第三章  抗うものの町 1

「諸君! よくぞ集まってくれた!」

 圏外都市H9、その中心部付近にあるオフィスビルを利用して作られた墓守のアジトで、加苗は高らかに声を張り上げる。

 会議室に当たる場所はそれなりに広いが、今は席に着いた人々以外にも立って話を聞く人が大勢いて、所狭しと詰めかけている。

 ほとんど黒一色の服を着ている墓守の各部門の隊長、小隊長に当たる人物の集まりだ。

 中でも、組織の内政管理を務めるメガネをかける青年と、防衛線の統率を任された大柄な男など、加苗たちに次ぐ組織の重要人物がいる。

 そんな彼らは皆、困惑と期待を込めた視線を演台で自信に満ちた笑顔を浮かべる加苗に送っている。

「今日、皆に集まってもらったのはほかでもない。墓守の将来を左右する行動について、皆に伝えたいことややってもらいたいことがあるのだ!」

 どこか興奮気味に身を乗り出し、語り掛ける。橙色の目を輝かせるその姿から、自分のこれから言おうとすることに絶対の自信を持っているのが見て取れる。

「なので! あたしはここで皆に――」

「ちょっとタンマ。このまましゃべらせてしまうと、あと十分ぐらい意味わからない話を聞くことになると思うので、先に要点を話してくれますか」

 加苗の言葉を遮ったのは、内政管理を務めるメガネの青年、存人ありと

 背は高くも低くもなく、全体的に知的なイメージがする人だ。彼は短い髪を掻きながら、嫌なことでも思い出したのか、苦々しい顔を加苗に向ける。

「透矢さんたちが持ってきた調波器は二十号倉庫に置いてありましたから、早くリストアップしないと投入できませんよ」

「ぐ……いきなりあたしの話を……。そこの存人くん!」

「……? どうしました?」

「女心がわかってない! 存人くんはこれから、これまでと同じように彼女ができないと、ここで宣言するっ!」

「ちょっ、いきなりなんてことを言い出すんですか! っていうか宣言って、せめて呪うとかで言ってくださいよ」

「やれやれ、わかってないな。だから存人くんはあらしんみたいにできないんだよ。まったくもう」

 明らかになめている調子で、加苗は口元を歪ませ、存人に軽蔑な眼差しを向けながら首を横に振る。

「嵐司さんは例外です! っていうか論外です!」

「論外次元だって最初は論外されてたけど、今は世界を左右してるもん! 二次元みたいな顔してる存人くんには理解できないけどねー、残念だね❤」

 てへっとわざとらしく笑って見せた加苗に、顔が完全に赤くなった存人はまた何かを反論しようとしたが、やがて諦めた。口では勝てないと知っているのだ。それに、冗談に付き合うより、加苗が皆をここに集めた理由を聞く方が有意義だ。

「あれあれー、平面みたいな顔してるって言われてて、反論できないのかな~」

「どうでもいいですよ、もう。で、今度は何がしたいんです?」

 ため息をついて、片目を瞑って聞く。

 すると、加苗は小さく拳を握り、よし勝った、と呟くと、こほんと咳払いしてから話を再開する。

「あー、うん。まず、一号から二十号倉庫についての報告は読んだ。はっきり言って、今のままじゃ、あと三か月しか持たない。血霧が町の真ん中に発生し、皆が死んじゃう」

 場の空気が一瞬で凍った。

 一号から二十号の倉庫。墓守の二十棟の倉庫に、それぞれ食料、武器、調波器などを保管していて、専門の担当者が管理している。彼らのまとめた資料は加苗が目に通し、組織のこれからの方針を決めるようになっている。

 だから、口調こそ軽いものの、加苗のあと三か月しか持たないという宣言には異常の重さがある。

「ユートピアもあたしたちが怖くて、あんまり近く来なくなったしね。でも、北には鉄宮があるし、こっちから仕掛けるわけにもいかない。つまり、滅びを待つしかない窮地に立たされていた!」

「立たされて、いた」

 加苗の言葉を静かに繰り返したのは、防衛線の統率を任された大樹ひろきだ。

 大柄な体付きで、そこにいるだけで存在感を感じさせるが、顔が大人しくて、口数も少ない。ただ毎日仕事をそつなくこなす生活を送っている。加苗たちからすれば、防衛線を全部任せられる頼もしい存在と言える。

 そんな彼が気になるのは、加苗が過去形を使っていることだ。

 気づいてくれたことが嬉しいのか、加苗が目を輝かせ、演台を勢いよく叩いて声を張り上げる。

「そう、墓守はそんなやばい状況に置かれていたけど、今は違う! なぜなら、今の墓守はもう昨日の墓守じゃないのだ! 現状を打破する策を、このあたしが思い付いたのだ!」

 仰々しく宣言し、一拍を置いてから、言葉を続ける。

「時間は一週間後。墓守は、圏外都市H8、ユートピアに侵攻し、やつらの全部をもらう」

 一瞬、無邪気な少女としてではなく、謀略家としての笑みを顔に貼りつけた。

「そのために、皆にも頑張ってもらうよ!」

 直後、すぐその笑みを収め、いつもの表情に戻る。

「ではでは、これからは皆の仕事について――」

「あ、ちょっと待ってください」

 と、話を先に進めようとした加苗に、存人が手を上げてきた。

「うう、また存人くん……」

「いや、何ですかその顔。ちょっとわからないところがあるんですが、ユートピアを攻め落とす考えは前にもあったんですよね。でも、加苗さんさっきも言いました。鉄宮が隙をついてくるかもって。あのときもこの理由で却下されたはずです。今の墓守の保有戦力はそのときとあまり変わらないと思いますが……」

「えー、変わったよー。昨日」

「昨日……?」

「うん、だって昨日、墓守の所持者が三人になったし」

 指を立てて、普通にとんでもないことを言い放つ。

 稀……確率で言えば、〇.一パーセント未満の確率でしか誕生することはない所持者。それがこの組織に三人目が現れたと、加苗が宣言した。


「……………」


 一瞬の沈黙。そして、


「はあああぁァァァァァ―――――⁉」


 会議室の中に、墓守の幹部たちの驚愕の声が響いた。

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