第二章 水銀の少女 1

 今から六十年ぐらい昔、人類はまだ西暦で年数を数える時代。

 当時の国際情勢によって、第三次世界大戦が勃発した。対立した両大陣営は優位に立つために、今までの研究で積み重なってきた結晶と言える武器を次々投入し、さまざまな地域で新しい戦場を作り出した。

 衛星兵器、核兵器、それとあの時代で生み出された新兵器の数々が、平然と投入された戦局だが、膠着状態どちらに傾くことなく、延々と続いていた。

 お互いに、相手の攻撃を防ぐための技術も、また戦争を継続する能力も持っているのだ。

 だが、このままでは最後は共倒れだと、どの国も薄々と気づいていた。今までのやり方や培ってきた技術では、予見できる未来は滅びの一つしかない。己の技術に詳しいからこそ、その予見には確信を持てる。

 とはいえ、だからって白旗を上げる国もどこにもいなかった。共倒れの未来を避け、かつ勝利を収めるために、各国政府は今まであまり力を入れていなかった、馬鹿げた話だと思われていた超能力、魔法などの研究を、本格的に始めた。

 もともとアメリカなどで、二千年代からすでに水面下でやっていたことだ。加えて、あの時代では、魔法と超能力を研究する、一般的には知られていない組織もそれなりの成果を上げていた。研究にはもってこいの時代背景だ。

 そんな環境の中、国は科学の理論を参考し、試行錯誤を繰り返していた。数年をかけてようやく理論らしい理論を作り出した。まだ使え物にならなくても、理論に沿って編み出され魔法式が機能し、今まで水面下でしか知られていなかった魔法や超能力が、広く知れ渡られるようになった。

 あの科学者が頭角を現したのは、そのときだった。


 ――無二の天才。


 これは、一人の科学者に対する、尊敬と畏怖を込めた呼称。

 人類史において、過去には一人もいなく、未来もまた超えるものがいないという、奇跡としか言えない絶対的な才能の持ち主に送る呼称だ。

 科学、魔法、彼女はあの時代で生み出されたすべての理論を理解、統合し、それがすべて一つの上位概念の影響によるものだと仮定、研究に取り掛かった。

 それから数年。

 彼女は、一人で論外次元の概念の提出、実在の証明から、理論体系の構築、さらに実践や応用まで、すべてを、たった一人の力でやり遂げて見せた。

 自力で世界初の調波器を作り上げ、研究成果発表会で各国メディアの目の前に起動させたのは、戦争始めてちょうど十年、彼女が十六歳のことだった。

 あのとき、世界の誰もが確信した。彼女より上、あるいは同格のものはもう二度度現れないと。だからこそ、彼女は無二の天才と呼ばれた。

 しかし、それはあくまで彼女という人物が成したことの始まりに過ぎない。

 西暦2046年。

 まだ数年は長引くだろうと予測された第三次世界大戦は、無二の天才による技術革新や新兵器で、たった一年で終戦を迎えた。

 世界はまた平和を迎えた。文明も、画期的な技術によって、また一歩前進できた。

 新たな時代が来たと。誰もがそう確信した。

 だが……

 終戦後二年、西暦2048年。

 新世界を作り上げたものだと言っても過言ではない、世界最高の栄光、富、権力を持つ無二の天才は、何の前触れもなく、唐突に、世界各地で対論外次元核兵器と言われる次元弾を作動させた。

 次元弾、それは当時最高の技術を用いても製作不可能な、彼女しか作ることも使うこともできない調波器であり、最悪と言われる、核爆弾をも上回る悪意を秘めた殲滅兵器でもある。

 論外次元の周波数を徹底的に乱すという唯一の目的のために作られ、対文明用の惑星レベル破壊兵器だ。

 それが、地球における論外次元を乱した。そのあと、次元弾を作動させた彼女は姿を消して、誰にも見つからなくなった。

 この世界のすべての現象に影響を与える論外次元だ。それが乱されることの意味することは、人類が数千年をかけて積み重なって信じてきた理論も、常識でさえも覆されたということだ。

 今まで異常とされたことは、日常になってしまった。

 もとより知られている災害はもちろん、過去一度もなかった、科学でも魔法でも説明がつかない、災変と呼ばれる新たな災害も頻発するようになった。

 例えば、複数の次元が乱され、生み出した変異災害、血霧。

 例えば、生命に影響する次元が乱され、生み出した変異生命体、黒屍。

 例えば、運命に影響する次元が乱され、生み出した運命災害による、事故死の大量増加。

 当時の人類文明を崩壊させるのには十分すぎる大災害だった。

 それを、人類は終末に次ぐ大災害という意味合いで、亜終末と名付けた。

 西暦の世界がそこで終わり、紀年法も新紀元に変えられた。だが、それで何かがよくなるはずもなく、人類は暗黒の八年を迎えた。

 ようやく解決策と言えなくもない解決策が考案されたのは、新紀元八年。人類は当時の技術を用いて、大型の調波器に囲まれた円形都市を作り上げ、都市内部の論外次元を正常に保つことに成功した。とはいえ、安全になった区域はあくまで中央都市と呼ばれる円形都市の内部で、外は相変わらず災変に襲われている。

 ただ、一つだけ、人類に以前に持っていない武器が増えた。

 それは亜終末のあとに生まれた子供の中に、稀に発生するもの。生まれながら、特殊な攻性理論を持ち、それを現象として発生できるもの。分かりやすく言えば、超能力の持ち主。

 人はそのものたちのことを、所持者と呼ぶ。

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