第四章 それぞれの目に映るもの 3

 お祭りは夜七時に始まった。

 学校のグランドだった会場に、照明や焚き火が設置され、並んでいるテーブルの上に、普段のパンと野菜しかない配給から考えられないほど、大量の肉料理が置かれている。

 生物にとって生存不能な環境と言っても過言ではない圏外では、相当に贅沢な料理だ。そのためか、テーブルの間で立ち食いしている人は誰もが幸せそうな笑顔をしている。

 さらに視線を伸ばすと、離れた建物の屋上にちらほらと人影が見える。今まさに大調波の準備をしているところだ。都市全体を覆うように、錨を空中にばらまく予定だから、今都市の中を見てまわったら、屋上で同じことをしている墓守メンバーも見えるだろう。

「おう、来たな」

 と、沙季たちを見つかったのか、テーブルの間の人ごみから、急に声が掛けられてきた。

「羽月も一緒か。どうだ、墓守の街は。素晴らしい場所だろう」

 手首や肩のあたりに入れた刺青、金属と思しき銀色の髪、それと血のような赤い目。

 凪乃の勧誘対象の一人で、透矢と同じ所持者である嵐司だ。

 今は前夜祭のご馳走を楽しんでいるところらしく、骨付きの鶏もも肉を手で掴んで、にやりと愉快そうな顔で歩いてくる。

 とはいえ、別に返事など求めていないようで、適当に聞いてから視線を沙季に移すと、無造作にしょんぼりしている沙季の頭に手を置く。

「で、こいつがなんか落ち込んでるのは羽月のせい?」

「えっと、半分……かな? あはは……」

「……?」

 六実は少し考えてから、困ったような笑みをこぼす。そんなやりとりに、凪乃は理解できずに目を瞬かせる。

 すると、隣にいる啓がくだらないものを見た目で吐き捨てるように口を開く。

「自爆だ。いつものようにな」

「ああ、またか。お前な、もうちょっと素直になったらどうだ? いつまでも片思いちびっこでいるつもりだ?」

「だれがちびっこだ!」

 嵐司に言われ、反抗しようと頭を上げたが、嵐司は全く意に介さずにガシガシと乱暴に撫でてくるせいで、また頭を押さえられた。

「片思いを否定しねぇか。素直な子、俺ぁ嫌いじゃねぇぜ」

「この――透矢と一緒に墓守を立てたからって――」

「はっ、男の友情をなめんな。実際、明日透矢と一緒に行動するのは俺だからな。悔しいだろう」

 楽しそうに嵐司が笑う。

「ぐ……それは……って違あぁぁう! それはあんたが所持者だからって、そういうのと関係ないでしょ!」

 嵐司の手から逃げて、警戒しているネコのように腰を落とす。

 赤い髪もネコの毛みたいに逆立つじゃないかと思わせる沙季を前に、嵐司はただ振り解かれた手をひらひらさせながら軽々しく笑う。

「そういうのってどういうのなんだ?」

「それは――別にどうでもいいでしょ⁉」

「そうだな、別に皆知ってるからどうでもいいか」

「――っ! ……うう」

 また何かを言い返そうとしたが、周りの人の視線に秘められた気遣いや哀れみに気づいて、がっくりと肩を落とす。

 それから、涙目になるのを堪えながら、凪乃の前に来ると、肩に手を置いてくる。

「……羽月ちゃん。あの人たちのようにならないでよ」

 新しいメンバーを最後の希望だと思って縋るようだ。

 凪乃は一瞬対応に困ったように目を瞬かせたが、すぐ沙季を安心させようと口を開く。

「大丈夫。足、引っ張らないから」

「……うん。……? ほぇ?」

「明日、透矢と一緒――」

「あ、わわわ、待って! それ以上言ったら……!」

 凪乃が言いかけると、隣から六実が慌てて制止の声を上げた。が、もう遅い。トドメはすでに刺した。

「は……ははは……そ、そうよね。所持者三人のほうがいいよね。超精鋭部隊だからね。止められないからね。うん、知ってるし、それぐらいちゃんと知ってるし……別にあたしに何か問題があるわけではなく、ただ所持者同士のほうが……」

