第五章 作戦と誤算と 6
――しつこい。
二十一倉庫の前で墓守の戦闘員と手を合わせながら、鉄宮のボス、博之が思わず心の中で悪態をつく。
所持者に次ぐ墓守の主力と思しき人たちと交戦してからもう五分が経った。論外次元を基礎理論に開発した調波刀や靴板、それを火薬を用いる銃などと併用する戦いは、個人戦においての戦闘領域や手段を限りなく増やした。
三次元に移動する相手の行動を捉え、次に仕掛けてくる攻撃の種類を見分け、論外次元に対するものか物理的なものかを判別した上で、反撃の手段を選ぶ。全神経を研ぎ澄まし、油断を許さない高速の戦いだ。
だから、一分で決着をつけたいところだった。けど、まさか五分が経っているのにまだ一人も仕留めていないとは、考えもしなかった。
それに、自分と同じ……いや、それ以上頭を酷使しており、とっくに頭に限界が来たはずなのに、誰一人としてもミスはしない。
(こちらは装甲があるから、多少の余裕はあるが……このままだと危険だ)
と、そう思って捨て身でもいいからとにかく一人を仕留めると決めたときだった。
調波刀を使う赤髪の少女と金髪の少年が機甲歩兵とともに、急に守りを捨て攻めてきた。
自分と同じことを考えたのか。それなら好都合だ。こちらから動き出さずとも、向こうの隙をつくことが可能になった。
「おや、焦ってきましたか」
口の端を吊り上げて、こちらに振り下ろされた機甲歩兵の刃を横から断ち切る。巨大な刃が地面に落ちるのを待たずに、機動力を奪おうと機甲歩兵の足部分に鉄の塊を打ち込む。
相手が勢いよく突っ込んできたおかげで、今度は外さなかった。さらに照準を合わせてきたガトリング砲も切って、機甲歩兵の武装を全部潰した。
しかし、もともと捨て身できたつもりらしい。機甲歩兵は動きを止めることなく、切り刻まれた機体でそのまま突っ込んできた。予想外の動きに戸惑っていると、刃を装着していた手で装甲ごと掴まれた。
機甲歩兵の装甲を纏うことで得られた最大のメリットは機動力だ。それを封じられると、残る優勢と言えば防御力の高さしかなくなってしまう。
それを分かっているのだろう。沙季と啓が同時に調波刀を博之の急所を狙って振るってきた。
しかし、それは悪手だ。調波刀は論外次元を調整することができても、単純な物理的破壊力なら、むしろ火薬兵器のほうが勝る。
「調波刀ぐらいで、この装甲をどうにか……うん?」
ふと、二人と機甲歩兵の後ろ、最初から戦いに参加せず、ただ倉庫の前に見守る男のほうに視線を向ける。彼は倉庫の壁に手をかけ、蓋と思しきものを開ける。そして、そこにあるボタンを……
「トラップですか。ふむ、さすがに何がくるか分からないと少々まずいですね。では、逃げるとしましょう」
「逃がすかよ!」
「そのボロ装甲、切り裂いてやる!」
調波刀を振ってきた二人の叫び声を無視し、自分を掴んだ機甲歩兵の手に刃を差し込む。力を弱めてから、装甲の足部分にある靴板を起動して上に飛ぶ。
次の瞬間、足が軽くなった感じがした。そこに目をやると、足の部分はいつの間にか消えてしまい、切断面を残していた。どうやら、首に狙って全力で振ってきた調波刀が、上に飛んだせいで足の部分に命中したらしい。
これじゃ、立体の移動はできなくなるのだが……
「ふん、間一髪ですね」
さっきいた場所は錨に囲まれ、空間にノイズが走った。あそこから動かなかったら、今頃は調波され戦えなくなっただろう。
とはいえ、追撃から逃れたわけじゃない。沙季と啓といったか、調波刀を持つ二人は自分と同じ、調波される前に錨に囲まれる空間から離れ、上方にいる自分に追い打ちをかけてきた。
さっきと違って、ここは空中だ。そして、沙季と啓には靴板を装着している。靴板が切り離された自分が圧倒的に不利ということになる。
「少々、不快ですね」
呟くと、沙季と啓が同時に逆方向に移動し、そして左右から調波刀を斬り込んでくる。
空中戦での不利、調波刀に肉体を斬られたら調波される弱点。これを狙っているだろう。だが、まだ甘い。
「これで勝ったつもり、ですか」
「……ぐ」
「かはっ」
調波刀に斬られる前に突っ込んできた二人に鉄の塊を打ち込む。機甲歩兵のパーツさえ破壊できる威力だ。生身の人間がまともに受けたら即死だろう。
実際、すんでのところで調波刀で防いだ沙季と啓も喀血して、力をなくして地面へと落ちていった。
機甲歩兵、手練れな調波器使い二人はやっつけた。残りは後衛専門らしき大男とメガネをかけた男二人。
大男のほうは重機関銃を持っているけど、せいぜい装甲にくぼみを作る程度の威力だ。メガネのほうに至っては戦闘能力がないように見える。
