第6話

倉本巡査部長と柊木ひいらぎ巡査長のコンビは、被害者の水野 道弘の住まう沿線上を、聴き込みをすべく洗った。そこで新たな証言を取る事に成功した。それは水野の余罪を浮き彫りにさせる証言だった。

現在、28歳になるOLの工藤 美鈴は約三年前にレイプをされた事を証言した。その男こそ、水野 道弘に相違なかった。

犯行のやり口も木村 久美に対するものと一致していた。これにより捜査本部は、栗林の犯行動機は、水野の連続強姦による復讐の線にあるとの思いを強めて行った。

しかし、栗林にとっては、どの事件が被害女性に対する復讐の思いを駆り立てさせたのかについてははかすべがなかった。それには森本 稔警部補と香川 信之巡査長の関西への聴き込みに期待を寄せざるを得なかった。


「栗さんは誰かをかばってるって事は無いんですかね?」香川は駅で買った "焼き肉弁当" を頬張りながら森本に話し掛けた。

「うん、状況証拠からもそれは無いだろう。問題は犯行を誰がやったか、よりも何故、犯行をおかしたかの方が重要になって来るだろう。栗さんが犯行についての供述を黙秘している事を解明する事で、事件の全容が見えて来るんだと思う」森本も駅で買った "わっぱ飯" を頬張りながら答えた。

ニ人を乗せた東海道新幹線は関西に向けて時速200km/h以上のスピードで走行し続けた。やがて関西のターミナル駅に着いたニ人は、在来線を乗り継ぎ永山市へと入った。

栗林 源一郎の元妻である佐伯 洋子は最寄り駅よりバスで20〜30分走った閑静な住宅街にきょかまえていた。


「ご無沙汰してます、奥さん」ニ人は無論の事、洋子とは周知の仲であった。

「森本さんに香川さん、本当にお久しぶりです事…」洋子も満更まんざらではない様子だった。


「この度は不本意な結果になってしまいお言葉もありません」森本は出された茶を前に深々と頭を下げた。それにられる様に香川もお辞儀じぎした。

「おニ人共、頭を上げて下さい。ご迷惑を掛けてるのは "あの人" なんですから」洋子は卑屈なニ人をなだめた。

「今日、うかがったのは、栗さんの退職後についてのお話しを聞きたかったからなんです。栗さんは退職後にどんな人間と関わっていたのか?どうやって生計を立てていたのか?それから、もし分かれば退職理由なんかも教えて頂ければ助かるのですが…」森本の語彙ごいには祈りにも似た思いが込められていた。しかし、森本の願いと期待は呆気あっけなく葬り去られた。

「今でも忘れません。7年前のあの日、突然あの人は『刑事を退職した。訳も何も聞かずに、これにサインをして欲しい』と離婚届を突き付けて来ました。財産分与も一切いらないから、とにかく別れてくれと…その後に連絡を取ろうと試みましたが、電話番号も住居も変わっていて、音信不通になったんです」見事なまでに森本と香川の期待は裏切られた。しかし、ここで諦めてしまえば、わざわざ関西くんだりまで出張した甲斐がないと言うものだ。

「それでは警官を辞職される前に栗林さんの様子に変わった事は無かったですか?例えばある特定の人物と頻繁に連絡を取り合っていたとか」

「分かりません。主人はウチでは仕事の話しをしない人でしたから…私の知らない名前を挙げる事も無かったと思います」洋子の "主人" と言う言葉が栗林に対する洋子の想いを物語っていた。

「では、ご主人と別れた後、何故、奥さんは関西に引っ越されたのですか?」森本も吊られて "主人" と言う言葉を使っていた。

「それは主人の指示です。私の地元は元々こっちでしたから。栗林姓も別れた後、変えるつもりは無かったんですが、子供達も独立していて、全員、佐伯姓に変える様に言われました」洋子の胸に込み上げる何かがあったのか、人差し指で目尻をでた。

「栗林姓を?理由は何だったんですか」洋子の話しを聞いていて、森本は栗林の考えが余計に分からなくなっていた。

「分かりません。ただ『迷惑をかけるから』と言っていました」

「迷惑…スミマセン、最後にご家族の中で水野 道弘と言う32歳の男をご存知の方はおられませんか?」森本は何とか栗林と水野の接点を見出したかった。

「32…長男の雅之と同じ年ですね。一応聞いておきますが、多分、知らないと思いますよ」その後、気が付いた事や思い出した事があれば連絡をもらえる様、約束をしたニ人の刑事は佐伯家を後にした。こうしてニ人の関西出張は大した成果を挙げられないまま終了した。

「森さん、栗さんは辞職する際にすでに水野の殺害を計画してたんですかね?迷惑をかけると言ってたなら」香川刑事の言葉を聞きながら森本刑事は突き抜けんばかりの青空を見上げた。

「分からん。もしそうだとして、何故7年もの歳月を要したんだろうなぁ」ニ人の疑念をかき消すかのごとく、アブラゼミが "ガーガー" と五月蠅うるさく鳴いていた。

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