第五章  作戦と誤算と 4

 約五分前。圏外都市H9・無人区。

「か、加苗さん、なんかやばそうなのが現れたのですが」

 存人は乾いた笑みを浮かべながら、震える手でメガネを持ち上げる。

 ここは二十の倉庫のどれでも属さない独立した二十一号倉庫。ほかの組織はおろか、ここに暮らしている人々にもほとんど知らされていない、墓守が秘密裏に保有する倉庫だ。

 そこに侵入されるだけでも十分に警戒すべきなのに、それが防衛線を潜ってきたとなればなおさらだ。

『う、嘘。だって存人くんのいた場所……』

「二十一号ですよ。ああ、クソ」

 苛立たしげに言いながら、懐から拳銃を取り出し、穏やかな足取りで近づいてきたフードを被ったものに銃口を向ける。

「止まれ! じゃないと撃つぞ!」

 存人の声に反応したのか、フード男はぴたりと足を止めて、ゆっくりとフードを脱ぐ。

 中老の男性だった。歳のわりに朗らかな笑顔をしている。

「これは失礼。少々、墓守に用があってな」

「用……? なんだ?」

「いや、ただ、ユートピアに注文した品物は、なぜかあなた方のところに預かることになったようで、それをもらいに来ました」

「ユートピア……? お前、まさか――」

 一瞬戸惑ったが、すぐ男の言っている意味がわかった。

 ユートピアの品物。墓守が奪ったものはもともと、鉄宮に運送する予定のものが多かった。それをもらいにきたっていうことは……

「お前、鉄宮の人か」

「正確に言うとボスの博之ひろゆきですが、この際は良しとしよう。それともう一つ。今さら奪ったものを返してなど、できそうにないことは言いません。その代わりに」

 どこまでも親切な笑顔で、軽く手を上げ、存人の背後の倉庫を指さす。

「あの倉庫の中のもの、いただくことにしますよ」

「そりゃ、ありがたい提案だね」

 額から冷や汗が流れてくる。

 二十一号倉庫に保管されるものをもらいに来る。果たして、博之ひろゆきは自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。

「けど、それは無理じゃないか」

「ほう、どういうことでしょうか。私を止められるとでも? 所持者の二人が留守なのにですか」

「なるほど、透矢たちを遠ざけるために、いろいろ働いたようだね。でも、ちょっと勘違いしてないか?」

「というと?」

 孫の戯言に付き合うお爺ちゃんのように、柔らかい笑顔で存人の次の言葉を待つ博之ひろゆきだが、不意に背後から殺意を感じて。

「これは」

 振り向く矢先に手を伸ばすと、手のひらに何かがぶつかって爆発した。視界が一瞬でおびただしい煙にを遮られれう。

「盛大な歓迎ですね。しかし、この私に銃や砲弾など通じると思わないでほしい。所持者がいなければ――」

「――あんたみたいな雑魚、透矢が出るまでもないよ」

 煙の中から、鋭い斬撃が二つ銀色の光を曳いて、それぞれ腹と首を狙って放たれてきた。

「調波刀ですか」

 片手で砲弾を防げる人間なんていない。いるとしたら、所持者の攻性理論化、論外次元による兵器が起こした効果だ。そんな相手に、肉体へのダメージは砲弾や弾より少ないけど、論外次元による防御を削ることができる調波刀が打ってつけだ。。

 それに、それだけじゃない。逃げた先にはいつの間にか姿を現した機甲歩兵が待っている。逆方向にも、一人では持てないはずの重機関銃を構える大男の姿も見えた。先制するどころか、初手で戦いを終わらせるつもりらしい。

