タイムトラベルCB

小高まあな

タイムトラベルCB

 この桜の満開は、二度ある。


 タイムトラベルCB。それが、この桜の名前だ。

 一見普通のソメイヨシノだが、他とは違う部分がある。品集改良を重ねたこの桜は、名前の通り時間を越えることができるのだ。

 ただし、その夢のような能力には制限がある。

 桜本来の満開から、三十九日間。それが、タイムトラベルCBを動かせる期限だ。その期間に、希望者がタイムトラベルCBに殺到する。もう一つ、制限があることを知りながら、それでも。

 タイムトラベルCBのもう一つの制限。それは、時を越えることができるのは「本物だけ」という縛り。

 本物というのはつまり、なんの遺伝子操作も行っていない「ナチュラル」である、ということ。

 生まれてくる子供の遺伝子操作が当たり前になって、数百年が経っている。純粋たる「ナチュラル」なんて、そんなに多くない。いたとしたら、遺伝子操作を禁止する教義の宗教者や貧困層、よっぽどの物好きぐらいだろう。

 自分自身が遺伝子操作を行っていなくても、歴代の先祖たちのどこかに人工遺伝子がはいっていればそれを引き継ぎ、タイムトラベルCBからは弾かれる。

 だから今では、ナチュラルに寄せる遺伝子操作が流行っているらしい。その結果、時を越えた人々もいるので、その作戦自体はなんら間違っていないのだろう。なんだか、不思議だが。


「α30150504の方、どうぞ」

 タイムトラベルCBの管理人である僕がそう呼びかけると、待合室にいた若い女の子が立ち上がった。その燃えるような赤色は、どうみても人工色だ。

「タイムトラベルCBの注意事項は、きちんとお読みいただけましたか?」

 同意書にサインがされているが、念のためそうたずねると、彼女はためらいつつも頷いた。

「ナチュラルオペはしてきたので」

 言いながら、髪の毛を軽くひっぱる。

「これは、このままだけど。でも、髪色が人工色でも成功した方はいらっしゃいますよね?」

「ええ」

 それは事実。タイムトラベルCBが何をもってナチュラルと判断しているのか、ずっと管理をしている僕にもよくわからない。

「だったら、飛びます。だって、これ以上ここにいても未来なんてないもの」

 彼女の言葉に僕は軽く肩をすくめる。それはみんな言っている。

「わかりました。でしたら、タイムトラベルCBの根元に立ってください」

 このあとも、たくさんの人が待っている。ちゃっちゃか進めなければ。でも、どんなに巻いても全員を今日中に飛ばすのは多分ムリだろう。明日に回された人たちの罵声が想像できて、少しだけうんざりした。

 彼女はおずおずと、タイムトラベルCBの根元に立った。片手には旅行カバンが一つ。持っていけるのは、規定のカバン一つだけだ。

「そのまま上にジャンプしてください。成功すれば、飛べます」

 僕の言葉に彼女は不安そうな顔で頷き、少しの沈黙のあと、飛んだ。

 飛んだ彼女の姿は、すぐに消える。

 そして、すぐにべちゃっと嫌な音を立てて、タイムトラベルCBの下に何かが落ちてきた。

 原型をとどめていない、元が何か考えたくもない、物体。

 僕が一つ息を吐くのと、掃除ロボ三台がそこに群がるのは同時だった。何度見てもハイエナのようだと思う。まあ、ハイエナなんてテレビでしか見たことないけど。

 一瞬でその何かは消え去り、掃除ロボの一台が落ちていたカバンを僕のところに持ってきた。α30150504の整理番号がついたそのカバンと、手元の個人情報データを一緒にしてカゴに入れると、秘書ロボに手渡した。

 次の情報データを手に取ると、待合室に向かう。

「α30150505の方、どうぞ」


 タイムトラベルCBに選ばれなかった人間は、死ぬ。

 時を越えることができなかったものは、哀れな肉塊となって、原型も止めない状態で戻って来る。遺体を返還することもできない。

 失敗した場合は、残ったカバンを指定された家族や恋人、友人に返す。それらの人がいない場合には、こちらで適当に処分する。

 僕の仕事の大部分は、番号を呼び、落ちていたカバンを回収することだ。成功事例なんて、一年に一回あればいいほうだ。

 それに、本当のことを言うと、成功者がきちんと時を越えていられるのかもわからない。タイムトラベルCBは一方通行、戻ってこれないからだ。まあ、皆、戻って来るつもりもないだろうが。

