第3話

栗林の家宅捜索をおこなった次の日、香川と森本は国分くにわけ市まで足を延ばしていた。被害者の水野 道弘が住んでいたマンションの家宅捜索と近隣住民への聴き込み捜査をする為だ。

水野のマンションは、川田駅から300mほど行った先にあり、比較的開ひかくてきひらけた立地りっちに建っていた。ニ人の刑事は駅前のヤマダ不動産に立ち寄り、社長の山田 正彦に家宅捜索令状を見せて捜索の立ち会いを頼んだ。山田社長は水野が殺害された事を知らず、寝耳に水と言った感じだった。

「いやー、驚きましたよ。まさかウチの入居者さんが殺害されるなんてねぇ。家賃の滞納は無かったですけど、遺品整理やらハウス・クリーニングなんかは全部こっち持ちになるんですかねぇ」山田は刑事を見るのも初めてと見えて、やたらとテンションが高く、饒舌じょうぜつになっていた。

「まぁ、その辺はご契約内容にるでしょうが、それはウチらが口を挟む事でも無いですから…」森本が少しウンザリしながら答えた。

「あぁ、あの、民事不介入ってやつですね。はいはい、分かりますよ。それにしても困ったなぁ」興奮気味に話した山田は、最後の方は一人言でもつぶやくように返した。

やがて水野が住んでいた三宝ハイツの前に着いた。

「ここの502号室が水野さんの部屋です。」2人は山田の案内の元、502号室に入った。中はあまり整理されておらず、脱ぎっぱなしの洋服やらDVDやCDのケースなどが乱雑に散りばめられていた。キッチンのシンクも、もうどれくらいの期間、洗い物をしていないのだろうと思えるほどに、たまっていた。

「結構、散らかってますね」香川は渋い顔をしながら言った。

「こりゃ捜索も骨が折れそうだな」森本も同じく返した。

「あーあー、こんなに汚くしちゃって、これは後始末が大変そうだ」山田が入口付近でドアを足で止めたまま鼻をつまんで言った。

山田の言葉を無視して、ニ人は捜索を始めた。捜索はまるで遺品整理業者か不用品回収業者のような作業になってしまった。捜索は約1時間30分ほどかけ、調べられて行ったが、目ぼしい物は何一つ出て来なかった。唯一の収穫と言えば水野の性格や生活態度について良く知れたと言う事ぐらいだった。

押収したCDのほとんどが、いわゆるメタルロックと呼ばれる物でDVDに至っては無修正のアダルト物が多く見られた。恐らく闇業者辺りから手に入れた物だろう。

「この押収物を見れば、水野って男がどんな奴か想像出来ますよね」

「あぁ、犯人が栗林だとして、殺害した相手が皆んなから愛されるような奴だったらこっちだってやりにくいしなぁ。粗暴そうな奴で少し救われた気がするよ」

ニ人の刑事の与太話よたばなしを聞いていた山田は「犯人って逮捕されてたんですか?犯人ってそんなに善人なんですか?」などと相変わらずの饒舌っぷりを発揮した。

「その辺は我々も捜査上の守秘義務ってモンもありますんで勘弁して貰えますか?」森本は山田の好奇心を一蹴いっしゅうした。


結局は国分市くんだりまで来て、大した収穫をれなかったニ人の刑事は、も言えぬ疲労を感じた。後は聴き込み捜査で挽回するしか無かった。ニ人は駅前を中心とした半径2kmに渡って周辺の聴き込みをしていった。しかし、水野自体があまり近所付き合いなどもなく、顔写真を見せても水野を知る者は、ほとんど、いなかった。

ニ人が諦めかけた時だった。マンションから電車路でんしゃろを挟んだ反対側にある、とあるクリーニング店に入った事で、ニ人はその後、衝撃の情報を仕入れる事になった。初め、女店主に顔写真を見せても知らない風だったが、女店主が奥の住居スペースになっている方に声をかけた。出て来たのは見掛けは美人ながらも、どこか影を落とす風貌の女が現れた。どうやら女店主の娘らしい。

「スミマセンね、お嬢さん。この男を見た事はありませんか」香川が水野の顔写真を差し出すと全く覇気が無かった目を見開きガタガタと震える出した。

「お嬢さん?どうしました」香川が女に気遣きづかいを見せると「イヤー!」と両手で頭をかかえ込み、より一層に震えた。

森本はこれは何かあると直感を働かせ「お嬢さん、大丈夫です。何かご事情があるようですから我々はこれで失礼します。何か思い出したり話す事が出来るようになったら、こちらにご連絡下さい」と言って名刺を母親に渡した。ここで粘って女から情報を聞き出そうとしていれば何も得れなかったかも知れない。しかし最後に森本は、如何いかにもわざとらしく「まぁ、こんな奴、殺されても仕方ないよなぁ」と香川に話すような、また一人言でも言うようなしゃべり方をして店を出た。

「森本さん、あんな事、言って良かったんですか?」森本の真意を知らない香川は不服そうに先輩をたしなめた。

「賭けだよ。あの様子はきっと水野の事を知っていて、なおつ水野に何かひどい仕打ちを受けたんだと思う。その水野が死んだと知れば、何かしらのアクションがあるかも知れん」香川は先輩刑事の鋭い洞察力どうさつりょくに感心しながら聞いていた。

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