「さ、沙季、大丈夫ですよ。私も防衛ですから!」

「うん、一緒に頑張ろう。はは、ははは……」

 自嘲めいた笑みを浮かべながら、よろよろとどこかへ行く沙季と、それを追いかける六実を見て、同じ第一小隊の啓も嫌そうな顔をしているが、ちゃんとその後を追っていった。

「賑やかな小隊だな。透矢と違って」

 離れて言く第一小隊の三人を、嵐司は呟きながら笑顔で見送ると、ふと後ろからの視線に気づいて、振り返る。

 さっきまで一歩たりとも動いていない凪乃は、無言で嵐司に紫色の目を向けている。

「すっかり……とは言わねぇが、ちゃんと仲間のふりしてるじゃねぇか。演技はできないほうだと思ったぞ」

「そう」

「で、お前はこれからどうしたいんだ? 調波官様の口に、俺らの料理が合うとは思えないが」

「……」

 嵐司の言葉を聞いて、少しだけ目を動かせる。テーブルに並んだ料理を一通り見てから、視線を戻す。

「似たようなものだから」

「そりゃどうも」

「透矢は?」

 無表情のまま、抑揚のない声で聞く。恐らく、勧誘の話がしたいのだろう。

 あくまで感情のこもっていない目を向けてくる、心のない人形のような凪乃を前に、嵐司は思わず笑いをこぼした。

「透矢ならここにいないぞ。前夜祭には参加しねぇんだ」

「どうして?」

「理由か。お前もわかると思うがな。ほら、ここ圏外だろう。所持者がいたからって、皆の安全が保障されるわけじゃねぇ。こういう大規模な作戦にゃ死人は必ず出る。それは透矢が自分のせいだと思っているんだ。その結果を事前に受け入れるために、作戦の前日はいつもどっかで一人で考え事をしてる」

 夜空を仰いで星を眺めながら、嵐司は息子の話でもしているかのように、仕方なさそうに笑う。とはいえ、凪乃には嵐司の言葉に込められた感情を理解できなかった。

 彼女はただ必要な情報のみを抽出し、さらなる情報を得ようと口を開く。

「どこにいるの?」

「さーなー」

 抑揚のない声に聞かれると、嵐司は肩をすくめる。

 それから、残った鶏もも肉を噛み千切り、骨をゴミ箱に捨ててから、テーブルに置かれた雑巾で手を拭く。

「なんなら、知ってそうな人のところに連れてやってもいいぜ」

「……?」

 一瞬、嵐司が何を言っているのか理解できなかった。透矢の仲間で、勧誘のときにも断ったはずの嵐司が、自分を透矢に会わせることにためらいがないのは、どう考えてもおかしい。

 そんな凪乃の考えを見透かしたかのように、嵐司はにやりと唇の端を吊り上げる。

「そんなに警戒するものじゃねぇだろう。言っとくが、俺ぁ管理省に入っても入らなくても、別にどうでもいい。断ったのは、透矢が断ったからだ」

「……?」

「お前は、透矢はどんな人だと思う?」

 無表情で首を傾げてきた凪乃を正面から見据えて聞く。

「……透矢」

 考えているのか、しばらく嵐司を見上げるまま瞬きもしなかった。

「第二攻性理論所持者、強い。中央都市が嫌い」

 いつかの夜で、凪乃への印象を聞かれた透矢が口にしたものに似たような言葉だった。

「透矢と似たようなこと言ってんな」

「でも、わからない」

「わからない?」

 その言葉に、嵐司は興味深そうに赤い目を細める。凪乃は軽く頷く。

「透矢、何を考えているのか、わからない。やってること、効率的じゃない。リスクも高い」

「ま、お前ならそう思うか」

 凪乃の言葉を聞いて、嵐司はさっきと同じような、微笑ましい子供でも見ているような目を凪乃に向ける。感情のない人形が初めて見た感情を前に首を傾げる姿を眺め、愛らしいと思う同時に、どこか可哀想にも思う表情だ。

 そんな人の感情の機微を読み取ることは、機械的な思考しかできない凪乃には無理だが、それでも、それは敵意とは逆なものであることは感じ取れる。

「嵐司、中央都市、嫌いじゃない?」

「好き嫌い以前にどうでもいいって思うからな」

 愉快そうに唇の端を吊り上げる。

「俺にゃ透矢みてぇな大層な理想なんかねぇ。動く原因は面白そうだけで十分だ。人間って、結局そんなもんだと思うぞ。まあ言ってもお前にゃわかんねぇだろうが」

 言いながら、凪乃の背後、つまり出口の方向に歩く。

「何突っ立ってんだ? 透矢のところ行くだろう。居場所知りそうな人のところに行くから、ついてこい」

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