 下手をしたら死ぬ、本当に成功しているのかもわからない。それなのに、飛ぶことを希望するものは後を絶たない。

「申し訳ありませんが、今日の分の受付は終了しました。また明日お越しください」

「そんなこと言って、今年は明日が最終日じゃないか! 明日も出来なかったらどうするんだ!」

 一人の男性がこっちに向かって怒鳴ってくる。ちらりと見たその人の整理番号は、ぎりぎり明日には間に合わなさそうだった。

「申し訳ございません」

 機械的に頭をさげる。

 別に、明日ができなくてもいいじゃないか。整理番号は来年に持ち越すのだし、また無益な一年を過ごせばいいだけだから。

 もっとも、それが辛いらしいが。


 明日という名の今日を、来年という名の今年を、僕らはずっと繰り返している。

百年ほど前から、人類の時間は前に進まなくなった。同じ一年を繰り返すだけ。もちろん、その時々で人の行動は変わる。変化する。

 でも、我々の肉体は変化しない。一年の最後を迎えた瞬間、我々の肉体は元に戻る。一年前の状態に戻る。伸びた身長も、増えた体重も、元に戻る。一年以内にした怪我は治るし、一年以内に治った病気は再発する。喋れるようになった子供は、またばぶばぶしか言えなくなる。

 流石に死んだ人間が生き返ることはなかったが、生きている人間の老いも成長も、リセットされるようになった。記憶はそのままに。人間以外の動物や植物、建物の変化はそのままに。

 体内リセット現象。これは、遺伝子操作の弊害だという説もあるし、宇宙からの変なエネルギーのせいだという人もいる。理由はわかっていない。ただ、わかっているのは我々は前に進むことができなくなった、というだけ。

 最初に発狂したのは闘病中の人々。いつまで経っても治らないのだから当たり前だ。彼らの自殺が相次いだ。

 幼い子供を持った親の嘆きもひどかった。我が子が成長しないのだから。

 あらゆる方面から現状を打開するための研究が重ねられ、その一つが我が社が誇るタイムトラベルCBだ。まあ、僕は事務方だからこれの開発には関わっていないけれども。

 どうせこのまま、ここにいたって未来は来ない。ならば、死んでもいいからその先に行きたい。

 そう言って人々は、タイムトラベルCBで未来に飛ぶ。

 飛んだ先には、時間が止まらなかった未来があるというのだ。本当かどうか、確かめる術はないけれども。

 飛んだ先に動き出した時間があったとしても、そこに自分の家族や恋人、友人はいない。そんな世界に飛ばされ、どう生きて行くのか。僕にはわからない。


 今年のタイムトラベルCBの運用期間が終わった。

 この桜の満開は二度ある。

 一度目は普通の桜としての満開。そして、二度目はタイムトラベルCBとしての運用が終わった直後の満開だ。

 二度目の満開は、恐ろしいほど美しい。一般に公開されないのがもったいないレベルだとも思うし、一方で公開されないことが正しいとも思える美しさだ。

 こんなものを見て、普通は正気でなんていられないだろう。

 遺伝子操作で感情が極限まで低く設定された僕が、こんなにも心を動かされるのだから。

「桜の樹の下には、死体が埋まっているか」

 古い本にはそんなことが書いてあったらしい。そうじゃないと、こんなに美しい花を咲かすはずがない、と。なるほど、そうかもしれない。

 タイムトラベルCBの二度目の満開が美しい。それは、タイムトラベルに失敗した人々の血を吸ったからかもしれない。

 偽物の力を得た、本物の美しさ。

 僕の仕事は終わった。一年のうち、この期間しか僕の仕事はない。多数の死人を見るこの仕事を、他の人はやりたがらない。だから僕はこの期間だけ働き、多くのお金をもらい、残りの一年をだらだらと生きる。

 僕の感覚が鈍いからかもしれないが、僕は今のこの状況がそんなに嫌じゃない。事故にでも合わない限り死ぬことがない世界。だらだらと何をするわけでもなく生き延びるだけの世界。

 ある意味天国のようなものではないかと思う。

 僕は本物じゃない。時を越えることはない。

 希望者がいなくなるまで、タイムトラベルCBの受付をするだろう。

 それから先のことは、まあ、その時考えよう。

 満開の桜を背に、家に向かった。

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