第12話

森本、香川両刑事の姿は杉野区からほど近い梨川区にあった。梨川区は市内で唯一のターミナル空港でもある "刷毛田はけだ国際空港" があり、その為に東側に行けば、運輸会社や倉庫会社がのきつらねており、北西側に行けば、住宅地域があり、離れてはいるが、両者が混在していた。

両刑事はもちろんの事、住宅地域側にいた。8年前の12月18日に事件に巻き込まれて亡くなった矢貫やぬき 千代の娘である河合 恵子宅を訪ねる為である。


「空港が近いりに閑静かんせいな雰囲気ですよね」梨川駅を降りた森本たちは空港とは反対側の西口に出て、目的の河合家がある赤胴台あかどうだいに向かっていた。

「あぁ、空港から飛行機が飛び立つのに国内線でも一旦は海の方に出てから、旋回して内陸側に戻るような空路を辿るんだ。万が一、墜落しても海の上なら被害も最小限度におさえられるって理由わけさ」森本は駅を降りて直ぐに吸い始めた煙草を携帯灰皿に押し込んだ。

「河合さんの家はこの坂を登り切ったところにあります」香川が言う通り、勾配こうばい20°はあろう坂を二人の刑事は登った。真夏の日差しが二人の体力を汗とともに流れ出させた。

「フーッ…森さん、この家じゃないですかね?」香川が指し示した家は高級住宅街の名に恥じぬような一軒家だった。ブロック塀を切り抜いて金網フェンスにしている向こう側には小さいながらも庭も顔をのぞかせていた。

「へぇ、関心、関心。庭から繋がる窓は空き巣泥棒にとっては格好の出入り口だからな。こうも筒抜けになってちゃぁ、やっこさん共も簡単には仕事が出来ないからな」森本は家の造りを見て、防犯対策の改築をしたであろう外壁をたたえた。

香川が呼び鈴を押して間もなく、家人の河合 恵子が姿を現した。予定があったかは定かではないが、予め電話連絡をしておいたので、きちんと在宅してくれていた。


「まぁまぁ、ご苦労さまです事。栗林さんのお知り合いですとか?どうぞお上がり下さいな」恵子は前もって栗林の件と聞かされていた事もあり、二人の刑事を丁重に持て成してくれた。

「それで、事件の後の栗林さんは貴女がた遺族に対してどう言った対応をされていたのでしょうか?」香川刑事がメモを片手に恵子に問うた。

「どのようにって、それは親身になって話しを聞いていただきましたわ。母の生命保険の件についてもアドバイスを下すって、必要であれば書類の作成もさせてもらうって言って下すって、結局は満額が降りたんですから」恵子の視線が遠くなった。その事が栗林の人間性を浮き彫りにさせているように香川には感じられた。

その後も話しを聞けば聞くほど、栗林が刑事としてと言うよりも、人間として如何いか真摯しんしに事件被害者と向き合って来たのかを、両刑事は思い知らされた。


「ありがとうございました。貴女のお言葉を参考にさせていただいます」森本は言いながらも手応えのなさを感じざるを得なかった。


「なぁ、香川。やっぱり違うよな?」森本の言葉に香川は感慨深けに夢想した。

「森さん。この事件、一筋縄では行きませんよ。栗さんが我々に指し示した宿題ですよ。刑事として事件とどう向き合うのか?どう被害者と加害者の狭間に立つのか?これが栗さんの言う刑事の業って奴です」香川が言う栗林の宿題とは?栗林の言う刑事の業とは?警察官が事件に対峙した時、刑事としての職業を優先するのか?それともいち人間として事件に向き合うのか?二人の刑事の肩に、真の刑事の理想像が問われる局面を迎えていた。果たして残りの二人がピックアップした件に、栗林の真実は隠されているのだろうか?

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