第18話
「あんたがやったんだろうが!大体、都合が良すぎるとは思わないのかい?あんたと栗さんの供述に矛盾点がないなんてさぁ!」取り調べに名乗り出た倉本巡査部長は、
「おい!倉本君!それくらいにしろ!」同席していた小林管理官は、さすがのやり過ぎた部下の行動を
「し…しかしですね、管理官!我々には時間がないんです。栗さんが…栗さんの送検だけはしてもなんと…」
「おい!私情を入れてなんとする?それでも君は刑事かね!」管理官にそこまで言われては倉本も平静を取り戻さざるを得なかった。
「す…すみません。でもね、水上さん。栗林さんが送検され、起訴され、裁判にかけられるかも知れないんですよ。貴女はそれで良いんですか?」武器を持たない若き刑事は、常套手段のように、泣き落としにかかるしか手段を持たなかった。
「ううっ、む…矛盾点もなにも、私も栗林さんも本当にあった事を話しているだけです。本当の事だから矛盾しないんだと思います」順子は涙ぐみながら切々と話した。
「水上さん、我々が言いたいのは、人を殺そうだなんて大それた計画をするのに、そんなに一場面、一場面を赤の他人の二人がイメージを共有出来るのはおかしいと言う事なんです。我々も捜査のプロですから、経験上からして、人はそんなに冷静ではいられないものなんです」小林は一言一句、気を
「分かりません。私はあった事を話してるだけです…」やはり順子も栗林同様に、必要最低限の事だけをピックアップして話し、それ以外の余計な事は言わないようにしている感が
だとすれば何の為に、誰を庇う必要があると言うのか?もはや森本警部補が言うように、香川巡査部長の手土産を待つ他ないのだろうか。
一方その頃、香川刑事は水上 智恵子の病室に通されていた。
「こちらが水上 智恵子さんです」担当医の案内で、智恵子と対面した香川は驚愕した。智恵子は受付係が言ったように、一目見て、精神はそこにない状態にあると思われた。視線は病室の壁を向いているのにも関わらず、明らかに、それよりも遥か遠くを見ている目をしていた。そして口からは
「あ…あの…か…彼女に何かあったって言うんですか?」百人いれば百人の人間がそう質問をする事だろう。それ程までに智恵子の状態は異常と呼ぶ以外にない状態だったのだ。
「私もお母様の順子さんから聞いただけで、本当のところは分かりません。ただ、彼女は一人の男の手により、何度も心を殺されたと…それが何を意味するのかは、私には想像をする事しか許されませんでした。私自身が聞く事もそうですが、当事者の順子さんや、ましてや、ご本人に話させる事など、精神科医の私に出来るはずもありませんでしたから、想像の域は出ません」香川は絶句せざるを得なかった。いくら想像の域を出ないとは言っても、質問をする事も、感想を述べる事も、出来るはずがないのだ。
「そ…それで彼女が入院した時に、初めて先生は智恵子さんを診られたのですか?」状況が状況だけに、香川は言葉を選ばなければならなかった。そして、それは最後の頼みの綱を離さない為の、精一杯の質問だった。
「いえ、水上さんを初めて診たのは半年ほど前です。彼女はその時、摂食障害を
「
「は?何か?」医師の言葉に香川は我れに帰った。
「い…いえ!何でもありません。これ以上、私がここにいても、出来る事も聞ける事もないようです。それでは失礼します」香川は深々と頭を下げて病室を後にした。
「栗さん!あなたのしようとした事、守ろうとしたもの、そして刑事人生の総決算として果たしたかった事、俺にも少しだけ分かった気がしますよ」高田医院を背に、茜色に染められたその身を、浅川駅に向かわせる香川の目には、うっすらと瞳を潤わせるものがあった。
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