 何の言葉も交わしていないのに、咄嗟でこんな連携を取った墓守の戦闘員を見て、それが噂に聞いた、墓守のボス左雨透矢の第一部隊だすぐ分かった。

「ならば、私も少々、本気を出さねばなりませんね」

 だが、どうということはない。いくら手練れといっても、所詮一般人だ。厄介な所持者がいなければ――

「な――」

「……チッ」

 調波刀の刃に触れた寸前、素手で刀身を摘んで、攻撃を仕掛けた沙季と啓を一緒に投げ出す。

 同時に、能力を発動させる。

「失礼ですが、ここから先は、一方的に蹂躙させていただきますよ」

 調波刀を手にする沙季と啓。六実が操縦する機甲歩兵。防衛線から駆けつけてきた大樹。

 その前に、博之は柔らかい笑顔を浮かべ、羽織ったコートを脱いだ。その下に傷跡だらけの手足が露わになった。それを合図に、博之ひろゆきの体を覆うように、何もなかった周囲の空間に重厚な装甲が生み出された。

「私、君たちと違って旧時代の人間でね、昔の優しい地球を生きていましたよ。そのせいで、攻性理論なんて持ってませんし、新時代のこの世界はどうにも慣れませんが……、幸い、昔の仕事の都合で、機甲歩兵には詳しいでね。中央都市に入るとまではいけませんが、機甲歩兵の軍団を作ったり……、自分を機甲歩兵にする式を骨に刻むことぐらいはできるんですよ」

 元の体より一際大きい装甲が隙を残さずに組み立て、両手に当たるところに巨大な刃が突き出す。背中にも射出武器と思しき鉄の杭が装着される。

「ですから、抵抗しないでおとなしく倉庫の中のものを……といっても従わなさそうですね」

 機甲歩兵を構成する鉄を式で生成し、かつ予め式に書き込んだ指令で組み立てさせる。もともと図体のでかさが弱点になりやすい機甲歩兵だが、人間の体にまとうことで、その欠点もなくなった。戦闘力としては所持者と互角だろう。

 しかし、それがなんの問題でもないと言うかのように、博之の話が続いている最中に、すでに沙季と啓が目の前まで来ていた。

「そんなの――」

「――当たりめぇだろうが!」

 出現した機甲歩兵の頭に、調波刀による斬撃が放たれた。


     *


 圏外都市H一〇、ユートピア。

 鉄宮の機甲歩兵軍団に囲まれ、二一号倉庫が襲撃された知らせを同時に受けたあと、、透矢はすぐ待機していたメンバーに撤退の命令を出し、嵐司と合流しようとユートピア正面防衛線に向かった。

 振り返って見ると、中心部を完全に占拠した歪な鉄の森が目に入る。とりあえず成長は止まっているらしいが、いつまでもおとなしくしてくれる保証がない以上、ここに長くいるわけにはいかない。拠点が襲われているならなおさらだ。

 一刻も早く戻らなければならない。……そう思って空間を蹴ったところ、ふと気づく。

 なぜか背後についてきていたはずの凪乃は移動を止め、廃墟の間に着地した。

「おい、なにやってんだ! 今すぐ戻――」

「どうして?」

「どうしてって、状況わかってんのか!」

 凪乃の前に来て、調波刀で後ろを指す。

 だが、凪乃は動くことなく、代わりに透矢の心を見透かすような目を向けてくる。

「わかる」

「わかってんなら――」

「透矢は、管理省に入るの?」

「―――ッ!」

 一瞬、全身が凍った。

 そういえばそうだった。いったい自分はいつから凪乃を仲間だと思っているのだろう。

 彼女がここにいるのは、ユートピアの物資で墓守の状況を改善し、そのことで透矢に勧誘を応じさせるためだ。だが、ユートピアが壊滅した今、それもできなくなった。

 さらに言うと、墓守がどうなろうと、凪乃には関係ない。墓守がなくなって透矢が居場所をなくしたら管理省に入る確率も高くなるところを考えると、墓守の壊滅は凪乃にとって都合がいいとさえ言える。

