第五章  作戦と誤算と 5

 二十一号倉庫の前で、乱戦がくり広げられている。

 博之は透矢や嵐司と違って所持者じゃない。しかし、科学はえてして先天的な差を補うもの。機甲歩兵の装甲を纏った博之は、戦闘能力は決して所持者に劣らない。むしろ、並の所持者はと比べたら、それ以上と言っても過言ではないぐらい強い。

 骨に式を刻み込み、機甲歩兵をまとった博之は異常なまでな速さで動きまわり、それでいて機甲歩兵と同等の力で攻撃を放ってきている。

 両手にある刃と、背中の砲台。それだけでも十分厄介なのに、体を操る感覚で操縦できる分、動きの精度は機甲歩兵を遥かに上回っている。

 今こそ死人が出ていないが、前衛の沙季と啓は言うまでもなく、後衛の大樹も六実が操縦する機甲歩兵も傷だらけでボロボロだ。

「動き回って……せめて錨で調波できたら……」

 沙季は忌々しそうに舌を打って距離を取ると、六実の機甲歩兵がミサイルを撃ち込んで、装着した刃を博之に振り下ろす。

 しかし、重厚な装備とは裏腹に、博之の動きは速い。小さな機甲歩兵の体が容易くミサイルを躱しては両手の刀を横に振り抜き、六実の刃を弾ける。

「わ、わわ――」

 六実の機甲歩兵がバランスを崩した隙を見て、背後の砲台から鉄の塊を機甲歩兵の足に打ち込む。火薬を用いていない、ただ鉄を生成し、運動エネルギーを与えて射出するだけの武器だ。火薬による爆発がないものの、質量爆弾としての威力でも十分に脅威になれる。

「あ、危なかった……!」

 鉄の塊を撃ち込まれる直前に、片手に装着したガトリング砲を地面に突き刺さり、博之に突っ込んでいた機甲歩兵の進行方向を変えたおかげで、なんとか機体を破壊されずに済んだが、劣勢であることに変わりはなかった。

「か、加苗! これどうすればいい?」

 六実の戦いを眺めながら、いったん離脱した沙季が焦った声でインカムの向こう側に問いを投げる。すると、努めて冷静でいようという声を返される。

『急かさないでよ! あたし、今考えてるんだよ!』

「ほかの皆であいつの手が届かないとこから調波すればいいじゃん!」

『錨の調波は対象空間が大きすぎると不完全になっちゃうから無理だから!』

「じゃどうすればいいのよ!」

『とりあえず時間稼いで。一分で対策を立てるから』

『時間稼ぎって言っても……』

 汗を垂らしながら、博之に目を向ける。

 もし彼は所持者だったら、あるいはあの装甲がなかったら、もっとやりやすかっただろう。体のどこか式があるなら、調波刀で刺して強引に調波すればいいし、所持者なら、装甲に調波刀で斬りつけて調波してもいい。

 だが、装甲は式に生み出されたただの結果の場合は、それはすでに原因から生み出されたただの結果。因果関係による現象を止める調波刀でいくら斬りかかっても意味がない。あの装甲は異常などではなく、作り出されたらもうただの鉄だからだ。

