火焔御殿の最期

安良巻祐介

 火焔絵師の自宅が襲われて燃えている、恐ろしくも美しい火事場だと聞いて、取るものもとりあえず駆けつけてみたが、着いた頃にはもう一面真っ黒な煤が建物の形に残っているばかりで、紅蓮慶樹をはじめ、火彩石や鳳凰葺や炎珠凝土などの絢爛たる素材を用いて作られた、あの朱色金色黄昏色に照り輝く大御殿は、もはや影も形もなかった。

 帝の覚えも目出度く、ついこの間には天居の奥の大竈に捧げ飾る地獄絵の一幅をば任されたほどの絵師が、よりにもよって付け火の災禍とは、何の皮肉か何たる因果かと、野次馬連が騒いだが、遅れて駆けつけた警邏の調査が暴いたことには、真実は少しく違っていた。

 焔の御殿へ物取りの群れが押し入ったのは確かであったが、何でも、誇り高きかの絵師は、手掛けた数多の作品とそれらの産んだ子にも等しい金紗銀沙の富の山を、無粋な賊どもの好きにさせることを死ぬよりも厭い、自らの手で火を付けたものらしい。それも、他ならぬ火焔絵の数々へと。そうして、その名に恥じぬ世にも美しい大炎上で以て、絵師も賊も絵も諸共に、紅蓮の彼方へと消え去ったのである。……

 常なら焼け残る筈の家の柱や燃えぬ器や人の骨などの悉くが綺麗さっぱり焼け失せていたのも、常々用いられていた数々の尋常ならざる画油のせいだということがわかり、これを聞いた者は誰も彼もが膝を叩いて感じ入り、天晴れいかにも火焔の絵師よ、何とも見事なものである…と後々の世まで語り草になったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

火焔御殿の最期 安良巻祐介 @aramaki88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