「どうやら、捨て身作戦は失敗のようですね」
状況の分析を終えて、博之は勝利を宣言するかのように笑いながら宣言し――違和感に気づく。
口元に血を残して落ちていく二人は、自分と同じような笑顔を浮かべているのだ。
それに気づく同時に、町の周囲は光った。
普通の光じゃない。弾丸や砲弾やほかの火薬を用いる兵器が連続発射されることによって灯された、発砲瞬間の光だ。
「それは……。――ッ! ま、まさか――ッ!」
靴板が与えた運動エネルギーが尽き、体が一瞬静止した瞬間、彼は確かに見た。
町を守って外に向けたはずの、墓守防衛線の兵器が、種類を問わずに全部自分へ指している。
狙撃銃のような対人武器から、ミサイルのような泥を殺すための兵器まで、ありったけの弾薬を使ってぶちかましてきた。
そしてなにより、墓守の武力の象徴である地対空ミサイル五百六十三基。
旧時代の産物とはいえ、対大型兵器を想定して作られたミサイルだ。たかが機甲歩兵の装甲なんてで防げるわけがない。何発もぶち込まれたら装甲と共に体がバラバラになるのがオチだ。旧時代の世界大戦を目にした博之にはそれが身をもって知っている。
「なるほど、あの命知らずの攻撃は、靴板だけが狙いと」
さっきまで余裕の笑顔を浮かべた顔が不愉快そうに顰める。
だが、そこにあるのは怒りであって、絶望ではなかった。
「ですが、これも切り札でしょう。少々勿体無いとも思いますが、使わせてもらいますよ」
懐から一個の錨を取り出して、目の前で軽く上に投げる。
普通の錨より少しだけ大きく、式が少しだけ複雑な、ユートピアを壊滅させたものと同じタイプの錨。
迫ってくるミサイルが命中しかけた瞬間、起動した。
「――鉄棘の廃宮!」
何もない空間から、大量の鉄が洪水のようにあふれ出した。
まるで周囲の空間を食い尽くそうとしているかのように、ただひたすら増殖し、増殖し、増殖し続ける。
その表面にミサイルや弾丸、砲弾が炸裂し、夥しい轟音を響かせ鉄を抉り続けているのだが、鉄も成長を止めずに抉られたところを修復し、さらに貪欲に拡大する。
空間を喰らうように広がる鉄の森と、それを容赦なく抉り取るように炸裂する火薬兵器。
防衛線に配備された全武装を用いる全方位攻撃が、三十秒の間に、圏外都市H9の上空に耐えずに爆発を引き起こし続けた。
その三十秒間で、都市全体は轟音と爆発の光に覆われていた。墓守という組織が災変対策に備えた兵器のすべてを使ってぶつけた火力によって、博之を守る鉄も成長を止め、ボロボロでくぼみだらけの鉄球を空中に残した。
しかし、穴はなかった。起動された式が内部にいる博之を見事に守ったのだ。
(これで、墓守の策も尽きたでしょう)
鉄球が地面に落ちたのを感じて、手足を動かす。あとは鉄球が完全に崩れるのを待ってから、残りの二人をやっつけて、それから二十一号倉庫の扉を開ければ、こちらの勝ちだ。
鉄棘の廃宮――ただひたすら鉄元素を高速で増やし続ける式だが、攻撃にも防御にも使える、案外汎用性の高い式だ。もともとは透矢か嵐司に遭ったら使うつもりだが、これはこれでいい。
「さて、では――」
――「お前か、鉄宮のボスとやら」
唐突に、背後に声が響いた。
言葉の意味を理解した同時に、体が急に軽くなった気がする。視界も明るく、肌に空気の冷たさが伝わる。
いつの間にか、体の外にまとった装甲と、さらに外で自分を守っていた鉄球が両断されたようだ。
「な……っ、お、前……は……」
振り返ろうとして、背中の筋肉に力が入らなくなったことに気づく。脊髄とともに切られたようだ。
一太刀で守りを無視して守られた体に傷つける。理不尽な現象。間違いない、墓守の所持者の仕業だ。
「ささめ……と……」
「喋らなくていい。おとなしく死ね。これで償えるとは思えねぇが」
次の瞬間、体が冷たい何かに貫かれたと感じた。
だが、その感じは遠く、自分のものではないようにも感じる。
*
「と、透矢!」
「沙季か。大丈夫か」
「だ、大丈夫だよ。ちょっと痛いんだけど、大したことじゃないわ。それより、その……助けてくれて、ありが……」
「かっこよかったぜ。沙季が惚れ直したところだ」
「はぁ⁉ 別にそんなことはな――、くもないけど――ッ⁉」
博之を撃破したあと、沙季と啓は痛む腹を抱えながらも笑顔を忘れず透矢のところに歩いていった。続くように、存人と大樹も近づいてくる。残りは六実だが、こちらは残念ながら、任務中でまだ機甲歩兵から出るわけにはいかない。
『お兄ちゃぁぁーん。間に合ってくれるって信じてたよ――!』
「うるせぇ。急に叫ぶな」
急にインカム越しに叫ばれて、透矢は耳を抑えて顔をしかめる。
