でそう言ってから、嵐司が加苗を連れて、颯爽にオフィスを去り廊下の末に消えていった。

 残された透矢が心の中でため息をつきながらも、仕方なく背後にあるオフィスに振り返る。

 支給された備品が揃っていて、パソコンや調波器の整備用具も最先端なものだ。オフィスにしては申し分ないし、よく重視されているのも分かる。

 それに、さっき聞いた佑弦の演説も一理ある。あの人も圏外出身で、ここでこの世界をどうにかしようとしている。理屈は分かるし、正直、自分もそうすべきと思っている。

 癪だが、いつぞや凪乃に言われた通り、管理省で働くことは、この壊れた世界を修復することにつながるのだ。

 しかし、いくら理性が納得しようとも、直接的ではないが墓守の仇である管理省で、調波官たちと笑い合いながら仕事するのは、どうしてもできない。

 それに……



【探索庁庁直属第○○六小隊】


小隊長: 羽月凪乃 一等。

小隊隊員: 鶴照葉 一等、京極千紗きょうごくちさ 二等、小雀晴斗 二等、左雨透矢 二等。


所持攻性理論:

・ 第一攻性理論 みずがね

・ 第二攻性理論 切断。


使用可能調波武装:

・ 二十五式調波刀(小雀晴斗)

・ 二十九式小太刀型調波刀(鶴照葉)

・ シンカー(鶴照葉)

・ 霜月しもつき(鶴照葉)

・ 二〇六兵器庫(京極千紗)



 という小隊のリストは、ものすごく不安を誘う。凪乃が隊長というのはどうしても不安を感じずにいられないのだ。

 戦いには得意で、実際、今の透矢は戦えば負けるだろう。とはいえ、凪乃には隊長を務める能力があるとは思えない。やるとしたら、晴斗のほうが適任に思える。

 それに、嵐司と一緒に外周部に行ったとき出くわしたあの隻眼の少女……千紗って名前らしい……もこの小隊にいるのは、もう運がないとしか言いようがなかった。

「よいしょっと。左雨さん、もう挨拶は済んだ? デスク選び、始めるよ?」

「は、早く……っ!」

 笑顔で手招きしてくる晴斗に、照葉が何やら興奮気味で両手を胸元に小さく握りしめ、ソワソワと動いている。

 二人から少し離れた場所で、小隊長の指定位置にちょこんと座り、すでに何やら作業を始めた凪乃と、不機嫌そうな顔でデスクに腰かけ携帯端末をいじっている千紗がいる。

「デスク選び……? なんだ、それは」

「ほら、隊員は席決まってないから、自由に選べるじゃない? 好きな位置にするといいよ」

「選ぶといっても、すでに一人が選んだようだが」

 そう言って千紗に視線を寄越すと、千紗が赤髪のカジュアルショートを揺らし、金色の右目でそれを真正面から受け止めた。

「は? 突っ立ってると疲れるでしょう。ちょっと座ってるだけで文句言うなんて、人としてどうかと思うけど。それに、期待してる人がいるから、そんなことするわけないじゃない」

「そうか。じゃ、お前らで適当に選べ」

 外周部のときから、千紗への認識はよくないものだから、怒鳴られても想定内の事態なので、特に感じることはない。

 それに、席なんてもどうでもいいので、無愛想にそう答えた。その反応に晴斗が軽く首を掻いて。困ったような笑顔を浮かべた。

「うーん、じゃあ、照葉から選ぼっか」

「おお……っ! 任せろ……!」

 だるいのかやる気満々なのかよく分からない声で両手を突き上げると、とっくに決めてあったのだろう、照葉が迷いなく一番凪乃に近い位置にちょこんとその小さなお尻を下ろした。

 それから、隣の席をポンポンと、晴斗に叩いて見せる。

「次は晴斗だぞ」

「なら、えっと……」

 照葉に言われ、自然に照葉の隣の席に足を向か――おうとすると、ふと何かを思い出したかのように足を止めた。

「晴斗?」

「うーん、そうだね」

 照葉に考えてることを悟らせないよう、いつもの微笑みを見せながらゆっくりとそう言うと、ちらっと残りの三つの席を確認する。

 このオフィスは、隊長や副隊長の席以外、四つの席しかいないのだ。

 隊長の席は当然、隊長である凪乃のもので、副隊長は今はいないので空席。残りの席は左右の壁際にくっつく形で、それぞれ二つのデスクが隣り合わせに並んでいるのだが、照葉と晴斗が凪乃側の二つの席を選ぶと、千紗と透矢が隣同士になるわけだ。

 今のやり取りを見なくとも、二人の性格はあまり合うほうじゃないと、晴斗にははっきりと分かっている。もめ事が嫌だから、ここはあえて誰かに照葉の隣の席を譲るべきなのだが……これからの小隊のことや照葉の気持ちを考えると、最善策とも言い難い。

