第38話 砂漠の遺跡




 本当のことは、常に嘘と隣り合わせ。




 ラシャーナル王国軍には、表の顔と裏の顔が有る。

 武術と魔術を操る人間を集めて、国の内外問わず王国に仇なすモノを徹底的に排除する、王家の猟犬が表の顔。

 そしてその為に、秘密裏に集めた研究者達によって新型の武器や魔術のみならず、ある兵器までをも開発する集団でもあるのだ。

「ある……兵器?」

 レイリが聞き返すと、ユリアンは頷いた。

「人間をベースにした、生物兵器です」

 ぞわっ、とレイリの背中が粟立った。

「なに、それ……」

「言葉の通りですよ」

 ユリアンも、不快そうな顔で言葉を続けた。

「戦闘……いえ、殺戮の為だけに生きる兵器。魔術や科学や錬金術の知識を使って、人間を動物や魔物と合成したキメラだなど、ろくでもないモノを沢山造っているらしいです。

 中でも群を抜いて成果が上がっているのが、特殊訓練を施した人間に薬物を投与したり暗示による精神操作を行って、肉体的・精神的に強化する方法です。外見は普通の人間と変わりませんが、非常に高い戦闘能力を持つとか」

 にわかには信じられない話に、レイリもシエラも呆然としてその荒唐無稽な話を聞いていた。

「生まれつき高い能力を持った子供達を施設に集めて、軍事訓練を受けさせる。そして薬物投与や催眠暗示に的した肉体や精神の状態に育て上げ、戦場に放り込む……実際、三年前に起こった大規模な戦闘では、今の僕達とそう変わらない年齢の少年部隊が、わずか数十人でエルギーニ軍と対峙したそうです」

「そん、な……有り得ないっしょ? 確かに三年前は大きい戦いで、戦場から離れてたメナルーだって補給とかで戦時体制が敷かれてたけど……そんなのが戦いに参加してたなんて話、誰も知らなかったし」

 尋ねたシエラに、ユリアンは首を振る。

「彼等の存在は、民間人には秘匿されていますから。僕がそれを知っているのも、先程お話ししたようなコネがあるからです」

「で、その少年部隊ってのは、今も有るの?」

「いいえ……彼等は皆、死んだそうです」

 しん、と部屋が静まり返った。

「……死んだ?」

「ええ。今はどうだか知りませんが、その頃はまだ薬物投与も催眠暗示も技術が研究段階の、いわば未完成の状態でした。

 確かに彼等は敵軍に大きな損害を与えましたが、錯乱状態に陥ったり、薬物の副作用でほとんどの者が死んでしまったそうです。現在生き残っているのは、ほんの一握りだとか」

「酷い……」

 レイリは顔を歪め、ぽつりと呟く。

 先日初めて人を斬った時の感覚は、忘れたくても忘れられない。刃が肉を裂く感触が直接手に伝わって、自分が生命を一つ、この世界から消し去ろうとしたのだと、声高に訴えかける。

 戦の為だけに育てられたという少年達は、何を思って戦場に赴いたのだろう。

 ヒトである事さえ否定され、モノとして扱われ死んでいく時、その瞳には何が映っていたのだろう。

 敵を殺す以外の存在意義を失って……血と泥に塗れて、惨たらしく命を落としていったのだろうか。

「ま、それを知っているのはごく一部の人間だけですけどね。お二人も、この件を軽々しく口外しないように」

 真剣そのものの顔で言われて、レイリとシエラは頷いた。

「零伍小隊とは、魔導騎士団の中でも独立した戦闘集団です。隊の中に独自の規律が有り、軍のほかの組織に左右されず、自由に動くことが出来ます」

 何故だかは知りませんけどね、とユリアンは肩を竦め、隊員達の特徴を挙げていった。

 現隊長、ゼルフェリア・ルヴァルディス。貴族ルヴァルディス家の嫡男で、ザーシャによって殺害された、先代の将軍と魔導師の間の子。年齢十六歳。

 副隊長。性別不詳で、推定二十代後半。ユリアンは会ったことがないという。

 ウォルクロフ・ディエ・ロヌーヴ。長髪の優男。年齢不詳。

 ギャレット・レイヒェルト。二十代後半の男。くわえ煙草と頬の傷がトレードマーク。アイロの友人らしい。

 グレイア・マーレイ。二十代半ばの男。いつも顔を隠している。

 サイザン・ハーネット。十八歳。巨大な鎌を担いでいる時も有れば、鎖鎌を両手にぶら下げている時も有る。物質の分解と再結合を司る『変成魔術』の使い手で、中でも金属はほぼ自在に操れる。

 フォンファ・リゥ。十七歳、女性。眼鏡をかけており、情報収集担当だが、体術と飛び道具の扱いにも長けている。

 ユリアンはここで、眉をひそめた。

「こちらは向こうの情報をあまり持っていませんが、向こうはこちらの事をほとんど知っていると見ていい。サイザン・ハーネットが利き腕を潰してしまい、またフォンファ・リウが今後もザーシャの情報収集にあたるとすれば……」