「そういや……そうだったな。……お前、調波官だったな。なんでてめぇなんかに期待しただろう……」

「勧誘に応じたら、協力する」

「いらねぇよ。俺が何とかする」

 吐き捨てるように言うと、踵を翻しここから離脱しようと空間を蹴――ろうとしたが、やむなく動きを止めた。

「透矢」

 無感動な声が響く。同時に、耳に冷たい何かがかすめた。

 何が起こったのかまだわからないうちに、首に冷たい金属の感触を覚えた。

「戻らないでほしい」

 水銀の鎌だ。凪乃が持つのにバランスが悪すぎる巨大な鎌はいつの間にか出現され、透矢の首にかけられている。耳に装着したはずのインカムも落とされた。

「……何の真似だ」

「管理省に入ると、墓守の問題も解決できる。中型調波器で、安定な環境が……」

「そんなこといつまでも言ってんじゃねぇ! 街が襲われてるぞ! 今この瞬間でも人が死んでいるかもしんねぇのに、お前の冗談に付き合う暇がねぇんだよ!」

「……冗談じゃない」

「なら俺の首にかけたこのクソでたらめな武器を外せ」

 言いながら大鎌の刃を掴んで外そうとしたが、華奢な腕からは思えない力で大鎌はびくりともしない。それに、湾曲した刃の内側に囚われてしまったせいで、逃げようとしても逃げ道はない。

「外さない」

「お前いい加減にしろよ!」

「勧誘に応じたら、一緒に戻る」

「さっきも言ったがこの状況で俺を脅かしても無駄だ」

「でも……」

「それに、忠告しておく」

 珍しく凪乃の声に非難の色が帯びたのに気付かず、調波刀を握り直す。

「あんまり、墓守をなめるんじゃねぇ」

 この状況だ。もともと戦力が劣る透矢にできることなんてないはずだ。いや、実際透矢には何もできないだろう。

 しかし、その低い声が空気を震わせるのと同時に、凪乃の背筋に悪寒が走った。

 半ば本能任せに、刃の部分に集まった水銀を反対側の先端に移し、枯れ木のような形に変形させる。すると、形作られた無数の枝に、勢いよく飛んできた巨大なガラクタがぶつかり、水銀の枝に突き刺さった形で止まった。飛んできた勢いが生じる衝撃波が遅れてラベンダー色の長髪を激しく揺さぶる。

 拘束から解放された隙を見逃さず、透矢が素早く調波刀を凪乃に振りかかったが、凪乃は足を動かすことすらなく――それどころか、手を動かすこともなく、ただ枯れ木の形を解け、水銀を透矢のほうに移動して、また鎌の形を作る。巨大な刃が、耳障りの音を立てて調波刀を超面から防ぐ。

 と思ったら、まるで凪乃に休む暇を与えないかのように、また上空から二つ目のガラクタが飛んできた。さすがにこれは距離を取らないと無償では済まないと判断したのか、凪乃軽く地面を蹴って靴板で落ちてきた金属の何かを避ける。

 目を凝らしてみると、それがめちゃくちゃにされ、元の形を想像することもできなくなった機甲歩兵だった。

「よう、透矢、ピンチじゃねぇか」

 機甲歩兵をこんないびつな形に捻じ曲げ、投げてきたのは誰かを考えるまでもない。聞き覚えのある声が少し離れたところに響いた。

「認めたくないがな。あと、俺もいるから全力で投げんな」

「またまた、全力出してねぇってわかってるくせに。本気だったらクレーターの一つや二つはできてたぜ」

 服がボロボロで、遊園地のバイキングの刺青が丸見えになった嵐司だ。

 助けを求めさせないように、先にインカムを落としたはずだが……

「……二個ある」

 予備がある可能性を思い出し、大鎌を構え直す。

「とにかくだ。ここは任せた」

「ああ、任せろ。お前はとっとと戻って鉄宮のボスをやっつけろ」

「………」

 嵐司と短く言葉を交わしてから、すぐ離脱しようとした透矢に追いくように、凪乃も靴板を起動しようとしたが、それを叶わせるほど嵐司は優しくなかった。

「まあ、そう焦んな」

 凪乃が動き出すより早く空間を蹴って、素手で殴ってきた。それを水銀で作られた壁で防いだが、止まるどころか逆に勢いを増した拳に、水銀の壁は力ずくで砕かれる。

「透矢が管理省に入らねぇって決めたら、お前と戦うって言ったな。昨日したばっかの約束だ。果たさせてもらうぜ」

 血と肉と水銀が飛び散る中、嵐司は嗜虐的なまでに愉快そうな笑顔で言い放った。

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