第2話

犯人の自首と言う意外とも思える結末により、事件は一気に解決に向かうと思われた。

しかし、杉野中央署刑事、香川 信之にとっては事件解決の喜びよりも複雑な思いの方が強かった。何せ、自分の恩師とも言える栗林が犯人だと言うのだから今もって信じられない気持ちが残っていた。

「栗さ…イヤ、栗林。アンタが水野…水野 道弘さんを殺したと言うのは本当か」刑事の森本 稔は、自首をして来た、栗林 源一郎と取調室で対峙たいじしていた。その栗林は森本が知っている栗林と違い、ボサボサの髪の毛に白い物が混じっており、無精髭ぶしょうひげたくわえ、ほおもすっかりけていた。そんな栗林ではあるが、もちろん森本にとっても栗林は元先輩刑事であるが故に取調べのやりにくさを感じていた。

「はい、間違いなく私がやりました」栗林は淡々と答えた。

「で、この包丁で刺したんだな?」森本は現場で押収した、血だらけで、ポリ袋に入った包丁を見せて聞いた。「そうです。付着した血液とに付いた指紋を調べてもらえれば分かる事です」そう答える栗林の目には、刑事だった頃の鋭かった覇気が見られなかった。

「では、アンタと水野さんの関係は?」森本の問い掛けに栗林は表情をピクリとも動かさず、押し黙っていた。

「水野さんとは、どこで知り合ったんだ?何故、殺した?」落としの名人ともうたわれた栗林を相手に、森本は少し苛立いらだちを覚えていた。

そんな森本の意思に反して栗林は重い口を開いた。

「黙秘します…」

「も…黙秘?どう言う事です。あなたは自首して来たんでしょう?黙秘するって何故です」森本の苛立ちは興奮へと移行し、いつの間にか、言葉遣ことばづかいが敬語に変わっていた。

「言いたくありません。しかし私が殺した事に間違いはありません」警察用語で言う所の、いわゆる半落はんおちと言うやつだ。これにはさすがの森本も参ってしまった。その後も栗林は自分の事、殺害に関する事は話しても、動機や被害者との関係に関する事は全て黙秘をつらぬいた。

半落ち状態の容疑者にこれ以上の取調べをしても無駄だった。捜査を進めてその情報を元に問いただして行く他に方法はない。

短い取調べを終えた森本は、時間以上に疲れを感じつつ、喫煙所でタバコをくゆらせていた。そんな森本の元に香川がやって来た。

「森さん、どうでした?」香川もタバコに火を着けながら言った。

「駄目だよ。半落ちだ」

「半落ちって、栗さん動機も言わないんですか?」

「栗さんじゃない。栗林だ。動機はおろか被害者マルガイとの関係も言わないよ。まずは被害者マルガイと栗林の身辺から洗う事になるだろう。お前も心してかかれよ」森本はタバコを灰皿に投げ入れジュッと言う音と共に火は消えた。

「あっ、森さん、待って下さいよ」香川も着けたばかりのタバコを投げ捨て森本の後を追った。


香川は森本と共に、栗林の自宅を捜索した。栗林については7年前に栗林が警官を辞めた時までしかニ人は知らない。何故、辞めたのかも、その後どうやって生きて来たのかもぞんじていなかった。

「栗さん…じゃなかった、栗林は奥さんも子供もいたましたよね?確か…洋子さん!そう、奥さんは洋子さんでしたっけ?」香川の問いに森本は少し考えた後

「そうだったかな。しかし、この部屋はどう見ても一人暮らしだぜ。別居でもしてるってのか?」

森本の言う通り、栗林の住むアパートは、六畳と四畳半のニ部屋だけの質素なものだった。家具も小さな整理ダンスが一つあるだけだった。

「森さん、これ何ですかねぇ?」森本が香川の言う方を見ると、猫の額ほどのベランダに申し訳なさげに三つの鉢植えが置かれていた。

「何か、らしくないよなぁ。あの人が花を育ててるなんて」森本が言うように、鉢植え全てから白い花弁はなびらたずさえた小さな花が伸びていた。

「これ何て言う花ですかね?」

「そんなのオレが知ってる訳ないだろ。気になるんなら写真でも撮っとけよ」結局、栗林の部屋からは水野につながる物はおろか、栗林のこの7年間を指し示す物は何も出て来なかった。

「これじゃあ、まるで世捨て人か素性すじょうを隠して潜んで生きているスパイか何かだぜ」森本の一人言に、香川も黙ってうなずいた。

現在バディを組むニ人の容疑者ゆかりの刑事たちは、捜査が行き詰まる気配を感じ取っていた。

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