第一章  終末の空の下   2

 今から約三十年前、世界は終末を迎えた。

 だがそれは、終末映画か、旧時代の人間が予測したようなものじゃない。

 世界を終末へと導いた原因は、自然災害でも戦争でも疫病でもなく、ましてや隕石か宇宙人の侵攻でもない。

 壊し、崩壊させ、終末をもたらしたのは、次元だ。

 旧時代ではあいまいであった概念だが、次元はすべての概念の前提条件と言えるもの。分かりやすく言えば、世界で起こりうるすべての事象に影響する概念だ。

 例えば、三次元の空間と四次元の時間軸など、世界が存在する舞台自体が、次元に関わっている。

 世界そのものについての理論だ。

 神の部屋の喩え、という理論がある。

 その内容は平たく言えば、我々に神だと呼ばれる子供が、部屋で世界を組み立てている、というものだ。

 彼が指先で一つの点を描くと、第零次元が生まれる。その点を延々と描いては繋ぎ合わせ、線を作ると、第一次元が作り上げられた。

 さらに線を無数に作っては並べると、一つの平面が完成され、そこで第二次元が生まれた。さらに作り上げた平面を無数に積み重ねると、第三次元と呼ばれる立方体――空間――の出来上がりだ。

 そして、作り上げた「空間」の立方体を点と見做し、また最初の手順に沿って点で線を描けば、それが第四次元「時間」の完成だ。

 さらに同じ手順を繰り返し、無数の線を並べると、もう一つの平面が出来上がり。それは時間の線によって作り上げた平面、すなわち第五次元「平行世界」。

 そんな平面をさらに積み重ねてまた生まれた新しい立方体は「時間の立体」。――第六次元「多相互作用世界」だ。

 そして――さらにこの立方体を点と見做し、最初の手順に沿って同じことを繰り返していく――

 我々の生きる世界は四次元の世界だと、誰かが言った。それはつまり、我々は世界という神の作品の中の、たった一本の線を生きるちっぽけな存在だということだ。

 そう考えれば、この世界のあらゆる事象は次元によるもので、次元に干渉されていることは想像しがたくないはず。

「な、嵐司」

「なんだ?」

「俺ら、いつまで持つと思う」

「さーなー。俺ぁスケールの大きすぎることは考えないんで」

「だろうな、俺にもわからん。あれは加苗の仕事だ」

 またも苦笑が漏れた。

 とはいえ、それも仕方のないことだ。新紀元で年数を数える時代とはいえ、正規な教育などまともに受けたことのない二人の知識は、まだ西暦で年数を数える旧時代の人々とはあまり変わらない。

 理解できないのも普通だ。それでも、この世界をこんな惨状にしたものの名称ぐらいは知っている。

 論外次元エクスディメンション――旧時代では論外にされた次元理論。

 加苗から聞いた話によれば、論外次元はすべての次元の上位概念であり、すべての次元に影響を与えて理宇。神の部屋の喩えで言えば、神のいる部屋に当たるその場所と言える。

 子供がどんな作品を組み立てようと、それに影響を与える概念。――子供がいる部屋、それが論外次元エクスディメンションだ。

 それが、人の手によって乱されたから、この世界が次元が乱された星、乱脈次元惑星カオスディメンションプラネットになってしまった。

 嵐司の言葉を借りると、血まみれ泥まみれの世界に成り果てた。

 そんな中で人間は生き延びるために、終末をもたらす災害から身を守るための安全圏を築いたが、空間も物資も圧倒的に足りない時代だ。そんな安全な新設都市に入れてもらえない人のほうが圧倒的に多い。

 だから、透矢たちが墓守という組織を作った。墓場のように捨てられた圏外の人々を守る、墓守。ユートピアから論外次元の周波数を調整するための調波器を奪い続けてきたのも、拠点とする街や、街で生きる人々を守るためだ。

 しかし、それも最近限界が見えてきた気がする。

「なんかきっかけがあればいいが……」

「んなもん、自分で作るしかねぇだろう」

 ため息交じりの透矢の声と違って、肩をすくめた嵐司の態度はどこかそっけなかった。

「それもそうだな」

 相変わらず遠回しせずに思ったことを口に出す嵐司に、透矢が疲れたような笑みを浮かべる。それから、手の筋肉を伸ばすとテーブルに置いた幾何学模様の施された刀を手に取って立ち上がる。

「町の様子を見てくるよ」

「ついてってやろうか」

「いや、暇だったら防衛線に行け、泥が来ればぶっ潰せ。そのほうが向いてるだろう」

「はっ、分かってんな。そうさせてもらおう」

 ビール瓶を無造作にテーブルに置くと、嵐司もまた腰を上げて、透矢と一緒に玄関に足を向けた。


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