第一章 人類最後の砦 1

 中央都市C3・外周部。

 新紀元29年・十月二十六日。

 通常時間軸・日本標準時07:00。


「着いた」

 圏外都市H9を離れて数日。外の景色も見ずにぽつりと呟かれた凪乃の言葉で、到着が告げられた。

 管理省に入ってやる。そう言って勧誘を応じると、凪乃はすぐ管理省に連絡し、すでに用意してあった中型調波器を透矢たちを迎える軍用機とともに、圏外都市H9に運んできた。

 それから、街の復興とともに、管理省の技術者が中型調波器の設置をわずか一週間で終わらせ、町全体への調波と外の血霧や黒屍を防ぐための防性結界も張っておいた。これで、よほどの災変が攻めてこない限り、街は安全だろう。性能面については、加苗が調波器の設計図を目に通したのだから、問題はない。

 一安心したところで、街の皆との別れも済ませた三人がようやく凪乃とともに軍用機に乗り、目的地の中央都市に向かったのだ。

 そして、今日は到着の日、透矢たちが調波官になる日。

「透矢」

「………。なんだ」

 すでに敵ではなくなり、同僚となった少女に名前を呼ばれる。透矢は微かに眉をひそめたが、なんとか穏やかな声で返した。

「よろしく」

 相変わらず何を考えているか分からない目で、抑揚のない声だ。それだけ言うと、凪乃はまた動かず喋らない人形状態に戻った。

「よろしく!」

 向こうに座った加苗が手を高く上げて、元気いっぱいに凪乃に答えたが、その声に反応する人は一人もいなかった。

 凪乃は喋るときは喋るが、喋らないときは人形のように、ただじっとするだけだ。透矢も今はわいわい騒ぐ気分じゃないので、加苗に付き合ってやる気にならない。最後に、いつもなら乗りのいい嵐司も、今回ばかりは窓の外を眺めて、加苗を無視した。

「へぇ、高ぇところから見りゃこんな感じか」

 軍用機の窓から外を眺めると、中央都市を俯瞰できるのだ。


『皆さん、これから概念障壁を通過します。攻性理論、および調波器の発動、起動はお控えください』


 そんなアナウンスを聞きながら、軍用機が空に張られた目に見えない障壁を抜いて、ようやく、中央都市の領域に入っていった。

 半径四十メートルの超大型調波器「定礎」によって守られている巨大都市。人間に残された、生存を許される土地――中央都市。

 その外周は分厚い合金の壁に囲まれていて、壁の中に記入された式で、防性理論の障壁が構築されている。

 攻性理論とは逆な概念である防性理論は、多彩な攻性理論と違って、ただ、事象の発生を拒絶する特性しか持ち合わせていない。だが、その唯一の特性は防性理論を優れた概念障壁にした。合金の壁では防げない攻撃や、空や地下から襲ってくる脅威にも対処でき、物質かエネルギーしか脅威になりえない時代じゃなくなった今では、頼りになる守りだ。

 その防性理論の障壁を、予め通過許可を得た軍用機が通り抜け、眼下に中央都市の光景が広がっていく。

 分厚い壁に設置された「定礎」、壁の上の兵器、万が一壁が破られたときに備えた緩衝空間、それと、そこに控えているおびただしい数の機甲歩兵。

 こんな高いところから見ても、それが圏外都市で使っていた機甲歩兵より遥かに性能が高いことが分かる。それに、機甲歩兵の兵装にあるあの模様は、おそらく式だろう。火薬を頼る兵器を使う機甲歩兵を勝るのは間違いない。

 さすが、人類最後の砦と言われるものだ。こんなものは日本に十数個もあると思うと、人間のしぶとさで驚くものだ。

「透矢、出世じゃねぇか」

「冗談でもそれを言うな。腕、切り落としてやるぞ」

「そりゃ怖ぇな。はは」

 透矢の脅かしに全く怯えず楽しそうに笑ってから、また視線を外の景色に移った。

「………けど、よりによってC3か」

 血のような赤の目が少し細められて、独り言をこぼす姿を、透矢は見逃さなかった。けど、ここはあえて何も言わず、眼下に広がる中央都市の光景を眺めることにした。

 事前に受けた説明によると、中央都市といっても、中では明確な区分けがある。最も安全な中央区には、都市運営に必要な設備や人材、および管理省や調波官の住処があり、壁に一番近い外周部は、重要度の低い人々の住むところだ。

 重要性によって活動区域や資源を分配する、冷血なまでに理性的な政策だ。そこに感情の介入が一切なく、ただただ、この終末世界で生き延びるために、切り捨てるものを何もかも切り捨てて、できる限りの最善を尽くしている。

 そして、透矢たちがこれから住むという調波官の寮も、中央区に位置する。


『只今、降下を開始します。攻性理論、および調波器の……』


 と、そんなアナウンスの声を聴き流しながら、外の景色から目を逸らす。

 これから、中央都市外周部にある軍事拠点に降下し、そこで中央区につながる列車に乗る予定だ。

 これで、自分も凪乃と同じ、管理省の一員に……

 そんな考えを強引に頭から追い出し、一つ深呼吸をしてから、これからのことについて考えることにした。

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