「これから先、それ以外のメンバーが出てくる可能性が高い、か」

「だね」

 はー、と息をついて、シエラは枕を足でばふばふ蹴飛ばす。

「ま、いいんじゃない? 戦略とか作戦とか、難しい事考えなくたって。向こうの人数分かっただけでもめっけもんだし、メインの相手はザーシャなんだからさ」

「……シエラさん、たまにはいい事言いますね」

「たまにはって何よ、あたしはいつもいい事言ってんじゃない!」

 ユリアンの顔面に枕を投げつけたシエラを一瞥して、レイリは首を傾げた。

「で、アルマハーナの封印は、今どういう状況なの?」

「ああ……それですが」

 ユリアンは、顔にかかった髪をかき上げる。

「先程もお話ししたように、砂漠の中に旧市街が有るんですが……千年前の戦で住人達が街を捨てた時に、宝玉も守り人の一族も、行方が分からなくなったと聞きます」

「何それ、手の打ちようが無いじゃん!」

「ええ。状況は、メナルーの時よりも更に悪い」

「軍が調査に入ったりとかは、してないの?」

「もちろんしていますよ。他にも、遺跡に眠る遺物の中には学術的・金銭的にも価値の高いものが沢山有るので、それを狙う人々も多数出入りしているようです」

「それでも見つかってない、と」

「はい」

「壊れちゃった、とかじゃないの?」

 あのですね、とユリアンは額を押さえる。

「シエラさん、水の宝玉を見て気付きませんでした?」

「何が?」

 ペンダントを引っ張り出して、シエラは不思議そうな顔をする。

「それ、便宜上は宝玉という名称が付いていますが、何で出来ているのか分かってないんですよ。硝子でも鉱石でもない、全く謎の素材。

 一番有力なのは、濃縮された魔力の結晶という説ですが……何にせよ、壊れる事はおろか、どんな扱いをしても傷一つつかないんです」

「なるほど」

「その辺りを考えると、ザーシャが遺跡に姿を現す可能性は高いでしょう」

 ユリアンは呟いて髪を手で軽く梳いた。長い髪をくるくると指先に巻き付けながら、考え考え言葉を紡ぐ。

「ゼナヒさんに加わってもらうという話、その場の思い付きでしたが上手くいったと思います。遺跡に詳しく、自分の身は自分で守れる。……まさか、まだ稼働している人形兵士が居るとは思ってもみませんでしたが。

 明朝に出発して遺跡に移動し、ザーシャを探す。それで、構いませんね?」

 レイリとシエラが頷いたのを確認して、ユリアンはシエラが投げた枕を丁寧に元の位置に戻した。

「それでは明日も早いですし、そろそろ休みましょうか」




 翌朝まだ早いうちに、レイリ達一行の姿は砂漠にあった。日中、特に正午の前後二時間くらいは気温が非常に高くなる為、そんな中砂漠を突っ切るのは無謀と考えたのだ。午前中の涼しいうちに遺跡に入り、夕方になってから街に帰る予定である。

 アルマハーナを取り囲む広大な砂漠は、レバス砂漠と呼ばれているらしい。昨晩レイリがユリアンに見せてもらった地図には、都から見て北西の方角に、かなりの面積の砂漠が描き込まれていた。

 レイリは、草木など殆ど生えない砂の海を見回す。見渡す限り一面に、さらさらと粒子の細かい黄褐色の砂が広がり、風の流れによって山になり谷になり、ところどころに風紋が浮かび上がっている。雲一つ無い空はどこまでも高く、どこか泣きたくなるような、締めつけるような青色をしていた。

 その青色と黄褐色のコントラストの中を、一行は砂を舞い上げながら進んでゆく。

 シエラは海沿いの村で育ったせいか、さほど苦労する事も無くザクザクと砂の中を進んで行ったが、レイリとユリアンは踏むと崩れる砂山にブーツを取られ、すっかり閉口していた。その横で、ゼナヒが無言のまま歩を進める。

 先刻待ち合わせの場所に現れたゼナヒは、一メートルほどの大型のレンチを担いでいた。レイリが「それ、何?」と聞いてみると、ゼナヒは「武器だ」とごく簡潔な返答をした。確かにそれなりの重量がありそうで、鈍器として扱うには丁度良いのかもしれない。

 幸いにも風はそれほど強くなかった為、視界は極めて良好である。アルマハーナを出発した時にはまだそれ程高くなかった陽が徐々に高くなり、気温が上昇しだした頃に、一同は遺跡に辿り着いた。

 そこは、打ち捨てられた廃墟という言葉がぴったりな場所だった。

 外れのほうには茶色や黄土色の、崩れて砂混じりの風に削られた柱や建造物が、無造作にばら撒いたようにごろごろと転がっている。中心部は比較的砂嵐などによる損傷が少ないのか、建物の形はしっかり残っていた。もちろんかなり傷んではいたが、少なくとも建造された当時は壮麗な建築だったのだろうと想像するには充分な形を保っている。

「……きっと昔は、綺麗な街だったんだろうね」

 ぽつりとレイリが呟くと、横でシエラが黙って頷いた。

 メナルーで見た遺跡は大半が地震で倒壊してしまっていたので、レイリにとっては初めて見る古代の街並みであった。

「とりあえず、中に入ってみる?」

 シエラの提案に一同が頷いた、その直後。

「待っていたよ、異邦からの旅人」

 カツカツ、と靴音を響かせ、男が一人、建物の影から姿を現した。薄緑色の髪を長く伸ばし、弓を背負っている。優男、という形容の似合う、長身で色白の男だった。何故か、片手に可憐な白い花を持っている。

 その後ろから、さらに二人の男が現れた。

 枯草を思わせるくすんだ金髪を束ねた男は、顔の左側に大きな傷がある。素肌の上半身に黒いジャケットを羽織り、腰にはレイリのそれと似た、日本刀のような形状の片刃剣を吊っていた。

 もう一人はフードを被り、立てたジャケットの襟で口元も隠した、顔がほとんど見えない細身の男である。見たところ、武器のようなものは持っていない。

「零伍、小隊……」

 呟いたユリアンの声に、呆気に取られていたレイリは一気に現実に引き戻された。

 零伍小隊。昨日話に聞いたばかりの彼等が、目の前に立っていた。

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Scarlet 十日屋菊子 @zang1ku

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