危ういところに間に合って、鉄宮のボスを仕留めたのだが、ユートピア侵攻作戦は失敗に終わった。町も侵入され、ここは無人区とはいえ、戦闘の余波で周囲に被害が及んだのはこの惨状を見ればわかる。勝利した実感の欠片もない。
その上、さっき遠くから見たのだが、あの全方位の連続射撃、防衛線の武器はだいぶん使われていただろう。今はよくても、これから泥や血霧に対抗する手段が少なくなってしまう。
「……クソ」
もし、自分がもっと強ければ、凪乃がくることがなくても、とっくにユートピアに攻め入れられた。そうすれば、こうならずに済んだかもしれない。
それに今回もそうだ。もっと早く帰ったら、被害は抑えられただろう。嵐司も足止めしなくて済――
『お兄ちゃん!』
叫ぶなという透矢の願いを無視し、加苗は透矢の思考を声で物理的に断ち切るかのように大声を上げた。それがインカム越しに鼓膜を震わせる。
『まだ終わってないよ。住民たちは防衛線まで避難させたから心配しなくてもいい。だから、今は任務に集中して。その代わりに、あたしの胸で泣いたり、頭を撫ででもらったりしたかったらしてあげるから』
「そ、そうだよ。何があってもあとで言おう。あたし、ちゃんと聞くから」
「え? わ、私も……! ……です」
加苗に続いて、沙季と六実も声を上げてきた。さすが透矢と一緒に行動することが多いというべきか、透矢を励ます方法をよく心得ている。
「そう……だな」
皆の言う通りだ。今回の任務は失敗したが、全てが終わったわけじゃない。今すべきことは、今回のことを終わらせ、次に向かって努力することだ。
幸いなことに、町に残った皆は無事のようだ。なら、いくらでも立ち上がれる。
それに、ユートピアと鉄宮を潰した今なら、短期間とはいえ、墓守は外からの侵攻を恐れる必要がなく、安心して全力で町つくりに専念できる。
残るのは、新しい調波器の供給源を探すことだけだ。
なら、へこむ場合じゃない。まずは嵐司を迎えにいって、凪乃をどうにかして、それから次の作戦に切り替える。
「六実、武器を替えてこい」
「は、はい!」
「沙季、啓、調波刀の整備を三分で終わらせろ。十分後、防衛線で合流する」
「「了解!」」
いつも通り、聞くだけで心強い返事だ。
墓守、圏外を守るために作った組織。
一度、凪乃の言葉で自分のしていることは正しいかどうか迷ったが、皆を見ると、不思議と自分を信じていい気がする。
立ちはだかる困難はあるだろう。犠牲もあるかもしれない。けれど、今自分が、皆がしていることは間違いなんてない――
――透矢のしてることは正しい。
「―――ッ!」
唐突に、凪乃に言われた言葉が頭を過る。
感情も、温度もなく、思い出すだけで頭を冷やさせる声。
しかし、それは決して口調だけの問題じゃなく……
――だけど、無駄な正しさは、悲劇しか生まない。
続かれた次の言葉が、あまりにも残酷で、現実になりえるだからだ。
「………ッ!」
得体の知れない恐怖に心が握りつぶされそうで、透矢は無意識的に手を伸ばし、離れていく仲間を止めようとする。
その、瞬間だった。
――バン! バンバン、バン!
二十一号倉庫の重厚な金属扉は轟音を立てて、内部からの衝撃で変形した。離れたところにある廃棄された街灯も衝撃の余波で激しく揺れる。
紙のようにぐちゃぐちゃにされた扉だった金属の塊は――倉庫内から突き出してきた触手に飛ばされ、遠くへと飛んでいく。
分厚い鱗に覆われた触手だ。
何トンがある金属扉を吹き飛ばしてなお勢いを弱めることなく、列車のように地面を抉りながら突っ込んできて――近くにいた存人の下半身を潰した。
「あ……れ?」
何が起こったかわかる暇もなく、存人の下半身はすでにバラバラの肉と飛び散る血となった。一拍遅れて、残された上半身は重力に引かれ驚愕の顔を残したまま地面にぺちゃりと落ちる。
「あり……」
声が、うまく出てこなかった。何かが間違って幻覚でも見ているかのような気分だ。
さっきまで笑顔で傍にいたのに、今はただの人体のパーツになって、血だまりに倒れている。
何の理由も、前触れもなく、暴力的で、残酷で、理不尽で不条理で、だがだからこそ、何よりもリアルな、死。
「存人――ッ!」
――バン、バン! バン! ゴン!
――ゥゥウウウオオオオオオンンンンンンンンンンンンンン―――――!
壁が突き破れた音や、遠くの地面にぶつかった金属扉の夥しい轟音、倉庫内から響いた鼓膜を破るほどの鳴き声に、透矢の無力な慟哭はいとも容易くかき消されてしまった。
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