「なにもじもじしてんの?」

 と、なかなか決めずにいると、つまらなさそうにしていた千紗が、その人を凍り付かせるには十分すぎる冷たい金色の目で、ぎろりと睨んできた。

「いやぁ、よく考えたら――」

「ふーん。決められないなら、アタシが先に選ばせてもらうけど」

「あ、ちょ――」

 晴斗が止めようとしたが、千紗は全く意に介さず、どすんと背後の席に座り込んだ。

 その、照葉の真っ後ろの席に。

「ね、そこのアンタ、左雨透矢だっけ。さっさと座ったらどうだ? まさかさももの隣にするなんて、いやらしいこと考えてないよな」

 と、晴斗が呆気に取られる間に、千紗が不機嫌そうな顔で透矢に言い放つ。

 もともと小柄な千紗はこうして座っていると、緩めのTシャツの襟元から、わざと見たくとも胸元の谷が覗いてくる。

 それに加えて、適当に着崩しているフードパーカと、耳につけたピアス、体中に着ける金属アクセサリーは、どれも千紗に不良な雰囲気を漂わせる。

 が、そういうどうでもいいことより、気になるものが千紗のさっきの発言にある。

「さもも……?」

「桜餅のことで照葉のあだ名だ。桜色の髪なのに、いつも緑のコートなんて着てるから」

「ふ、不名誉な名前だぞ……っ! そんなに桜餅を食べたことないのに、さももって言われるのはひどいぞ……っ!」

「で、アンタ、さももがかわいいからって、隣に座ろうって考えちゃってんの? あ、もしかしてあれか? よく勘違いする思春期の男の子とか?」

 照葉の抗議を無視し冷たい目で見上げてきた千紗は、その絶対零度の視線とは裏腹に、挑発的な態度がビシビシと伝わってくる。それを、透矢が淡々と紺色の目で見つめ返す。

 こうも真正面から挑発されると、買わない透矢じゃない。

「席なんてどうでもいいだろう」

 そういうと、透矢が千紗の隣の席に腰を下ろした。それから、すぐ机の整理や支給されたものの確認を始める。

 気に食わないので目を向けていないから、その隣で刃物のような金色に光る千紗の瞳が、一瞬満足そうな色がよぎったのが見えなかった。

「悪いね、晴斗。アンタがグズグズしるから、残りもんで我慢しな」

 嘲笑を浮かべ、しかし悪意なんてどこにもない、一層微笑みにも似た笑顔で言ってくる千紗に、晴斗が思わず困った笑みを漏らした。

「悪い、千紗」

「ん? なんのこと? 意味分かんないんだけど」

 そう言ったきり、千紗がまた携帯端末をいじり始め、晴斗のことなんて目もくれない状態に戻った。

 引き継ぐように、照葉が満面の笑顔で晴斗に小さな手を差し伸べる。

「よろしくだぞ、晴斗」

「ああ、よろしくね、照葉」

 サイズの大きすぎるコートの袖で、ほとんど隠されたその手を優しく握る。もう片手で照葉の頭をぽんぽんしてから、自分の席に戻り整理を始める。

 それから、晴斗と照葉がときどき交わす言葉以外、オフィスの中には沈黙が流れた。

 しばしすると、ようやくこの沈黙に気づいたのか、凪乃が手にした書類を机に戻し、無言に席を立ち上がると静かな足取りで透矢の隣まできた。

「透矢」

「なんだ」

「きて」

 文字にしたら、たった四文字だけの説明に、透矢が思いっきり眉をひそめる。

「どこに何のために?」

「わたし、透矢のメンターだから」

 そして、返ってきたのはこの意味不明の言葉である。

「………。どこに何のために?」

「………」

 もう一度問い直すと、凪乃がポケットから携帯端末を取り出し、華奢な指でポチポチしてから画面を透矢に向ける。

「わたし、透矢のメンターだから」

 繰り返された意味不明の言葉を無視し画面を覗き込むと、そこには小隊リストと似たようなデザインの文書があった。

 なんでも、圏外から来たものたちに、どの調波官がメンターにつくかというものだ。五名ぐらいの圏外勧誘者に、同じ五名の調波官の名前が後ろについている。

 宇多川嵐司のあとには、神宮寺小瑚という名前、左雨加苗のあとには、神宮寺小牧という名前がついている。

 で、左雨透矢の後に乗っているのは、羽月凪乃という、もう嫌なほど知っている名前だ。

 そういえば、さっき嵐司もメンターのところに行くと言ったような気がする。

「わたし、透矢のめん――」

「それはもういい」

 三度目の言葉を繰り返そうとする凪乃の声を遮って、透矢が席を立ち扉のほうに足を向ける。

 その後ろを、凪乃も無言についてくる。オフィスを出て廊下に出ると隣に並んできた。

 探索庁のビルは見た目はすでにけた外れに大きなのに、中の空間は予想をさらに上回るほど、広大なスペースを有している。

 その中を、凪乃は自分の家でいるかのような感じで、迷いのない足取りでいくつの廊下を通り、エレベーターを乗り換えると、ようやく透矢を目的の場所に連れてきた。

 木製の両開き扉の上に、長官室と書いている、このビルの最上層に設置した部屋だ。

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