 打つ手がない。このまま戦ってもジリ貧だ。もし加苗が対策を立てられなかったら……

「あーもーイライラする!」

「おや、諦めていただいたのでしょうか。でしたら、そこを退いて私に――」

「んなわけないでしょこのめんどくさいジジーッ!」

「これはこれは」

 穏やかな口調のまま、鋭い攻撃を目で捉えきれない速度で繰り出してくる博之。

 もし啓と大樹がフォローを入れてくれなかったら、沙季はとっくに殺されていたのだろう。

 調波刀と靴板を使った白刃戦とはいえ、剣を使った遥か昔の戦いとは本質は同じだ。遮蔽物なんかなく、生死は己の腕と一瞬の決断に委ねられている。

「こ……のッ!」

 調波刀を振り抜いて、装甲にぶつかって夥しい音を立てるが、切断には至らず、装甲を少し凹ませただけだった。

「沙季、退いて!」

 その凹みに六実は追撃を放とうと刃を突き刺してきたが、それも見事に回避され、カウンターとして足のところに鉄の塊を打ち込まれる。

 博之は何の消耗もなく、代わりに沙季たちは少しずつだが確実に押されている。このままでは、確実に負けてしまう。

「加苗!」

『うう……出し惜しみしてる場合じゃないか』

 再びインカムの向こうに叫ぶと、加苗の苦々しい声が聞こえてきた。

『わかった。もうお兄ちゃんが戻るのを待つ暇はない。次ので仕留めるよ!』


     *


 作戦を沙季たちに伝え、そのための手配も済ませたが、加苗の中では不安が微かに残っている。

 何かがおかしい。そう思わずにいられなかったのだ。

 透矢を脅迫してまで帰らせないという、今まで以上強引な凪乃の態度と、二十一号倉庫の前に現れる鉄宮のボス。

 何者の手によって滅ぼされたユートピア、突然現れた鉄宮の軍勢やボス、まるで、墓守が今日で攻めるとわかっているようなタイミングで、突発事態が次々と起こっている。だが、それより加苗が気になるのは、凪乃の態度だ。

 もともとあまり感情があるようには見えない人だが、連続的に突発事態に遭っても執拗に透矢を勧誘している。それも、いつもより積極的にだ。緊張していないところを見れば、彼女はこうなることをわかっているようにさえ思える。

 それに、凪乃はずっと同じ言葉を繰り返している。

 管理省に入ると、墓守の問題も解決できる――昨日加苗たちのところに来るときもそう言っていた。

 凪乃は感情がないが、その代わりに理性は常人以上に働いている。同じ言葉で説得できると思う込むタイプじゃないと加苗は思う。

 なら、繰り返される言葉に何らかの意味があるはずだが……一体凪乃は何が言いたいだろう。そして、なぜ凪乃はすべての突発事態を事前に知っていたように見えるだろう。

 もし、凪乃はすべて知っていて、そして何を伝えようとしていると仮定したら……

「……情報、鉄宮、ユートピア……管理省。そういえば、鉄宮はお兄ちゃんたちを遠ざけたみたいなこと言ってたっけ……」

 凪乃の情報は管理省からきたものだ。透矢と嵐司、それと墓守の情報が知られていたように、ほかの情報もそうである可能性が高い。墓守に限らず、ほかの組織のこともだ。

 だが、凪乃に情報を与えた管理省の情報はどこから来たのだ? 墓守にスパイなどいるはずがなく、となると……ユートピアか鉄宮だが、ユートピアはすでに壊滅した。

 なら、鉄宮と管理省は情報交換を行い、協力して墓守を壊滅させようとしている?

 しかし、それこそありえないことだ。少なくとも、凪乃は本気で透矢たちを勧誘している。仲間になることと二人を殺すことは同時に達成するはずがないのだ。

 そうなると、管理省はただ鉄宮から情報をもらい、透矢たちを勧誘しようとしていることになる。……のだが、鉄宮が邪魔に来ることを予想していなかったとは考えにくい。その違和感の正体はたぶん、凪乃が伝えようとしていることにあるのはず……

「……違う……」

 ふと、そんな言葉が唇から漏れる。目が自然と見開かれる。

 情報交換を行ったと仮定した管理省と鉄宮の行動が矛盾しているから、違和感を覚えたのだ。けど、そもそも矛盾しているというのは、加苗の持っている情報をもって判断したものだ。前提条件を間違えば、自然と正しくない結果が出されるのだ。

 ここは逆にこう考える。――二つの組織の行動は矛盾していない。そう仮定する。

 もしこの二つの組織の行動は矛盾していないとしたら、鉄宮の行動は管理省にとってなんらかの利益をもたらすとしたら……

 管理省には勧誘以外の目的――それこそ本命の目的で、勧誘はあくまでついでだとしたら――

「ま、まさか――ッ」

 パソコンに映った監視カメラの映像で、博之が二十一号倉庫の前に戦っている。なぜか知らないが、彼はあの倉庫の中身を手に入れたいらしい。この行動が管理省にとって利益をもたらすなら……

「最初……から……」

 管理省に入ると、墓守の問題・・・・・も解決できる。

 凪乃がずっと繰り返しているその言葉。ずっと気づけと言っているような含みのある言葉。

 なぜ、最初は管理省が知るわけないと思ったのだろう。アレ・・はもともと、管理省が処理すべきものだったのに。最初から凪乃が知っていると仮定すれば、墓守の問題という言葉が繰り返されていると気づいたときに対応できたのに――

「さ、沙季! 早くやっつけて! 時間がない!」

 焦るのを全力で押さえて、加苗はマイクに向かって叫んだ。

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