第22話
「あんな
智恵子は自身の汚れた身体を呪い、その想いは、やがて水野 道弘への殺意へと移行していった。そして…
「お兄ちゃん!智恵子が…智恵子がおかしな雰囲気のまま出ていったの。それから包丁がなくなってるの。どうしたら良いの?」栗林は順子から緊迫した電話を受けた。
「落ち着くんだ、順子。行く先は分かっている。俺はその男を
「お兄ちゃん、そこまでしてくれて…」
「お前は心配するな!智恵子は俺が必ず守る」栗林は覚悟を持って、水野が住む国分市の川田駅へと向かった。
水野のマンションを張る事、数十分、水野は家を出た。栗林は直ぐに外出理由が智恵子の呼び出しによるものと分かっていたし、智恵子の呼び出した理由も分かっていた。
『何としても…絶対に止めなければ!』栗林の予想を裏切る事なく、水野は小久保駅を降りた。栗林は水野を尾行しつつ、とにかく智恵子の姿を探し求めた。
『まだか?まだ現れないのか?』待ち合わせ相手が智恵子と分かっていたとて、待ち合わせ場所までは栗林の知るところではない。栗林の精神は、次第に焦りへと移行していた。
そうして尾行する事、数十分、商店街を抜けた辺りで、ついに栗林は智恵子の姿を確認した。
『智恵子!智恵子!早まるな。お前には未来があるんだ。私が命を
『なんて事だ!こんな時に。智恵子!早まるんじゃない!』栗林は水野の足取りを追い、現場に向かった。
「こんなところに呼び出して、
「アンタが生きてる限り、私の身体の汚れは拭い去れないの」智恵子は手にした出刃包丁を構えて、水野の胸に目がけて突進した。
数分後、やっとの事で現場に辿り着いた栗林の視界に、痛恨の光景が飛び込んで来た。
そこには全ての感情を失い、放心状態にある智恵子と、胸に包丁を突き立てたまま、死への階段を昇ろうとする水野の姿があった。
「智恵子…俺のかわいい智恵子!」栗林は死への道を突き進む水野をそっちのけに、智恵子を後ろから包容した。
「私は抹消される…ヤツも抹消される…汚いものは全て抹消される…」もはや智恵子にこの世と自分の心を結ぶ線は切れてなくなっていた。
「智恵子ーっ!大丈夫だからな。おじちゃんがキチンと処理してあげるからな」栗林は大粒の涙を溢しながら、刑事としての経験を活かし、細工を始めた。
まず、包丁を抜き取り、指紋などを拭き取った上で、丁寧に胸に刺し直した。そして天気予報を見越して、現場をそのままに保持し、智恵子を自身の家に連れて帰った。
「智恵子、大丈夫だからな。お前を犯罪者になんかさせない」栗林は智恵子の衣服を全て脱がせ、バスルームで綺麗に身体を洗ってやった。そして自分のスウェットに着替えさせ、返り血を浴びた衣服は全て焼却処分した。
「順子か。すまない、間にあわなかった。でも大丈夫だ。良いか?これから俺の言う通りにするんだ」栗林は順子に、智恵子を入院させ、家から智恵子の住んでいた気配を消すように指示した。その後、警察が来た時の対応の仕方や栗林との関係についても決して言わないように念を押した。
「でも、そんな事をしたら、お兄ちゃんが犯罪者になっちゃうじゃない」
「良いんだ、順子。どうせ警察の上層部は、事件の早期解決を焦るはずだ。決定的な証拠なんて何もない。時間を引き延ばせば、
翌日の朝、栗林は古巣である杉野中央警察署へ出頭した。この時点での出頭であれば、自首扱いになる事も、栗林の計算であった。
「それをしたからって、誰が守られたんですか?どんな正義を貫けたって言うんですか?ねぇ、栗さん!教えて下さいよ」香川は涙声を
「ヤツは…水野は、可憐な花を摘み取って、踏みつけていったんだよ!そんな外道が殺されて、何の罪があるって言うんだ!」栗林も
「栗林さん。貴方と水上 順子さんを犯人隠匿の罪で送検します。そして水上 智恵子さんを水野 道弘さん殺害の罪で、逮捕・送検します」
「貴様!何も分かってないのか?」
「貴方はもはや刑事ではない。貴方の正義は間違っている。我々は神でもなければ、司法の人間でもないんです。我々の仕事は、真実を
「ウワァー!」栗林の
花を摘み取る者 岡上 山羊 @h1y9a7c0k1y2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます