花を摘み取る者

岡上 山羊

第1話

7月半ばをちょっと過ぎた蒸し暑い日だった。午前10時頃に入電があり、杉野中央署の刑事、香川 信之は二級河川の杉野川が流れる土手の草むらに立っていた。今朝早くまで降っていた雨のせいもあり、雑草にはつゆが残っており、蒸し暑さをより一層に助長していた。まさ草熱くさいきれ、と言うやつだ。そんな条件下で鑑識員は長袖のジャケットを羽織はおって、懸命に作業を続けていた。

「お疲れ様です。被害者マルガイはどうですか?」香川が声を掛けて、先輩刑事の森本 みのるが振り向いた。森本が着ている半袖のカッターシャツの背中は、すでに汗でにじんで、元の白い色が分からない位になっている。

「あぁ、遅かったな。被害者マルガイの所持品から水野 道弘、32歳。住所は国分くにわけ市川田町になっている」森本は汗だらけの首筋を扇子であおぎながら答えた。

「国分市って、ここから10km以上はありますよ。また何でそんな所から」香川は汗が滲んだ額を拭く為に、ズボンのポケットからしわくちゃになったハンカチを取り出した。

「まぁ、鑑識結果を待って証拠品やら死亡推定時刻を元に聴き込みだな。お前だって栗さんから叩き込まれただろ?刑事は足だって」森本は香川の左膝ひだりひざをポンポン叩きながら言った。

「そりゃそうです。情報は足で稼ぐ!ちゃんと覚悟は出来てますって」そう言うと、香川は鑑識の元に近付いた。

「どうです?何か出そうですか?」香川の問いに鑑識員は目も向けて来ずに「さぁね。早朝までの雨だろ?犯行時刻にもよるけど、雨が降る前の犯行だったら証拠も流されてる可能性もあるしね。今の所、分かってるのは鋭利な刃物か何かで心臓を一突きにって事ぐらいだよ」

確かに雨と言うのは厄介だ。犯行現場が土手と言う事もあり、犯人の足跡そくせきが残っている可能性が高いものだが、その足跡さえも流してしまう。小さな痕跡こんせきも土に埋もれてしまったり、物によっては溶け込んでしまう事もある。香川は捜査が難航する事を覚悟した。

その時、森本の携帯電話に着信があった。

「もしもし、あぁ、現場だ。うん、えっ?もう一度言ってくれ。あぁ、本当か、それ!分かった、直ぐに署に戻る」

森本の会話を横で聞いていた香川は、ただならぬ雰囲気を感じ取った。

「森さん、どうかしたんですか?」香川の問いに森本は神妙な面持おももちで答えた。

「犯人が自首をして来たらしい。自首して来たのは、栗さんだそうだ」森本の言葉に香川は耳を疑った。自首した犯人は、元の香川の相棒であり、師匠とも呼べる存在でもある栗林 源一郎だったのだから。

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