第16話
「じゃあ、いつになったら送検をすると言うんだね。上層部の方針は決まっているんだ。無駄な捜査は止めてサッサと送検したまえ」小林管理官は事件の
「お願いです。もう少し待って下さい。現場の刑事たちが、今、懸命に捜査に当たっていて、真実はもう直ぐそこのところまで来ているんです。どうか…どうか、現場の
「小林!良いか。この事件の結末次第では、お前さんの出世の
「悪い事は言わん。さっさと送検して終わらせるんだ。これもお前さんの為に言う事だ」大木のお前さんの為と言う言葉で小林の腹は決まった。
「分かりました。私の為とおっしゃるならば、私は現場の刑事たちの確信と情熱を信じます。私の警察官としての正義は、とことんまで真実を追求する事にあるようです。期限は守ります!ですから勾留期限ギリギリまで私は
自身の信念を
「フーッ、言っちまったな。でもこれで覚悟は出来た。必ず真相を
「管理官!刑事部長に呼び出しって何だったんですか?」倉本巡査部長が心配そうに小林に駆け寄って来た。
「心配はいらんよ、倉本君。我々の正義感と言う方針が
「そんなハッキリと言って管理官のお立場は大丈夫なんですか?」倉本とバディを組む
「大丈夫もどうもないさ。言っただろ?我々の方針は何ら変わりないんだ。私の事は心配しなくても良いから、君たちは思う存分に捜査をしてくれ!栗林さんの真意は我々で解き明かすんだ」この言葉を聞いていた森本警部補は、またしても栗林が提示したと言う "刑事としての宿題" と言う言葉が頭を
「管理官。凶器とみられる包丁なのですが、現在、鑑識に再鑑定をしてもらっています。内容は栗さんが過去に扱った事件の関係者、水上 順子のDNAと凶器に残されたDNAとの照合です。これが一致すれば間違いなく凶器の包丁は水上 順子の物と断定され、水上邸への
「そ…それは被疑者候補だと取っても良いと言う事なのか?」小林は期待を込めて森本に問うた。
「候補と言う事であればそうです。しかし推察の域は出ません。私の推測ですが、おそらくはロジックを積み重ねて、最終的には理詰めの自白を勝ち取るしかないのかも知れません」森本の真っ直ぐな視線を受けて、小林は暫し考え込んだ。
「その決め手は何になるんです?森本警部補」小林は自分でも聞こえるくらいに
「管理官。古くさいなんて笑わないでやってもらえますか?先ほどは理詰めとは言いましたが、決定的な状況証拠なんかは時間的にももしかしたら見つからないのかも知れません。
「時間はあまり残されてはいません。とにかく状況証拠だろうと
包丁の再鑑定の結果、
「そうですか。彼女…自白をしたと言うんですね。仕方ない。実は彼女を庇う為に、私が一人でやった事にしようと彼女に口裏合わせを私が強要したんです。彼女が関わった犯行は、凶器の用意と水野を呼び出す事までで、実際の犯行は私一人でやった事です。つまりは分かりますね?彼女は
「私が栗林さんにお願いして殺害してもらったんです。私は包丁を用意して、水野を呼び出しました。それだけです」順子の供述を聞き、森本は頭の中に第三者の存在が浮かんだ。犯人は栗林でも順子でもない。他の誰かを二人が庇っているのだと。
「水上さん。貴女も栗林さんもこの犯行に直接的には関わっていないですよね。特に貴女は無関係だ。違いますか?」森本の鋭い目線にも一切動じる事なく順子は返した。
「私が森本さんにお願いしました。あの男は私の友人の娘さん、工藤 美鈴さんに対して乱暴を働いたんです。以前にとある事件でお世話になった元刑事の栗林に相談すると、栗林さんは『私が天誅を下す』とおっしゃって、私はそれに協力をした。それだけです」順子はまるでテープレコーダーに決められた
「では何故、貴女は我々が最初に訪れた時に、栗林さんとの関係を否定なさったんですか?貴女は栗林と言う刑事を知らないとおっしゃいましたよね?」
「栗林さんの指示です。『刑事が来ても、私との関係は隠して下さい』と言われていました。栗林さんは初めから全てをご自分で一人で
「分かりました。今日はこれで結構です。でもね、水上さん。真実はいくらカモフラージュしても必ず明るみになるんですよ。私は別角度からアプローチして、真実を明らかにします」取調室を出た森本は真っ直ぐに署外の喫煙所へ向かった。
「おや?森本警部補。そちらはどうですか?」栗林の取り調べを終えた小林管理官が煙を
「管理官ですか。おそらくはそちらと同じです。明らかに口裏合わせをしていますね。多分、栗さんの作戦でしょう。時間を長引かせて、嫌疑不十分か、無理くりからの送検って結末を狙ってのね」森本は一服目からの煙を鼻から吐き出した。
「決め手なしですか。もはやこれまでなのでしょうか?」小林は悔しさを表すように吸い殻を灰皿に押し付けた。
「えぇ、最後の決め手は香川が何を持って帰るかですね」森本は捜査を続けている香川巡査部長に届けとばかりに空に向けて煙を吐き出した。
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